王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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    先月、ドラード公が、カタラン王国の都市スエビを攻略したのは、私も知っています。
 その戦後処理ですが、ドラード公は、自身の所領にしたいみたいですが、陛下は認めない方針のようです。

 こうなると私には、何も言えません。
 ファビオラという女性も、曖昧に微笑んでいるだけです。

 ドラード公が大声を上げたせいで、周囲の視線が集中しています。

 私などと違い、声を上げているのは、この国きっての大貴族。
 クルス王子も、じっと黙って見ているだけです。

 私の時みたいに、注意しに来たらどうよ、と思いますが、当人はじっと見ているだけです。

 んっと使えない。

「ドラード公よ。」

 国王が出てきました。さすがに自分でなければこの場を収められないだろうとの判断でしょう。

「ロザリンド嬢、貴女はここから離れなさい。」
 コルネート公がささやいてきました。
 確かにこの場に私がいても何もできないでしょう。
「色々とありがとうございます。」
 王妃様のことで忠告を下さったことも含めてお礼を言います。
「何、王妃様が化粧品で儲けても王室財産が増えるだけだが、貴女が儲ければ国の税収が増える。」

 しっかりした宰相様です。
 
「先々は、他国へ輸出して稼いでくれ。」

 簡単なことじゃないんですけど。

 苦笑しながらその場を離れます。


 ヒートアップするドラード公の大声を背に受けながら、イルダ様の所に戻ろうとしますと、イルダ様が20歳くらいの男性と言い合っています。

 若い、背が高いがっしりとした体格の方です。
 女性としては、背が高いイルダ様より、頭一つ高いです。

「イルダ、話をしよう。」
「話すことなどありませんわ。」

 ちょっと、イルダ様、右手を振り上げて、まさか。

 パァン!

 小気味いい音が響きました。
 
「イルダ!お前。」
「何よ!マカリオ、貴方と話すことなんてないわ!」
「この……。」

 いけません。

 暴力沙汰になったら、お腹の子に障るじゃないですか。

「お止め下さい!」

 駆け寄って、二人の間に割り込みます。
「どけッ!!」
「どきません!」

 怖いですけど、逃げる訳にはいきません。
「この商人娘が。」
 睨み付ける眼光に力があります。
 クルス王子なんて、相手にならないほど怖い。
 足が震えるのがわかります。

 でも。

「ロザリンド、これはワタシの問題。貴女には関係ないわ。」
「お腹の子に障るじゃないですか。イルダ様こそ離れて下さい。」
「君、娘に何をしているんだ。」

 ヒメネス伯爵も、来てくれました。

「おう、何やってんだ、マカリオ?」
「父上。」

 父上とマカリオが呼んだのは、ドラード公でした。

「派手にひっぱたく音がするから見てみりゃおめえだ。何があった。」
「そこのイルダという娘に。」
「余の寵妃に何をするか?」
 国王も来てくれました。
「へ、陛下、こ、これは。」
「イルダは、余の子を身籠っておる。それに何をしようとしたか。」
「そ、それは……。」

 先ほどまでの怒りはどこへやら。
 大きな体を縮こまらせて、恐縮しています。

「このバカガキがッ!」

 ドラード公が鉄拳を振るいました。

 鼻血を流しながら、マカリオは体勢を崩し、壁に手をつきます。

「陛下、本日は、せっかくの晩餐会にも関わらず、愚息が失礼いたしました。」
 ドラード公が頭を下げます。
「今宵は、ここでお暇し、家で愚息に頭を冷やさせます。」
「わかった。そなたも冷やすといい。」
「父上……。」
「てめえは黙ってろ。オレが頭を下げているんだ。」

 マカリオを睨み付けるドラード公は、先ほどのマカリオ以上に怖いです。
 正直、自分に向けられたら逃げ出すだろうな、と思うほどに。


 盛り下がった晩餐会から帰宅する馬車の中でイルダ様と向かい合います。

「ロザリンド、災難だったわね。」
「災難だった、って、それはイルダ様のことじゃないですか。」
「いいえ、ワタシがマカリオを怒らせたのよ。それなのに、貴女、ワタシとマカリオの間に割り込んで。怖かったでしょう。」
「そうですけど、お腹の子に障ったらと思うと。」
「ごめんなさいね。ワタシの子なのに。ワタシが第一に考えなきゃいけないのに。」

 お腹をさすって、反省する顔になってます。

「イルダ様、マカリオという男と何があったのですか?」
「何があったって。」
「以前、私が相場で失敗する前、付き合っていたのだろう、イルダ。」
「お父様、ご存知だったのですか?」
「そりゃ、親だもの。一応把握していたさ。どこの誰かまでは知らなかったが、お前が恋愛していると母さんが言っていたよ。」
「お母様が。」
「彼、マカリオがお相手だったんだね。」
「はい、成人した頃に知り合い、お付き合いしておりました。」
「そうか。」
「彼は、庶子だから、どこかに婿入りすることも考えている、と言ってました。ヒメネス伯爵家を継がねばならないワタシにとってもいいお相手と思ったのです。」
「そこまで気にしなくともね。お前が幸せにさえなれれば、私は何も言わないよ。」
 ヒメネス伯爵は、優しくイルダ様に語りかけます。
「ただ、どうして別れたんだい?ひょっとして。」
「はい、お父様が相場に失敗したことを告げたら、あっさり捨てられました。」

 馬車の中に沈黙の天使が舞い踊ります。

「そうか、すまなかったね。」
「いいえ。おかげで、男性に利用されるものか、利用してやると強い意志が芽生えましたから。」

 それでイルダ様は、国王の愛妾になろうと思うようになったのですね。

「それで、今日は何があったのですか?」

 過去はわかりましたが、それで今日平手打ちしたわけではないですよね。

「マカリオは、先月までスエビ攻略に先だっての工作に従事していて、最近やっと王都に戻って来たらしいの。で、私を見かけて。」
「話しかけてきたと。」
「えぇ、軍務が忙しくて君の相手をしなかったのは悪かった。やり直してくれ、とは言わないが別の女性を紹介してくれないか。婿を探しているような令嬢がいい、って。」

 唖然としました。
 厚顔にも程があるでしょう。

「思えば、身勝手さはお付き合いしていた頃からあったわ。自分の都合優先で、何度予定を変更させられたか。」

 色々あったのでしょうね、詳しく聞こうとは思いませんが。

「あの頃は、ワタシもマカリオを愛していたから言うことを素直に聞いたけど。よくよく考えれば、ただただ身勝手なだけだったわ。ワガママな子供よ、あいつ。」
 最後は、「あいつ」と切り捨てました。

「ドラード家の人間は、何事も思うがままに、と育てられた、とも言ってたし。」

 そう言えば、そんなことコルネート公もドラード公に言ってました。

「ドラード家の祖、ホアキン様もそんな方だったと史書に書かれているな。我が強く、周囲の者を困らせることが多かったと。」
 ヒメネス伯爵が、知識を披露します。
「その辺ドラード家の伝統なのでしょうか。」
「かもしれないね。我意を押し通し続け、いつかは、王室とも衝突するかもしれないねぇ。」

 のんびりとヒメネス伯爵が言ったことが、今後に関わって来るとは、この時は思いませんでした。
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