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光に潜む影-王都暗部襲撃編-
【15】
しおりを挟む人々は唖然としていて誰も動くことができなかった
突然の事態に騒ぎが起きていたがさらなる異常事態に慄いていた
突如現れたものが本能的に告げる
あれは死だと
蔓延る死が現れたとわかってしまったのである
やはり誰も動かなかった。動けないのだ
どうすれば
なんて思考すら無駄だとわかってしまう
そして黒い何かが動き出した
「………ア゛ッ………」
濁った音を吐き出し
そして狂気を撒き散らした
「ア゛ア゛ア゛ーーーーーーーッ!!!!!!」
絶叫が響き渡る
それだけでこの国の中心部近くの会場は
機能を停止した
人々は激しい痛みと苦痛、脳を直接揺すぶられる様な刺される様な苦しみを味わい
そして精神が錯乱し殴り合う民衆
罵倒し合う人々や
一人を大勢で痛ぶるものたち
嗚咽を上げ泣き叫ぶもの
自らの首を絞め地面に頭を叩きつけるもの
まさに地獄絵図が出来上がっていた
「こ、これは…う、うぅ…」
僕は耳を押さえ咄嗟に魔力で耳を守ったが
対して効果はないらしい
初撃の絶叫は緩和したがすぐに頭が割れる様な痛みと
視界がブレはじめ苦しく今にも倒れそうだった
苦しみながらも周囲を窺う
民はそれぞれもがき苦しんでいる
国王陛下も母上たちも同じように頭を抱えて苦しんでいた
そばにいたユダとログナスも苦しそうだが
まだ動けるのか、なんとかこの状況を打破しようともがいているようだった
これは、長くは持たない
あの叫び声は一つの世界侵食行為
擬似的に声が届く範囲を己たちの支配領域とする
恐ろしい技だ
それだけで範囲内のものたちは狂気に飲まれ正気を失い、
生あるものは死んでいき命亡き者の世界となる
僕は苦痛によって意識が朦朧とし
地面に倒れそうになったが
横からユダとログナスが支えてくれる
二人も辛そうだった
どうすれば……
こんな状態じゃ動くことも魔術を構築することもできない
見ると次の段階の黒息を吐くつもりなのか
黒いモヤが口の中から漏れ出している
あれは触れたものを即死させる呪いのはずだ
打つ手がない………
「耳障りだ」
鈴の音のような凛とした声がこの絶望的な状況の中
聞こえた
見上げると女王とサイファーがこの渦中
平気そうに立っていた
何で平気なんだ?あの騎士もまっすぐ立っており
側に控えている
「人々が苦しんでいます。救いましょう」
「はい女王陛下。御心のままに」
細く微笑んでサイファーは言う
「では一曲、奏でましょう」
白いジャケットに隠されていた所から棒を取り出した
あれは、指揮棒なのか?
銀色の指揮棒に煌びやかなアメジストのような魔法石が付いている
「瞑想曲 第一幕 白き夢の跡地」
指揮棒が振られると音楽が鳴り響く
いつのまにか現れたのか
仮面をつけた人形の奏者がそれぞれの楽器を演奏する
ヴァイオリンが二人、チェロ、ヴィオラのカルテット
弦楽四重奏だった
この叫びの大音響の中、響き渡る音が黒仔山羊の叫びを打ち消した
そしてサイファーは女王に顔を向ける
「闇に囁くものどもよ いま清浄なる光で哀れな人々を救いましょう ーーー♪」
女王が歌い出す
それは透き通る声で響き渡り
暗澹としていたこの空間を振り払った
「うぅ……く、苦しみが消えた…助かったのか?」
悶えていた人々が苦しみから救われる
これが、奇跡の御業か……
僕は目にした事実に呆然とする
こんな奇跡を知らなかったからだ
魔術なのかもわからなかった
「シルヴァ」
「はい」
サイファーが優雅に指揮棒を振りながら小さく騎士の名を呼んだ
シルヴァ……僕はその名前を知っていた
なぜ気が付かなかったんだ
有名人じゃないか
魔人を倒したと言う亡国の英雄
「斬りなさい」
「御意」
抜かれた剣に瞬時に見事な魔力が込められる
それはまるで星の一瞬の煌めきように刹那で
美しかった
「…シリウス・ホライゾン《境界を越える暁星》」
辺りが黒い閃光に包まれた後
それを引き裂くように流星が軌跡を描く
そして黒仔山羊は滅された
僕は唖然とした
今までログナスが最強だと思い込んでいた
流石に年齢の差があるだろうが
あれに追いつくことなんて想像できない
あれが、戦神アレスの化身と呼ばれた男
シルヴァ・シリウスレイという化け物だった
演奏が止んだ
人形達はふわりと姿を消す
