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「皆の者、このロザリンド・メイアが、この度、我が子クルスの婚約者となった。メイア家は皆も知る、かのメイア商会の商会長ニールス・メイアの娘である。」
婚約が成立して1週間。それはもう大変な騒ぎでした。
国をまたいで商いをする大商会の創業者一家とは言え、メイア家は別に貴族ではありません。どこの国でもその財力に敬意を払われてはいますが、それと貴族であるか否かは別問題。
身分にこだわる方にとって一大事でした。
父である国王も黙ってはおらず、有無を言わさず婚約を破棄しようとしました。
ですが、王国法は国王も拘束すると定められている以上、それに則って作成された契約書には、国王といえど従わねばなりません。
つまり婚約破棄の対価として、銀貨3万枚を払わねばならないのです。
そんな金のない国王は、しぶしぶでありますが婚約を認め、急遽私を貴族達に披露することにしたのです。
そこに至るまで色々ありました。
国王夫妻に謁見したのですが、王妃様からのお言葉は、罵倒の羅列でした。
「金に賎しくあさましい商人の娘」
「骨の髄まで拝金の悪徳に染まった娘」
「王家の清廉な金に集る愚か者」
清廉な金、というのがわからなかったので、伺うと
「王家の金は天与の金。商人の如く、物に勝手な値をつけ意地汚く集めた穢れた金ではないわ。」
意味不明です。
天与の金って国民の税金でしょう。
勿論メイア商会も税金を払ってます。
メイア商会の金が穢れた金なのに、税金となれば清廉な金になるって意味不明の論理です。
「クルスと結婚するまでは、妾を義母と間違えても思うでないぞ。思われるだけでおぞましいでな。」
王妃様がまくしたてる中、国王は沈黙していましたが、それは王妃様に同意していたとみて間違いないでしょう。
私を見る目も、侮蔑のそれでしたから。
「メイア家は、貴族ではないが、それに比肩しうる家である。」
貴族でない家の娘と王太子の婚約という異例極まる事態を糊塗するための演説は続きます。
無駄なんですけどね。
クルス王子という容姿にパラメーターを振り分けた方は、事情を知られることによる不利益を考慮せず、側近と称する遊び仲間にべらべらしゃべって、そこからあっという間に事情は知れ渡りましたから。
「炉で熱された鉄のように真っ赤になった」
とは、そのことを知った直後の国王を見た人の証言だそうです。
国王は、そう語られる程激怒し、クルス王子を王宮の一室に監禁しました。
「まさか、事情を漏らし、そのことを口止めもせぬとは思わなかった。あのバカは。」
国王は、クルス王子を怒鳴り上げ監禁した後でそう漏らしたそうで。
うん、本当に私の婚約者はバカです。
大バカです。
そう思われているとも知らず、クルス王子は、壇上でにやにやしています。
解放されたことがそんなに嬉しいのでしょうか。
視線を追えば、着飾った令嬢方を見ているのがわかります。
私より年長で、胸元を大きく開けたドレスを着た令嬢ばかりを。
私は、まだ14歳ですので、今は令嬢方には及びませんが、同じ年頃になればフフフ、あんな方に負けぬスタイルとなる……。
いや、ちょっと待て。
成長して負けぬ容姿となれば、クルス王子はどう思うか。
私に、同じ視線を向けてくる可能性は十分あるわけで。
ということは、最終的には……。
ぞっとしました。
あんなことやこんなことをしてくるわけ可能性が……。
一応曲がりなりにも婚約している以上、問題はさほどない……。
婚約者と行動を共にするのはおかしなことではありませんから……。
人目のつかない場所に連れ込むことも容易……。
衆人環視の中でなければ絶叫するところでした。
あぶないあぶない。
今後は、巧みにクルス王子の視線を令嬢達に向くようにせねば。
「皆さま、これより歓談の時間とさせて頂きます。」
披露の場を仕切る儀典官の言葉で、私は我に返りました。
「行くぞ、お前という女を皆に知ってもらわねばならん。」
まぁ、そういう場ですものね。
クルス王子は、私の手を引いて貴族の方のところに歩み寄ります。
「皆の者、これが俺の妻となるロザリンドだ。よろしくたのむ……。」
クルス王子の声はどんどん小さくなり、最後は黙ってしまいました。
そうでしょう、人の流れがおかしいのです。
曲がりなりにも婚約披露の場、主役は私達のはずなのに、国王の方へ人が多く流れて行きます。
7割程度の人が国王の方へ行く感じでしょうか。
なぜにこのような人の流れになるのでしょうか?
クルス王子も不思議に思っているようで、話しかけてくる方への応対はしますが、父親に流れる人々に視線を向けます。
私も話しかけてくる方へ対応しつつ、国王に流れる人々を観察します。
まず気が付いたのは、王妃様が傍らにいないこと。
探してみれば、離れた場所で取り巻きに囲まれ、苦虫を何十匹も噛み潰した顔を震わせています。
あんなに顔を振動させては、分厚く塗った白粉は言うに及ばず、口紅や眉墨まで剥がれ落ちるのではないでしょうか?
