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76 リク、舟橋を奪われる

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 ピエレットが、和睦を拒絶されて王都に戻ってから、リクは進撃を再開する。
 アルバン三世も、王都に集結させた軍を率いて出陣する。
 西方国境ではなく、リクの軍勢目指して。

「どうやら、僕の方を優先することに決めたようだ。」

 夜リクは、ライエン王国戦士団の幹部や押しかけてきた貴族達を集めた会議の場で発言した。

 西方国境の騎馬民族は、過去幾度も国境を侵しているが、領土を占領したことはない。
 騎馬民族の目的は略奪であり、土地の占領ではない。
 アルバン三世も鎮圧を優先すべきはリクの蜂起であると割り切り、西方は騎馬民族が略奪するに任せると決めたのだろう。

 それをあれこれいう資格は、リクにはない。
 この西方騎馬民族の侵略は、ジャニスの工作によるものであり、リクは無関係ではないからだ。

 もっとも騎馬民族は、イスファハーン帝国との戦役にガリア王国が敗れた後から、略奪行に出ることは決めていた。弱ったガリア王国ならば、有効な反撃ができまいとみてのことだ。
 それをジャニスは、もう少し待てば国内で反乱が起き、ガリア王国はもっと弱体化する、と族長たちを説得して今のタイミングで侵攻させたに過ぎないが。

「ランベルト、ライエン王国戦士団のうち三千を率いて先行してくれ。ペルシェ平原を流れるトマ川を本隊が渡れるよう舟橋をかけるんだ。」
 ペルシェ平原は、ガリア王国でも屈指の広さを誇る平原であり、リクの兵3万とアルバン三世直率の5万の軍勢が縦横に動ける広さがある。
「ローレンツ侯爵は、ペルシェ平原の王都側で雌雄を決するおつもりか?」
 貴族の一人がリクの考えを聞いてきた。
「そうとは決めてない。ただ、考えがあってのことだ。」
「何やらお考えのようだが、われらに任せていただけぬのか?ライエン王国戦士団の戦力は認めるが、われらの方が地理に明るい。」
「我らが先陣を務めれば、もっと早くペルシェ平原に到達できますぞ。」
「無論、皆様の能力を疑いはしない。」
 そう言ってリクは、貴族達の任務を説明した。
 それを聞いた貴族達は、納得の上でリクの任務を引き受けた。
「なるほどね、舟橋をかけるのはそのためか?」
「そうなる。」
「結構強行軍をやらねえといけねえな。」
「そこは道案内もつけるから頑張ってほしい。君達なら、伐採などに秀でているからね、貴族達の軍より。」
「好き好んで秀でたわけじゃねえけどな、あのシルヴィオの地で生きるために身に着けた技能だけどよ。」
「まぁ、頼むよ。」
「ランベルト、あまりあれこれ言うものではない。我らは、あくまでもローレンツ侯爵に雇われた傭兵に過ぎない。」
「承知しております。ただ、こうなるとイェーリング子爵がいてくれれば、と思いますが。」

 イェーリングはライエン王国戦士団に参加していない。
 子爵は、この蜂起が終わるまで、シルヴィオの地に残る女性や子供を保護するために一緒に残留している。
 蜂起の決着がつき、安全が確保されればラニオンに来る予定である。

「子爵の指示は的確ですから、もっと早く作業を完遂できると思います。」
「いないものは仕方ない。ランベルト、君にイェーリング子爵は期待しているんだよ。」
「承知したよ、ローレンツ候。連れていく人間はこっちで決めさせてもらう。」
「仔細は任せる。無論貴族諸卿の方も。各部隊は、任務達成のために最善と思われる行動をとってください。」

 かくしてリクの軍は動き始める。

 無論アルバン三世の軍も動いている。
 偵察を行うことで、リクがペルシェ平原を目指しているようだと推測してペルシェ平原に向かっていた。

 そしてペルシェ平原に到着した時、アルバン三世は大笑いすることになる。
「なんだ、あのざまは。」
 リク達の軍は、アルバン三世の軍を前にしてトマ川を渡っていたのである。
 先発していたらしい兵達の動きは悪くないが、後続する兵達の動きは遅い。
「賊軍は、ライエン王国とやらいう東方大陸の遺臣どもを中核に、難民どもを武装させた軍と聞くが。」
 かけられている舟橋の上をのろのろと動く軍勢を見ながらアルバン三世は、傍に侍る側近たちに語り掛ける。
「所詮は難民になる程度の輩。」
「訓練を施してもあの程度の動きしか出来ぬのでありましょう。」
「いや、訓練を施す奴らも程度が低いのでしょう。」
「一度は国を滅ぼされた奴らだからな。」
 今アルバン三世の傍らにいるのは、イエスマンだけである。
 アルバン三世に苦言を呈するような者の大半は、イスファハーン帝国との戦いで戦死し、残りは王都の防備など様々な口実で遠ざけられている。

「よし、あやつらにガリア王国の戦士がいかに優れているか見せてつけてやるとしよう。騎兵を先頭に突撃だ。川を全軍が渡るより前に、渡河している連中を叩く。上手く、舟橋を確保できれば、勢いのまま渡河して、対岸の軍も叩く!」
「かしこまりました!」

 イエスマン達ばかりの側近たちだが、敵の渡河途中を叩くのは戦術の常道である。
 決して間違っていないアルバン三世の指揮に喜んで従い、突撃を仕掛ける。

 ガリア王国軍の突撃を見て、舟橋を渡っていた兵達が撤退を始める。
 すでに渡河を完了していた兵達も、舟橋に近い者たちから撤退していく。
 その動きはうって変わって早い。

「なんだ、あれは?」
「我らの突撃に恐れをなしたようだな。」
「それにしても逃げ足だけは早い。」
「はは、所詮亡国の遺臣と難民の群れ。」
「騎兵もろくにおらぬ。」
 確かにリク達は騎馬の確保に悩んでいる。
 だからといって戦えないわけではない。
 馬防柵を築き、長い槍や弓で反撃する。
 所々に馬の脚を引っかける罠も設置していた。
 だが、勢いはガリア王国軍にある。
 罠に掛かった騎兵もいるが、馬防柵は倒され、槍で戦う戦士を馬蹄にかけて、騎兵は前進する。

「みんな、隊列を崩すな。」
 舟橋まで下がった仲間にランベルトが檄を飛ばす。
 誰も死にたい者はいない。
 槍を構え、迫る騎兵の圧をこらえながら隊列を崩さない。
 隊列を揃えて騎兵に相対し、間合いをとっては下がっていく。
「は、下がって勝てる戦など無いぞ。」
「負けしか知らぬか。」
「所詮は亡国の輩だな。」
 ガリア王国の騎兵達が、ランベルト達に嘲笑を浴びせてくる。
「うっせえ!てめえらもこれから亡国の騎士になるんだ。」
 そう叫んで、ランベルトは、騎士を馬上から突き落とした。
 一瞬、他の騎兵達が怯む。

「今だ!」
 
 ランベルトの言葉で舟橋に残っていた全員が舟橋を走り、撤退する。

「逃げるか!?」

 騎士の罵声にも答えず、ランベルト達は逃げる。
 それは、舟橋がガリア王国軍に確保された瞬間であった。
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