上 下
33 / 134
第一部(幼少編)

30話 花嫁は明智光秀と旅立ちまして

しおりを挟む
「明智十兵衛光秀、この命のすべてを、貴女のすべてのために」

 キザったらしい、少女漫画のイケメン騎士が言いそうなセリフを、まさかこの戦国時代で聞くことになろうとは。

 しかも、私が言われる側とは。
 てか、彦太じゃん?
 あなた、明智彦太郎じゃん?
 なに言っちゃってるんだろう、と一瞬(10秒くらい)フリーズして、それから大声が出た。

 明智十兵衛光秀!って、明智光秀か!!?


「むり!無理ムリむり無理!!!」

 お見送りに出てきた全員がドン引く声である。
 口を開けすぎて、せっかく塗ってもらった紅が取れた気がする。いいや、どうせ向こうに着いたら直すんだし。

 いざ出発、と正門前にて、護衛をしてくれるという美少女剣豪・柳生十兵衛ちゃんにご挨拶をしようと思ったら、大人と同じ武具をつけて刀を腰にさげた彦太がいた。
 あ、もしかして正装してお見送りに来てくれたのかな?なんて嬉しくなって近付くと、妙にかしこまった挨拶をされた。

 うやうやしくこうべを垂れて。
 本当に、忠誠を誓う騎士のように。

 明智十兵衛光秀、と名乗ったということは、元服して明智光秀になったってこと?
 だから、戦国時代!名前ころころ変えるのやめてって何度も言ったのに!

「み、みみみみ光秀になったの!?彦太!?」
「はい。今日からはそうお呼びください、小蝶様」
「昨日は、元服まで斎藤家ここにいるって言ったじゃない!?」
「ええ、ですから昨日、利政様へお願いして、元服いたしました。これで尾張へおともできます」
「なに超高速元服してんのよ!?もっと前準備とか、色々いるもんじゃないの!?」
「貴女の輿入れが高速だからですよ」
「ンギェーーーーー!!」

 言葉が返せなくなって、とりあえず空に向かって奇声を発した。
 雲一つない、澄んだ空だ。かすかに雪解けの湿気をはらんだ空気が冷たい。
 お見送りに来てくれたらしい兄上達が全員、遠い目をしてる。はやく終わらないかなって顔だ。

 彦太の姓が「明智」なのは知っていた。
 でも、この辺身内ばっかりで、同じ苗字の人なんていっぱいいるから、そういうこともあるのかなって、そんなに気にしていなかった。
 三好姓もいっぱいいるし、斎藤姓なんてもっとありふれてる。

 それに、明智光秀って、織田信長の部下になるんでしょ?てっきり、10歳くらいは年下なのかなって思ってた。
 部下になるくらいだから尾張に住んでる明智さんなのかな~って思って。お嫁に行ったら探し出して、まだ子供のうちに対処すればいいやと思っていたのだ。
 そういう勝手な解釈で、私は彦太を明智光秀になり得る者から除外してしまっていた。

 それが、まさか、
 あーーーーーーっ!
 敵は本能寺にあり!じゃないじゃん、ここにいたじゃん!

「む、無理……信長のところに光秀連れてくとか、無理!」
「なぜでしょうか。利政様にはおゆるしをいただきましたが」
「ともかくダメ!尾張へ行くのだけはゆるしません。織田信長に、あなただけは近づけさせません!」

 つられて敬語になってしまう。
 なんか、調子狂うなー。

 何度「駄目」と言っても「ついてく」の一点張り。
 この子、こんなに頑固な子だったかな?って思ったけど、いや、けっこう融通聞かないところあったわ。土蔵で暮らす事件とか。

 正装した少年少女が、嫁入り道具一式を積んだ荷馬車の前で押し問答をしているせいか、なんの騒ぎだと城外からも見物人が集まってきてしまった。あああ……

「小蝶、そろそろ出ないと、今日中に向こうにつけんぞ!」

 ああああ!
 父上、さっきまで泣いてたくせに、なんで急にさっぱりした顔してるのよ。止めてよ!
 何、彦太とサプライズに加担しちゃってんのよ!