剣を収めたシルヴァは何事もなかったかのように女王の側で控えた
……
驚きの連続で僕はただ見つめることしかできなかった
視界に映ったログナスの横顔は
どこか剣呑な雰囲気を感じさせた
「少々派手にやりすぎなのでは?」
「…申し訳ございません。迅速に倒すべきかと判断しました」
「彼も最善を判断してのことでしょう。あの技が最速ですからね。配慮ですよ」
「あらそうでしたの」
「いえ、私が至らぬせいで手間をかけさせてしまいました。申し訳ございません」
「私は好きに演奏しただけだよ。それよりほら、人々を落ち着かせないと」
そう言ってサイファーは国王陛下を見る
それを察して動いたのかはわからないが
母上たちを起こし座らせて国王は演説台の前に立ち
話し始めた
「女王達により悪しき存在は滅ぼされた!国王として深く感謝する」
「いいえ、良いのです。人々が平和で健やかに生きることが神のご意志なのですから」
「うむ。我らが神とその使徒に祈りを捧げよう」
国民が歓声をあげ白熱した
自分達を救った奇跡に感動しているようだった
確かに彼らがいなかったら
この国は大損害、どころか滅んでいたかもしれない
それほど危険なものだった
僕は一人緊張から解放されて息を吐く
周囲を見渡すと事前に配置されていた救護部隊や兵が怪我をしたもの達に対応している
これで平和に戻れる
無事に今日という日を終えられることができる
そのはずなのに僕は違和感…というか嫌な予感を感じていた
何故だかわからない
なにか、大事なことを見逃しているような…
改めて周囲を見る
なにか…気持ちの悪い、違和感を感じる
こんなのは初めてだった
先ほどとは違う痛みが目の奥から感じた
倒れる…
「うぅ…」
「セウス!」
「坊ちゃん!」
二人が驚いて心配そうな声をかけてくれた
小さく大丈夫、と声をかけ手を借りて立ち上がる
まだ鈍い痛みは続いている
また周囲を見る
人々は動揺しながらも事態は去ったと安心してその場にいる
「リオセリウス国王陛下、失礼ながらよろしいでしょうか?」
サイファーが父上に恭しく話す
「お主は…よい。なんだね」
「ご配慮ありがとうございます。女王陛下の体調が優れませんのでお控えさせていただきたくお願い申し上げます」
「なんと、もちろん構わぬ。手配させよう」
「いえ御気遣いなく。私どもが責任を持ってお側に居りますのでご安心ください」
「確かに。それでは女王に一言を…」
あの聖女は退場するらしい
力を使ったせいなのかそれとも本当に具合が悪いのかわからない
今回活躍した一員である人物だ
何かしらを話し笑顔で父上と女王が離れる
そしてシルヴァとサイファーを連れ壇上から去ろうとした
その背を見ていると激痛が走る
「うわぁあああっ!?」
叫ぶ
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「なっ!?どうしたんだセウス!」
「坊ちゃん!?」
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僕のせいだった
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「た、助けてくれ俺の家が!」
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「あ、あのさっきの化け物を倒した騎士様はいないの?!あの方がいれば…」
「な、なんだこれは人が、石に」
「助けてくれッ!化物が人を千切って殺しまわってるんだ!わ、笑い声が耳から離れないッ」
「あーあ…やっぱりダメだったか」
最後に黒い人影の若い男の声がして
映像が消えた
「…セウス!」
「…うぅ」
目を擦ってもう一度見る
だがそこは突然様子が変わった僕に驚いた人の姿しかない
「ま、待ってください。女王陛下……」
途切れ途切れの声で、そう言った
このまま帰ってしまったら
あの光景が現実になってしまいそうで
呼び止めてしまった…
「どうかなさいましたの?…」
心配そうな顔で、柔らかい声音で声をかけてくれる
近づいてきた聖女の白い手が額に触れようとした
だがグイッと後ろに引っ張られ後ろに寄り添っていたユダにもたれ掛かる
ユダは険しい表情をしていて
この状況に聖女は驚いたのか不思議そうに見ている
気まずい
僕は服の袖を掴み窺うが
ユダは動かなかった
どうしたんだ?
