王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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「シド、五公爵の卿が、何故、このような暴挙を……。」

 窓の外に来た国王が、ドラード公を詰問します。

「何、五公爵なんて呼ばれるにも飽きたんで、今度は『覇王』と呼ばれようと思ってね。」
「余に背くか。」
「おう、嫁の尻にしかれ、子育ても失敗するような奴の風下にいたくねえわ。オレの方が、てめえより王にふさわしいと思うんでね、奪いにいかせてもらう。」

 ひどいことを言います。

「だからとて、女子供を手にかけるか。おぬしも貴族であり、戦士であろう。非力な女子供を刃にかけるか。」
「したかねえがね、その辺に転がってる使えねえ連中のせい、いや。」

 私の方を見ます。

「てめえのバカガキの婚約者、大したもんよ。いい部下を揃えている。そのせいで、オレが直々に手を下さねえとならなくなった。」
「ロザリンド、そなたの部下が、イルダと子を守ってくれたのか。」
「はい。」
「バカガキは、てめえと違って嫁選びは成功してるぜ。それだけは自慢していいんじゃねえの。」
「クルスは、今は関係あるまい。シド、おとなしく投降せよ。」
「やなこった。」

 ドラード公は、斧槍を持ち直します。

「長口舌ふるうのも柄じゃねえんでね。終わらせてもらうわ。」

 どうしよう。オラシオ、アズナール、ヒメネス伯爵は、失神してるし、エルゼも戦えそうにない。
 出産したばかりのイルダ様は論外だし、私やウルファ、イシドラじゃ何の役にも立たない。

 と思いました。

「死ね!」
「させん!」

 イシドラが迫るドラード公から逃げもせず、薬箱から出した小瓶を投げつけました。
 小瓶は、ドラード公の胸に当たって割れます。

「グッ、くせえ!なんだこりゃ!」
「気付け用のアンモニアよ。」

 アンモニアは、強烈に臭い液体です。
 ちょっと嗅いだだけで、強烈な刺激に反射的に顔をそむけてしまう代物。
 鼻やのどへの刺激もあります。 

「ご自慢の鎧も、気体は遮断できんじゃろう。どんな家屋敷も、風を通さねば人が住めん。」

 すごい、イシドラ。さすが医師、頭がいい!

「ゲホッ、グホッ。」

 今がチャンス。

「イルダ様、逃げますよ。がんばって。」
「えぇ。」
「赤子は、アタシにまかせい。」
「ウルファも。」
「はい。」

 ドラード公がアンモニアに苦悶しているすきに、窓の外に飛び出します。
 失神している3人や、エルゼを置いていくのは気が引けますが、やむを得ません。

「この、成人前のくせに、機転がきく。」
「誰が成人前じゃ!これでもアタシは25歳じゃ!」
「はいはーい、イシドラ、逃げるよぉ。」

 ウルファが、キレるイシドラの寝巻のエリをつかんで引っ張ります。

 飛び出した私達と入れ替わりに、兵士達が部屋に突入します。

 もう大丈夫でしょう。

「イルダ、無事であったか。」
 脱出した私達に国王が、声をかけてきます。
「は、はい、陛下。おそろしゅうございましたが、ロザリンド達が助けてくれました。」
「そうか、ロザリンドよ、礼を言う。」
「イルダ様の友人として、将来の義姉として当然のことをしただけでございます。」
「将来の義姉?」
「イルダ様は、出産しました。女の子です。」

 イシドラが、抱いている子を国王に見せます。

「おぉ、余の子か。」
「まだ、産湯を使っておりませんが。」
「そうか、誰ぞ、湯を用意せい。」

 兵士が数人、台所の方に走っていきます。

「陛下、申し訳ありません、女の子です。期待に沿えず……。」
「何を言う、イルダ。余の子をよくぞ産んでくれた。」

 国王は、愛おし気な目をイシドラの抱く子に向けます。

「この子は、メリナと名付ける。」

 国王は、準備していたのであろう名を、赤ちゃんに与えました。

「メリナ、貴女の名前はメリナですって。いいお名前をもらったわね。」
 イシドラに抱かれた我が子にイルダ様は、愛おし気に語り掛けます。
「抱いてみるか。」
「もちろん!」
 イシドラから奪い取る勢いで、イルダ様はメリナを抱こうとします。
「あぁ、いかん、落ち着け。首がすわってないのだから、支えるように抱かんと。」