ではなくて。
こんな国の式典の場で、夫である国王の傍らにいなくていいのでしょうか?
国王はと見れば、やけに、にやにやとしています。
その顔は、親子だけあって、先ほどまでのクルス王子とよく似ています。
なぜ、にやにやしているのか。
よく見れば周囲にいるのは、若い女性ばかりなのです。
そんな女性の後ろに控えているのは親でしょう。似た方が多い。
貴族達の間では、婚約披露の場で自分の娘を縁談を、と紹介するような習慣があるのでしょうか?
それにしても王妃様が離れた場所で苦虫をかみ潰しているのがわかりませんし、クルス王子も不思議に思うでしょうか?
クルス王子の場合、単純に知らないという可能性もあり得ますが。
何せバカですから。
そんなことを考えている間に私とクルス王子は、国王に近づいていきます。
クルス王子が国王の方に向かっているのです。
国王から、どうしてこのような不可解な状況になったのか聞きたいのでしょう。
私も聞きたいので、クルス王子に従って移動します。
移動しながらも、話しかけてくる方々に対応しなければならないので、時間がかかります。
それでも、もう少しで国王に話しかけられそうなところまで接近しました。
国王に集っている令嬢も少なくなってます。
青色のドレスを着た令嬢が、私達の前で国王に話しかけるタイミングを伺っています。
黒目の大きな瞳に、強い意志をたたえているのが印象的な美人ですが、何か動きにくそうな苦しそうな雰囲気が感じられるのが気になります。
体調が悪いのでしょうか?
そんなことを考えていると、流れている音楽が変わりました。
「ダンスの時間になったか。」
クルス王子の言葉で音楽が変わった意味を知りました。
見れば、国王はさっと移動して胸元を大胆に露出した令嬢にダンスを申し込んでいるようです。
クルス王子は、羨ましげでした。
「お前も誰かに踊ってもらうといい。俺も誰かと踊ってくる。」
そう言ってクルス王子は、相手を見繕おうと見まわしますが、令嬢方は顔を見合わせ一歩下がります。
敬遠されている雰囲気を感じたクルス王子でしたが、まだ近くにいた青色のドレスの令嬢に話しかけます。
「ヒメネス伯爵家のイルダではないか。最近社交の場で見かけなかったが、元気だったのか。」
「殿下のおかげをもちまして。」
なんでもないやり取りですが、周囲の方々が失笑しているのがわかります。
「どうだ、一曲踊ってくれぬか?」
「喜んで。」
そう言って差し出された殿下の手を取ろうとしますが、その動きも何か苦しげです。
後ろに控えている父親と思しき方も何やら心配そうです。
一体、何なのでしょう?
婚約が成立して1週間。それはもう大変な騒ぎでした。
国をまたいで商いをする大商会の創業者一家とは言え、メイア家は別に貴族ではありません。どこの国でもその財力に敬意を払われてはいますが、それと貴族であるか否かは別問題。
身分にこだわる方にとって一大事でした。
父である国王も黙ってはおらず、有無を言わさず婚約を破棄しようとしました。
ですが、王国法は国王も拘束すると定められている以上、それに則って作成された契約書には、国王といえど従わねばなりません。
つまり婚約破棄の対価として、銀貨3万枚を払わねばならないのです。
そんな金のない国王は、しぶしぶでありますが婚約を認め、急遽私を貴族達に披露することにしたのです。
そこに至るまで色々ありました。
国王夫妻に謁見したのですが、王妃様からのお言葉は、罵倒の羅列でした。
「金に賎しくあさましい商人の娘」
「骨の髄まで拝金の悪徳に染まった娘」
「王家の清廉な金に集る愚か者」
清廉な金、というのがわからなかったので、伺うと
「王家の金は天与の金。商人の如く、物に勝手な値をつけ意地汚く集めた穢れた金ではないわ。」
意味不明です。
天与の金って国民の税金でしょう。
勿論メイア商会も税金を払ってます。
メイア商会の金が穢れた金なのに、税金となれば清廉な金になるって意味不明の論理です。
「クルスと結婚するまでは、妾を義母と間違えても思うでないぞ。思われるだけでおぞましいでな。」
王妃様がまくしたてる中、国王は沈黙していましたが、それは王妃様に同意していたとみて間違いないでしょう。
私を見る目も、侮蔑のそれでしたから。
「メイア家は、貴族ではないが、それに比肩しうる家である。」
貴族でない家の娘と王太子の婚約という異例極まる事態を糊塗するための演説は続きます。
無駄なんですけどね。
クルス王子という容姿にパラメーターを振り分けた方は、事情を知られることによる不利益を考慮せず、側近と称する遊び仲間にべらべらしゃべって、そこからあっという間に事情は知れ渡りましたから。
「炉で熱された鉄のように真っ赤になった」
とは、そのことを知った直後の国王を見た人の証言だそうです。
国王は、そう語られる程激怒し、クルス王子を王宮の一室に監禁しました。
「まさか、事情を漏らし、そのことを口止めもせぬとは思わなかった。あのバカは。」
国王は、クルス王子を怒鳴り上げ監禁した後でそう漏らしたそうで。