何か僕が粗相をしてしまったのか?
あっ、一国の女王に馴れ馴れしく話しかけてしまったせいだろうか
確かにいくら王子だろうが不敬に違いない
ど、どうしよう…
先程とは違う頭の痛みに冷や汗をかく
その間もこの空気を気にした風もなく
ログナスが黙って背を撫でている
「何か事情がおありなようですね。ですが女王陛下はこの場からは退場させて頂きます」
いつのまにか正面横にいたサイファーが僕の肩に手を置いてそう言った
そして顔を向けるとわずかに口角を上げる
やはり瞼は閉じられていた
「だ、だけどこのままじゃ…」
「わかっています」
言い終える前にはっきりと言われた
「何を…」
「さぁもう一度、見てみましょうか」
「は、はぁ…?」
よくわからない。何を…
そしてグイッとまた今度は両手で顔を挟まれ
動かされた
「にゃ、にゃにをひゅ……るの!」
「ほらちゃんと見る」
子供を軽く嗜めるように言う
そして言われたように周囲を見渡すように僕は顔を動かされる
(い、意外と手荒なのね…別に嫌じゃないけど)
ふと目の奥の鈍痛が消えていた
何故かな?ツボでも押されたのか
どうでもいいことを考えていると
視界に歪なものが映る
あれは……
参列席の中に目に見えない蒸気の揺れような
ブレが見える
その中心には黒と赤の光がある
まさか!
「あ、あそこ!」
声を発しながら指をさす
すると一瞬でシルヴァが動きそれを連れてくる
「な、何をするんだ貴様!?無礼だぞ!このッ!クソッ!」
手足をばたつかせているが全く届いていなく
仮面で窺うことはできないが
全く動じてなさそうだった
こいつは、あのネズミ顔の貴族だ!
一度目の人生の時
僕をはめた悪人の売国奴だ
名前は……なんだっけ?
「何事なんだ?説明を求む」
国王陛下が訝しむようにサイファー達に聞く
サイファーは僕の頭を一撫でして手を離し
余裕そうな笑みを浮かべたまま質問に答え始めた
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「邪気?」
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聖杯って、あの聖杯か?
神の血を受け止めたと言う奇跡の盃
それは、つまり
「不老不死…」
僕の小さな呟きに周りの者の耳にも届いたようで
一様に振り向く
気まずい
「正確には願望を叶えるためのリソース。奇跡を起こすための媒体ですね。諸説ありますが」
サイファーはそう補足した
「この場合あなたは何を願ったのかまでは知りませんが、無理ですよそんなの」
男はサイファーの言葉に驚いた後睨みつける
「嘘だ!永遠の奇跡は成就される!俺は見たんだ!」
捲し立てるように言う
「人が生き返るのをな!」
それは、あり得ない
人の成す所業では成し得ない
禁忌の領域だ
「何を言っているんだティモル伯爵」
父上が眉根を寄せ告げる
そんな名前だったんだ
「もうすぐ、もうすぐだったのに、神が降臨すれば地上は楽園になり常世国に行けるのに…」
悲壮を浮かべた顔をしている
「そんなことはあり得ない。どんな奇跡だろうが禁忌であることには変わりない。人には到達できない領域だ」
ログナスが横から言う
その通りだった
どんな犠牲を払っても
無くしたものは、かえらないのだ…
「ふん!貴様らは知らないのだ!愚かな地上の為政者供が!今に見ていろ!我らが天地を支配し楽園を創造するところをな!」
そして笑う
何が面白いのかわからないが
目が血走っていて怖い
「御託はいいです。連行して吐かせれば良いでしょう」
やることは終わったとサイファーは離れる
ティモル伯爵は近くの近衛兵に渡される
よくわからないが、これで一件落着なのかな
何であんな光景が見えたのかはわからない…
「ふはははははッ!!」
伯爵は笑う
まだ何かあるのか一同が見つめる
嫌な、予感がした
「我らの神は見ておられる!!そうですよね?!!」
瞳孔が開いたまま視線を彷徨わせ
そして 捉える
「神の御子であらせられるセウス様!」
伯爵は恍惚した顔で僕を見つめ
そう言って導火線に火をつけた
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