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「ギルベルト伯爵への紹介状を書けと言うのかい。」
お父様の声は、どこか冷たいです。
「はい、ギルベルト伯爵と交渉しますのでお願いします。」
「僕が断ったらどうする?」
「……クルス王子の婚約者として交渉を申し込みます。」
「昨年、侵攻してきた敵の婚約者を相手にすると思うかい?」
「……お父様、反対なのですか?」
どうもお父様は、私が交渉に赴くことに乗り気でないようです。
「うん、反対だ。」
「どうして?」
「お前、自分が何をやりたいのか、わかっているのか?」
「やりたいこと、ですか?」
何をやっているのか、くらい言われるのは予想していましたが、私がやりたいことを聞かれるとは、予想してませんでした。
「そりゃ、商売ですけど。」
「ギルベルト伯爵との一時的な停戦協定が、商売か?ただ働きじゃないか。」
「費用は出してもらいます。」
馬車などは用意すると、バルリオス将軍が明言し、宰相コルネート公の許可も得ました。
行く先々での替え馬なども軍のものを利用できます。
「費用はわかった。だが、利益は?停戦交渉を成立させていくら出るんだ?」
「出ません。」
「つまり利益が出ない。ただ働きだ。」
それはそうですが。
「お前は、商売をやりたいはずだ。それなのに今、国の政治に関わろうとしている。それは脱線じゃないか?」
「しかし、お父様もクルス王子の代理人として交渉したじゃないですか。」
「あれは、クルス王子から請け負った国境守備隊再建の一環だ。報酬はあった。それに捕虜を釈放してもらい、鹵獲された武器などを買い取れれば、それだけ人集め物集めの手間が減るからな。だが、今回の停戦交渉は違う。利益がないだろう。」
「利益はあります。ただし現金の形では、ありません。」
「現金でないなら、なんだね。」
「平和です。」
お父様は、大爆笑しました。
「そんなもののために動くのか?」
「おかしいですか?」
「それがお前の商売に必要なのかい?」
「はい。」
「ロザリンド、それではいけない。」
「そうでしょうか?」
「そうだ、お前が商売をやりたいというのは、下働きでないだろう。つまり、経営者ということになる。」
「そうですね、正直、婚約させられるまでは、お父様の下で教えてもらって、ゆくゆくは跡を継ぐか自分で商会を立ち上げたいと思っていました。」
「ならば、今お前がやっていることは、経営者失格だ。」
穏やかな口調で、お父様は断言しました。
「経営者たる者、何より働いてくれている人のことを考えねばならん。それをわかっているかね。」
「わかっているからこそです。私だって化粧品量産のために人を雇っています。」
「ならば、お前は彼らのために動くべきではないかね。」
「どうしろとおっしゃるのですか。」
「彼らを解雇もしくは操業を一時停止するかして、安全な土地への逃亡を進める、もしくは工房を安全な土地なり国に移して、彼らの雇用を継続するか。いずれかを選んでそのために動くべきだ。ドラード公の反乱鎮圧などに関わるべきではない。」
「それでは、イルダ様母子が危険です。」
「ヒメネス伯爵夫人は、お前のパートナーであって従業員ではない。彼女も伯爵夫人。自分の力で切り抜けるべきだ。そのために所領などがあるのだからね。」
「そんな、もしこの王都が戦乱の巷になれば……。」
「それがどうかしたのか。」
父の声の冷たさ、今までが晴れた冬の日なら、大雪の中のそれに変わりました。
「お前はヒメネス伯爵夫人に肩入れし過ぎだ。」
「そんな、お父様だって、私とイルダ様の間の友情に配慮して下さったじゃないですか。」
「したさ。でもそれは平時だったからだ。今は違う。状況が変わればそれに応じた行動が求められる。」
「イルダ様を切り捨てろと?嫌です!」
イルダ様をメリナ様を切り捨てるなんてできません!