 時刻はまだ朝なわけだけど、昼過ぎには向こうについてなきゃいけないから、たしかにもう出ないといけない時間だ。
 太陽はじりじり城門の上を通ろうとしている。

「じゃあ私も名前変える!!」

 見送り一同が、目を丸くしてこっちを見た。
 勢いのまま、みんなに向かって叫ぶ。

「私はこれより、斎藤帰蝶きちょうを名乗ります!ぜったい、美濃へ帰ってきますから、それまで美濃を豊かにしておいてくださいね!」

 今になってみれば、なぜこんなことを言ったのか、自分でもよくわからない。
 勝手に史実通りに動く周りの状況に、ヤケになったとしか思えない。

「それでは、また会う日まで!」

 勢いのまま用意されていた輿こしに乗りこみ、すぐに「出して!」と近くにいた担ぎ担当さんにお願いした。
 彦太……十兵衛は慌てて輿の開いた窓に寄って来る。

「小……帰蝶様、こんなお別れで良いのですか?義龍様も……」 
「ついてくるなら、敬語はやめて。名前が変わっても、あなたは私の幼馴染でしょ」

 敬語丁寧キャラが様になってるのがまたムカつくのよね。
 はじめて会った時は私より小さかったくせに、今はちょうど同じくらいの背になった。もともと俯きがちだったのが、自信がついてきちんと背筋を伸ばすようになったのもあるだろう。

 男の子だし、きっと、すぐに私を追い越す。
 それから、年末に私が義龍兄上と真剣稽古をしてすぐあとに、一本取られた。(普通の竹刀でだけど。)
 これは、ちょっとくやしくて、ちょっと嬉しい。
 この子は約束どおり、私と強くなってくれたんだ。

「ごめん……十兵衛。本当はついてきてくれて嬉しい。ありがとう」
「僕も、帰蝶と一緒に行けて嬉しいよ。ちゃんと、君のこと守るから」
「うーん、それはいいや」
「ええっ!」
「だって、まだ私の方が強いもん。私があなたを守ってあげるわよ」

 かっこつけたつもりでしょうが、そうなんでも思い通りになんてさせてあげない。

 彼が明智光秀になるのなら、本能寺の変を起こすのなら、離れない方がいい。
 私が織田信長から守ってあげなきゃ。

 そうしたらえっと……歴史ってどうなるんだろう。
 今まで、ただ本能寺の変バッドエンドを回避したいって気持ちだけで、回避したらどうなるのか、ってのを考えたことなかったな。
 とりあえず、この子が本能寺の変を起こさないように、見張っておこう。
 起こしそうになったら、私がこの鍛えた筋肉のすべてをもって、物理で止めよう。それ以外思いつかない。

 揺れる輿の窓から、十兵衛の横顔と澄みきった青空を見て、新たに決意を固める。
 よし、本能寺の変回避、明智光秀が横にいるけど、がんばるぞ。






「…………はあ。儂、隠居しよ」
「は?」
「父上?」
「小蝶ちゃん……帰蝶がいない美濃に興味ないし。義龍、あとはお前にまかせる」
「はあ!?」
帰蝶あのこが帰ってくると言ったんだから、帰ってくるだろう。家督はお前に譲る。儂は寺にでも入る。帰蝶が帰ってきたくなるよう、できるかぎり美濃を豊かにしておけ」
「家督を譲るにしても急すぎんだろ、糞親父クソオヤジ!」
「おめでとうございます兄上」
「よかったですね、義龍兄上!」

 出発後、父と兄達の間でそんなやりとりがされていたとはつゆ知らず、私は輿に揺られていた。
 花嫁行列よろしく、鈍行にて優雅に、豊かな美濃の景色を目に焼き付けながら。

 このあと、想像を絶する苦痛が襲うとも知らずに。



 ***

 こうして、蝶よ花よとかわいがられたお姫様は、
 隣の国へ嫁いでいきました。

 ***
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...