うん、本当に私の婚約者はバカです。
大バカです。
そう思われているとも知らず、クルス王子は、壇上でにやにやしています。
解放されたことがそんなに嬉しいのでしょうか。
視線を追えば、着飾った令嬢方を見ているのがわかります。
私より年長で、胸元を大きく開けたドレスを着た令嬢ばかりを。
私は、まだ14歳ですので、今は令嬢方には及びませんが、同じ年頃になればフフフ、あんな方に負けぬスタイルとなる……。
いや、ちょっと待て。
成長して負けぬ容姿となれば、クルス王子はどう思うか。
私に、同じ視線を向けてくる可能性は十分あるわけで。
ということは、最終的には……。
ぞっとしました。
あんなことやこんなことをしてくるわけ可能性が……。
一応曲がりなりにも婚約している以上、問題はさほどない……。
婚約者と行動を共にするのはおかしなことではありませんから……。
人目のつかない場所に連れ込むことも容易……。
衆人環視の中でなければ絶叫するところでした。
あぶないあぶない。
今後は、巧みにクルス王子の視線を令嬢達に向くようにせねば。
「皆さま、これより歓談の時間とさせて頂きます。」
披露の場を仕切る儀典官の言葉で、私は我に返りました。
「行くぞ、お前という女を皆に知ってもらわねばならん。」
まぁ、そういう場ですものね。
クルス王子は、私の手を引いて貴族の方のところに歩み寄ります。
「皆の者、これが俺の妻となるロザリンドだ。よろしくたのむ……。」
クルス王子の声はどんどん小さくなり、最後は黙ってしまいました。
そうでしょう、人の流れがおかしいのです。
曲がりなりにも婚約披露の場、主役は私達のはずなのに、国王の方へ人が多く流れて行きます。
7割程度の人が国王の方へ行く感じでしょうか。
なぜにこのような人の流れになるのでしょうか?
クルス王子も不思議に思っているようで、話しかけてくる方への応対はしますが、父親に流れる人々に視線を向けます。
私も話しかけてくる方へ対応しつつ、国王に流れる人々を観察します。
まず気が付いたのは、王妃様が傍らにいないこと。
探してみれば、離れた場所で取り巻きに囲まれ、苦虫を何十匹も噛み潰した顔を震わせています。
あんなに顔を振動させては、分厚く塗った白粉は言うに及ばず、口紅や眉墨まで剥がれ落ちるのではないでしょうか?
ではなくて。
こんな国の式典の場で、夫である国王の傍らにいなくていいのでしょうか?
国王はと見れば、やけに、にやにやとしています。
その顔は、親子だけあって、先ほどまでのクルス王子とよく似ています。
なぜ、にやにやしているのか。
よく見れば周囲にいるのは、若い女性ばかりなのです。
そんな女性の後ろに控えているのは親でしょう。似た方が多い。
貴族達の間では、婚約披露の場で自分の娘を縁談を、と紹介するような習慣があるのでしょうか?
それにしても王妃様が離れた場所で苦虫をかみ潰しているのがわかりませんし、クルス王子も不思議に思うでしょうか?
クルス王子の場合、単純に知らないという可能性もあり得ますが。
何せバカですから。
そんなことを考えている間に私とクルス王子は、国王に近づいていきます。
クルス王子が国王の方に向かっているのです。
国王から、どうしてこのような不可解な状況になったのか聞きたいのでしょう。
私も聞きたいので、クルス王子に従って移動します。
移動しながらも、話しかけてくる方々に対応しなければならないので、時間がかかります。
それでも、もう少しで国王に話しかけられそうなところまで接近しました。
国王に集っている令嬢も少なくなってます。
青色のドレスを着た令嬢が、私達の前で国王に話しかけるタイミングを伺っています。
黒目の大きな瞳に、強い意志をたたえているのが印象的な美人ですが、何か動きにくそうな苦しそうな雰囲気が感じられるのが気になります。
体調が悪いのでしょうか?
そんなことを考えていると、流れている音楽が変わりました。
「ダンスの時間になったか。」
クルス王子の言葉で音楽が変わった意味を知りました。
見れば、国王はさっと移動して胸元を大胆に露出した令嬢にダンスを申し込んでいるようです。
クルス王子は、羨ましげでした。
「お前も誰かに踊ってもらうといい。俺も誰かと踊ってくる。」
そう言ってクルス王子は、相手を見繕おうと見まわしますが、令嬢方は顔を見合わせ一歩下がります。
敬遠されている雰囲気を感じたクルス王子でしたが、まだ近くにいた青色のドレスの令嬢に話しかけます。
「ヒメネス伯爵家のイルダではないか。最近社交の場で見かけなかったが、元気だったのか。」
「殿下のおかげをもちまして。」
なんでもないやり取りですが、周囲の方々が失笑しているのがわかります。
「どうだ、一曲踊ってくれぬか?」
「喜んで。」
そう言って差し出された殿下の手を取ろうとしますが、その動きも何か苦しげです。
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