「黙れ!」
お父様の口調が、今度は、噴火のような激しい口調に変わりました。
「貴族は、このような時に自力で動くべきなんだ。我々を平民と見下しているのだからね。」
「イルダ様は違います!」
「違っても貴族であることは変わりない。彼女も自力で逃亡などの選択をするべきだ。」
「そんな、国王の愛妾が簡単に逃げられるはずがありません。」
メイドを始めとする仕える人々が、監視人に変わるのです。
幼いメリナ様を連れての逃亡などできるはずがありません。
「それは、彼女の今までの選択の結果だ。特権を享受してきたのだから、対価を払わねばならん。」
「そんな。ドラード公の反乱さえ鎮圧すれば平和に戻るんです。そうすれば……。」
「反乱が成功しても平和になるさ。ドラード公の下でな。」
「お父様、まさか……。」
ドラード公の反乱に一枚かんでいる?
「待て、誤解するな。メイア商会とドラード家との付き合いは物の売買以上のものはない。それは断言する。嘘偽りない。」
さすがに、お父様も慌てて否定してきました。言う通り、嘘偽りはないでしょう。
「メイア商会は、政治に深入りするつもりはない。中立を保つ。それが基本方針だ。」
「わかりました。なら、今からのことは、ロザリンド個人として行動です。紹介状を頂ければ対価として金貨百枚をお支払いしますので、お書き下さい。」
化粧品の売り上げ、工房の従業員の給料や運転指揮を除いても、そのくらいは残っています。
「そこまでやるか?何故だ?何故、そこまでやる?イルダ母子のためか?」
「商機が遠のくからです。」
「商機が遠のく?」
身を乗り出してきました。そう言われると思ってなかったのでしょう。
「私の扱う化粧品は、戦争には関係ありません。ならば、戦乱の中では売れないでしょう。」
金は、武器などに消費されるのですから。
「そうだね。」
「ドラード公の反乱を鎮圧すれば平和が戻ります。化粧品の需要は、減ることはありませんから、欲しい方は買ってくれます。」
意中の方を射止めるために使う人、贈り物にする人、動機は様々ですけど。
「そのために平和が必要だと。それはさっきも言ったが、ドラード公の下でも構うまい。」
「構いませんが、時間がかかります。国王が勝てば他の四公爵は陛下に従いますが、ドラード公が勝っても従わない可能性大です。」
「今まで同格だったドラード公の下にはつけない、と。」
「はい、ドラード公も何か考えていると思いますが、それは武力での屈服でしょう。時間がかかります。」
「だが、どうやって国王を勝たせるのだ?」
私は、バルリオス将軍に語ったことをお父様に説明しました。
「なるほど、鎮圧軍さえ動ければ、兵力から言って確実に勝つだろう。だが、他の公爵がおとなしく従う保証は?反乱が反乱を誘発させた例は、歴史上あるのだよ。」
「大丈夫です。他の四公爵は、今回の鎮圧軍に兵を出しています。つまり国王に出資しているのと同じです。」
「出資?」
商売用語が出てくると思わなかったのでしょう、戸惑いの顔になりました。
「はい、他の四公爵が兵を出すのは、反乱鎮圧のため。彼らは、今後の体制維持のため出資したのと同じです。ならば、体制が維持できねば損をするのです。」
「そういう見方もあるか。」
父も考え込む顔になりました。
「お前、すごい角度で物を見るのだな。」
「でも間違ってはいないでしょう。」
「……そうだね。」
「それにお父様の商売も、平和でなければできません。貴腐ワインをギルベルト伯爵が自身で売らず、お父様委託するのは、ヤストルフ帝国が内乱中だからでしょう。」
「アンダルス王国が、平和だから売れると。」
「それも高値で。しかもその売上で糧食や武器、各種資材をこのアンダルス王国で買い付けている。」
「アンダルス王国が平和だから、余剰を産むだけの生産ができている、と言いたいのだね。」
父は、机の上に紙を広げました。
「いいだろう。ただ、情に流されているわけじゃないようだ。」