 言われて、イルダ様は、一度深呼吸し、落ち着いてからメリナを受け取ります。

「メリナ、ママよ。」

 我が子を抱き、いつくしむ様に頬を寄せます。
 目じりに涙がにじんでいるように見えるのは、気のせいではないでしょう。

「イルダよ、疲れたであろう、自室に戻って休むがいい。しばし騒がしいだろうが、すぐに静かになる。」
「あぁ、しばし、な。」

 ドラード公が、窓の外に出てきていました。

「そ、そんな……。」

 大勢の兵士が部屋に突入したはずです。
 少なく見積もっても10人以上いたはず。

「言ったろう、大した部下だって。嬢ちゃん、あいつらをこんな雑魚どもと一緒にしちゃいけねえぜ。」

 斧槍で防ごうとした剣ごと兵士を一刀両断して、ドラード公は言います。

「並みの兵士なら、こんなもんよ。嬢ちゃんの部下は、皆、大したもんだ。部下に欲しいくれえだぜ。」

 まさか、10人以上の兵士をあっさり返り討ちにしたと。

「シド、おぬしが屈強の戦士であることは知っておる。しかしだ、この王都には、まだ一万の兵がおる。」
「そいつらを殺しつくすのは、骨だなぁ。」
「投降せい、今なら貴族として礼遇しよう。」
「投降は、やなんでね。逃げるわ。」

 ドラード公のマントから光の粒子が流れ始めます。

「なんじゃ?」
「陛下、ドラード公のマントは魔法道具マジック・アイテムです。流星の翼ジャナフ・シバーフといい、着用者は自由に宙を舞います。」
「逃げるか?すでに屋敷に兵を向かわせておる。一族を見捨てて逃げるか。」
「アホか、とっくに一族のもんも、全ての部下も愛人も逃げて空だ。人質になるような奴はいねえぜ。」

 それが事実なら、思ったよりは用意周到に反乱の計画は、立てていたようです。

「王都に残ってんのは、もうオレだけよ。」
「捕らえよっ!」

 国王の命令で、取り囲む兵士が一斉にかかりますが、ドラード公は斧槍を旋回させ、あっさり全員を切り伏せてしまいました。

「無駄に死ぬな。」

 ドラード公の威圧と圧倒的な戦闘力に兵士達も、うかつに襲いかかれません。

「さすが破壊の雷バルク・タドミール。」
 国王も冷や汗を流してます。

「じゃあな、ミサエル。オレの首が欲しけりゃ、てめえ自身でバエティカまで来な。大軍を率いてな。」

 バエティカは、ドラード公の領地の名です。
 本拠地で待ち受ける気なのでしょう。

「余に親征せよと。」
「いやか。まぁ、そうだろうな。嫁の尻にひかれて、今の今まで、妾一人作れなかったヘタレだ。怖くてこれねえか。」
「なんだと。」
「大軍で来るんだぜ。そうでなきゃ、バエティカは落ちねえぞ。」
「ぬうう。」
「迷うか、命とプライドを天秤にかけて、命が勝つか?ま、愛妾一人、てめえの手で守れねえ程度の男だからな。そんなもんか。」
「そのようなことはない。よかろう、親征し、おぬしの首を刎ねてやろう。」
「おお、楽しみにしてるぜ。この国の覇権をかけての戦だ。てめえじゃねえと相手になんねえからな。」

 ドラード公のマントから流れる光の粒子の量が急激に増えます。

「じゃあな、ヘタレのミサエル。楽しみに待ってるぜ!」

 そう言うやドラード公は、飛翔し、流星のように光の粒子を流しながら、明けようとする空に消えていきました。


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