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69 リク、決断する

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 リクは、アズレートとの決闘の傷が癒えてから、ラニオンに戻っていた。
 迷いはあったが、寄港したクロードから悪化する一方のラニオン、そしてガリアの状況を聞かされ戻ることに決めたのだ。
 ジャニスの構想とやらに踊らされているようで、いい気はしなかったが。

 そして、ラニオンに戻って愕然とする。

 伐採されはげ山となった山々もだが、街を取り囲むように増え、そして今も増え続けるスラムに驚かされた。
 スラムはローレンツ家の山の方にも広がりをみせているが、マウノはそれを許さず、新しく雇った傭兵に暴力をもって追い払っている。

 リクとしても最早放置できず、ラニオンの一角に潜んで動くことにしたのである。

 故に、冬の嵐の気配がする中でも、リクはラニオンの街で色々と工作活動を行うのであった。

「リク様、お帰りなさいませ。濡れて寒かったでしょう、お使いください。」
 リクが隠れ家としている家に入るや否や、出迎えたソフィーがタオルを差し出してくる。
「ありがとう。」
 リクは合羽を脱いでハンガーラックにかけてから、タオルを受け取り体をざっと拭き上げる。
「街の方はいかがですか?」
「参ったよ。見知った人達が泣いている。慰めの言葉をかけたいけど……。」

 慰めの言葉をかけてやりたいが、正体がばれても困るので、無視して通り過ぎるしかない。

「辺境伯、卿が気に病んでも仕方ないだろう。」
 リクに言葉をかけてきたのは、隠れ家の奥から出てきたジャニスだった。
「殿下、来られていたのですか。」
「うん、西方の騎馬民族への工作が終わったんでね。こちらに来たよ。」
「……そうですか。」

 ジャニスの策謀がうまくいっていることを知り、リクの表情が陰る。

「辺境伯、とりあえず火に当たろう。手土産ブランデーも用意している。」
「ジャニス殿下は構いませんが、リク様はお控え下さい。」
「ソフィーさん、あなたは飲酒には厳しいな。」
「主の健康に気を使っているだけでございます。」
「もし、もしだけど兄上と結婚していれば同じことを言うのかな?」
「万が一にもあり得ませんが、もししていれば申し上げます。」
「……それはスヴァールの人間としては困るな。」

 ジャニスは苦笑する。
 寒いスヴァールの冬に蒸留酒は欠かせない。
 それを減らすよう言われたのではたまったものではない。

 苦笑しながらも、ジャニスはリクより先に奥に入っていく。
 暖炉の前で二人は向き合った。

 リクの前に紅茶を、ジャニスの前にブランデーをソフィーは置いた。

「ソフィー、僕にもブランデーを。」
「ダメです。」

 ソフィーはにべもなく断った。

 しぶしぶリクは紅茶を口にする。

「辺境伯、まだためらっているの?」
「貴方の策に乗っていることが恐ろしくなったのですよ。殿下、殿下はガリア海軍が、かくも戦略的大敗を喫するとお考えだったのですか?」
「いや、まさかあぁも大負けするとは思わなかった。」

 二人が話題としている大敗とは、マウノが指揮していた船団が文字通り全滅したことである。
 街中の人々が泣いているのも、船団に参加していた夫や息子、父親の消息が不明になっているからだ。

 あの時護衛艦艇20隻を分遣して、マウノ指揮する船団は、目的地である港町サーリーを目指していた。
 後半日もあれば到着するというタイミングで出現したのは、20隻で構成されたイスファハーン艦隊と、70隻のティレニア艦隊だった。

「ティレニアがイスファハーンに味方するよう工作されたのが、功を奏しましたね。」
「僕は大したことをしていない。ガリアが次に獲物とするのはティレニアの可能性大、と言っただけさ。」
「いろいろ、傍証となりえることが出てきたそうですが。」
「アルバン三世が、何かしていたんだろう。そんなものでっちあげるような時間もなかった。スヴァールはあくまで大陸南方と一線を画す第三者でしかない。領土を広げるつもりはないのも事実だしね。」
「だからこそティレニアの有力者も耳を傾けたのでしょうが。」

 スヴァールは、イスファハーン、ガリア、ティレニアのいずれにも与さぬ中立国家の立場にあった。
 だから、ティレニアの有力者もスヴァールの、つまるところジャニスの言葉に耳を傾け、結果イスファハーンと同盟を組んだ。
 そしてティレニアは、艦隊を派遣し、マウノ率いる船団を襲撃したのである。

 救援の当ての無い状況で3倍の敵に襲われたマウノは、恐慌状態に陥り、逃亡した。
 護衛艦艇は言うに及ばず、護るべき輸送船団も見捨てて。

 そんな指揮官の醜態に残った護衛艦艇の士気は上がらず、3倍の敵に敗れ、100隻の輸送船はことごとく撃沈もしくは拿捕されるに至った。

「辺境伯の弟は、魔法で風を操り一目散に逃げたという話だよ。」
「あいつは、土の魔法が得意だったはずですが。」
「火事場の馬鹿力ってやつじゃない。」

 しれっとジャニスは言う。

「殿下……。」
「断っておくけどね、僕だってこれほど卿の弟が負けるとは思ってみなかった。卿の弟の船団の3分の1も削れればいいと思っていただけだ。」
「3分の1も削れば軍は瓦解を始める。それがシードル殿下の計算でしたね。」
「食料の配給が減れば、脱走する兵が増える。脱走者が増えれば軍としての規律も低下し、統率が取れなくなるとシードル兄さんは言っていたけど。」
 ジャニスは肩をすくめた。

 マウノの船団が全滅し、補給が途絶えたガリア王国軍の惨状は悲惨の一言で表せるものではなかった。
 ケルマーンの攻囲を解くしかなく、撤退を開始する。
 無論、イスファハーン帝国も黙って見送るはずもなく、執拗な追撃を加えた。
 日毎に戦闘と、それ以上に脱走で兵を減らしながら、ガリア王国軍は撤退する。
 開戦前の国境最前線の砦にアルバン三世が到着した時、兵数は3万しか残っていなかったという。
 イスファハーン帝国に侵攻した時の兵力が30万だったから実に9割が失われたのだ。

「さて、辺境伯、アルバン三世も軍を立て直すまでは、簡単に軍を動かすことはできない。今がこのラニオンを掌握するチャンスだよ。」
「……承知しております。」

 わかってはいる。動員した兵の9割を失っては、再建するまで簡単に軍を動かせない。
 マウノの変を知ってもラニオンに兵を送るようなゆとりはないだろう。

「明後日、決行します。」
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