「お父様、書いて下さるのですか?」
「父親としては複雑だがね、色々と。」
そう言いながらペンを走らせ、封をして私に渡してくれました。
お父様の声は、どこか冷たいです。
「はい、ギルベルト伯爵と交渉しますのでお願いします。」
「僕が断ったらどうする?」
「……クルス王子の婚約者として交渉を申し込みます。」
「昨年、侵攻してきた敵の婚約者を相手にすると思うかい?」
「……お父様、反対なのですか?」
どうもお父様は、私が交渉に赴くことに乗り気でないようです。
「うん、反対だ。」
「どうして?」
「お前、自分が何をやりたいのか、わかっているのか?」
「やりたいこと、ですか?」
何をやっているのか、くらい言われるのは予想していましたが、私がやりたいことを聞かれるとは、予想してませんでした。
「そりゃ、商売ですけど。」
「ギルベルト伯爵との一時的な停戦協定が、商売か?ただ働きじゃないか。」
「費用は出してもらいます。」
馬車などは用意すると、バルリオス将軍が明言し、宰相コルネート公の許可も得ました。
行く先々での替え馬なども軍のものを利用できます。
「費用はわかった。だが、利益は?停戦交渉を成立させていくら出るんだ?」
「出ません。」
「つまり利益が出ない。ただ働きだ。」
それはそうですが。
「お前は、商売をやりたいはずだ。それなのに今、国の政治に関わろうとしている。それは脱線じゃないか?」
「しかし、お父様もクルス王子の代理人として交渉したじゃないですか。」
「あれは、クルス王子から請け負った国境守備隊再建の一環だ。報酬はあった。それに捕虜を釈放してもらい、鹵獲された武器などを買い取れれば、それだけ人集め物集めの手間が減るからな。だが、今回の停戦交渉は違う。利益がないだろう。」
「利益はあります。ただし現金の形では、ありません。」
「現金でないなら、なんだね。」
「平和です。」
お父様は、大爆笑しました。
「そんなもののために動くのか?」
「おかしいですか?」
「それがお前の商売に必要なのかい?」
「はい。」
「ロザリンド、それではいけない。」
「そうでしょうか?」
「そうだ、お前が商売をやりたいというのは、下働きでないだろう。つまり、経営者ということになる。」
「そうですね、正直、婚約させられるまでは、お父様の下で教えてもらって、ゆくゆくは跡を継ぐか自分で商会を立ち上げたいと思っていました。」
「ならば、今お前がやっていることは、経営者失格だ。」
穏やかな口調で、お父様は断言しました。
「経営者たる者、何より働いてくれている人のことを考えねばならん。それをわかっているかね。」
「わかっているからこそです。私だって化粧品量産のために人を雇っています。」
「ならば、お前は彼らのために動くべきではないかね。」
「どうしろとおっしゃるのですか。」
「彼らを解雇もしくは操業を一時停止するかして、安全な土地への逃亡を進める、もしくは工房を安全な土地なり国に移して、彼らの雇用を継続するか。いずれかを選んでそのために動くべきだ。ドラード公の反乱鎮圧などに関わるべきではない。」
「それでは、イルダ様母子が危険です。」
「ヒメネス伯爵夫人は、お前のパートナーであって従業員ではない。彼女も伯爵夫人。自分の力で切り抜けるべきだ。そのために所領などがあるのだからね。」
「そんな、もしこの王都が戦乱の巷になれば……。」
「それがどうかしたのか。」
父の声の冷たさ、今までが晴れた冬の日なら、大雪の中のそれに変わりました。
「お前はヒメネス伯爵夫人に肩入れし過ぎだ。」
「そんな、お父様だって、私とイルダ様の間の友情に配慮して下さったじゃないですか。」
「したさ。でもそれは平時だったからだ。今は違う。状況が変わればそれに応じた行動が求められる。」
「イルダ様を切り捨てろと?嫌です!」
イルダ様をメリナ様を切り捨てるなんてできません!
「黙れ!」
お父様の口調が、今度は、噴火のような激しい口調に変わりました。
「貴族は、このような時に自力で動くべきなんだ。我々を平民と見下しているのだからね。」
「イルダ様は違います!」
「違っても貴族であることは変わりない。彼女も自力で逃亡などの選択をするべきだ。」
「そんな、国王の愛妾が簡単に逃げられるはずがありません。」
メイドを始めとする仕える人々が、監視人に変わるのです。
幼いメリナ様を連れての逃亡などできるはずがありません。
「それは、彼女の今までの選択の結果だ。特権を享受してきたのだから、対価を払わねばならん。」
「そんな。ドラード公の反乱さえ鎮圧すれば平和に戻るんです。そうすれば……。」
「反乱が成功しても平和になるさ。ドラード公の下でな。」
「お父様、まさか……。」
ドラード公の反乱に一枚かんでいる?
「待て、誤解するな。メイア商会とドラード家との付き合いは物の売買以上のものはない。それは断言する。嘘偽りない。」
さすがに、お父様も慌てて否定してきました。言う通り、嘘偽りはないでしょう。
「メイア商会は、政治に深入りするつもりはない。中立を保つ。それが基本方針だ。」
「わかりました。なら、今からのことは、ロザリンド個人として行動です。紹介状を頂ければ対価として金貨百枚をお支払いしますので、お書き下さい。」
化粧品の売り上げ、工房の従業員の給料や運転指揮を除いても、そのくらいは残っています。
「そこまでやるか?何故だ?何故、そこまでやる?イルダ母子のためか?」
「商機が遠のくからです。」
「商機が遠のく?」
身を乗り出してきました。そう言われると思ってなかったのでしょう。
「私の扱う化粧品は、戦争には関係ありません。ならば、戦乱の中では売れないでしょう。」
金は、武器などに消費されるのですから。
「そうだね。」
「ドラード公の反乱を鎮圧すれば平和が戻ります。化粧品の需要は、減ることはありませんから、欲しい方は買ってくれます。」
意中の方を射止めるために使う人、贈り物にする人、動機は様々ですけど。
「そのために平和が必要だと。それはさっきも言ったが、ドラード公の下でも構うまい。」
「構いませんが、時間がかかります。国王が勝てば他の四公爵は陛下に従いますが、ドラード公が勝っても従わない可能性大です。」
「今まで同格だったドラード公の下にはつけない、と。」
「はい、ドラード公も何か考えていると思いますが、それは武力での屈服でしょう。時間がかかります。」
「だが、どうやって国王を勝たせるのだ?」
私は、バルリオス将軍に語ったことをお父様に説明しました。
「なるほど、鎮圧軍さえ動ければ、兵力から言って確実に勝つだろう。だが、他の公爵がおとなしく従う保証は?反乱が反乱を誘発させた例は、歴史上あるのだよ。」
「大丈夫です。他の四公爵は、今回の鎮圧軍に兵を出しています。つまり国王に出資しているのと同じです。」
「出資?」
商売用語が出てくると思わなかったのでしょう、戸惑いの顔になりました。
「はい、他の四公爵が兵を出すのは、反乱鎮圧のため。彼らは、今後の体制維持のため出資したのと同じです。ならば、体制が維持できねば損をするのです。」
「そういう見方もあるか。」
父も考え込む顔になりました。
「お前、すごい角度で物を見るのだな。」
「でも間違ってはいないでしょう。」
「……そうだね。」
「それにお父様の商売も、平和でなければできません。貴腐ワインをギルベルト伯爵が自身で売らず、お父様委託するのは、ヤストルフ帝国が内乱中だからでしょう。」
「アンダルス王国が、平和だから売れると。」
「それも高値で。しかもその売上で糧食や武器、各種資材をこのアンダルス王国で買い付けている。」
「アンダルス王国が平和だから、余剰を産むだけの生産ができている、と言いたいのだね。」
父は、机の上に紙を広げました。
「いいだろう。ただ、情に流されているわけじゃないようだ。」
「お父様、書いて下さるのですか?」
「父親としては複雑だがね、色々と。」
そう言いながらペンを走らせ、封をして私に渡してくれました。
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