古からの侵略者

久保 倫

文字の大きさ
上 下
69 / 95

永倉誘拐

しおりを挟む
「永倉さん、逃げてっ!」

 壬生に言われるまでもない。
 永倉は、伊西から少しでも離れるようとする。

 しかし、伊西の身体能力は、永倉をはるかに凌ぐ。

 永倉は、一歩も踏み出すことなく、柵から降りた伊西に右手首を掴まれてしまった。

「離してっ!」

 もがくが、伊西が離すはずもない。
 エコバッグを床に落として振りほどこうとするが微動だにしない。
 掴まれた右手首を腰の位置まで下ろされ、腰抱きに固定されてしまった。

「貴様ッ!永倉さんを離せッ!」

 壬生が踏み込み、パンチを放つが、伊西はそれより早く、永倉を抱きかかえながらバックステップして柵の上に立つ。
「なっ、イヤッ!離してっ!!」

 高台のマンションの八階である。落ちて助かるとはとても思えない。
 永倉は高所恐怖症というわけではないが、命の危険にさらされることに耐性など無い。

「貴様っ!逃げるな!」

 更に壬生は伊西を追いかけようとする。

「待て、朗!下手に暴れてはあのお嬢さんが危ない!」

 大久保の言葉に壬生の動きが止まる。
 確かに、下手に捕まえようとしてバランスを崩し落ちたら……。

「み、壬生さん。」
「永倉さん、落ち着いて。すいませんがすぐ助けますのでしばらくじっとしていて下さい。」

 永倉も墜落死はごめんである。
 気に食わないが、伊西にすがりつくようにつかまる。

「そこの君、昨日の一味の者だな。」
「おう、お前昨日会った”だいじん”だな。ここは庶民の暮らすところのはずだが。」
「どうでもいい。そのお嬢さんを離して、廊下に降りたまえ。危ないぞ。」

 大久保の言葉をあざ笑うかのように、伊西は、多々良川の方を見下ろした。
 国道三号線や西鉄貝塚線と並行に走るJR鹿児島本線の鉄橋を電車が通過する。

「それにここには、警官達が配備されている。通報するから増援も来る。もう逃げられん。」
「ふん、何故その”けいかん”とやらは、俺を捕まえないんだ。」

 まさか。
 永倉の背筋に冷たいものが走る。

 下の駐車場や道路には、警官や士道会の者、合わせて十名近くがいる。買い物を終えて駐車場に車を止めた時に、挨拶したから間違いない。
 彼らを僅かな時間で、物音もさせずにK.Oしたのかな。

 不安になって下を見ると、人が動いているのがわかった。

「壬生さん、大丈夫。誰もやられてない。こっちに向かっているみたい。」

 真っ赤なパーカーを着た者が、女性を抱えて柵の上に立っているのだ。何事かと思うのが普通である。
 ましてや、彼らは監視のために待機しているのだから。

「イサイだったか。もう逃げられはしない。永倉さんを離せ。」
「ふん、木っ端がどれ程来ようが大した意味はない。それより女。」
「な、なに?」

 永倉は、話を振られ、噛みながら返事をする。

「”すまほ”を持っているか。」
「持ってるけど……。」
「よしそれを壬生に投げろ。」
「な、なんで?」
「早くしろ。落とされたいか。」

 なんと片手で永倉の体を、柵の外に宙づりにしてしまった。
 足元に駐車場が見える。

 だ、誰も上を見ないでって、松野、上見てるぅぅぅ。

「きゃあぁぁぁぁ。」

 意味があるのかわからないまま、本能的にスカートをおさえながら悲鳴を上げる。

「永倉さん、落ち着いて。今は言う通りにして。」
「ひゃ、ひゃい。」

 恐怖で噛みながら、スカートのポケットからスマホを取り出し、壬生に投げる。
 壬生は、両手でスマホをキャッチした。

「壬生よ、この女は人質とする。子細は、それに連絡するから持っておけ。」
「ふざけるな、永倉さんを離せ!俺を呼び出すなら、いつでもどこにでも応じるから。」

 永倉は、宙づりの恐怖を一瞬忘れた。

 壬生さん、それって闇討ちされてやるって言ってるようなものじゃない。

「ふん、いい心がけだ。」

 その時、複数の足音が廊下に響いた。
 エレベーターや階段で警官達が駆けつけてきたのだ。

「イサイ、大人しく投降しろ。警官達をどうやってかいくぐるつもりだ?」
「ふん、あんな木っ端物の数ではないがな。」

 そう言って永倉を抱えたまま、伊西は柵の外に跳躍する。

「きゃぁああああぁぁっ!!!」

 自由落下の恐怖に絶叫する。

 死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅ~~~!!!

「飛燕の術。」

 落下の感覚が消える。
 下への垂直移動から、緩やかな滑空に変化している。

「ひょっとして術で空を飛んでいるの?」
「そうだ、だから大人しくしてろ。」

 否応もない。まだ死にたくはない。

 しがみつく永倉を抱えたまま、伊西は、多々良川の上で鉄橋の方に旋回していく。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

全てを諦めた令嬢の幸福

セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。 諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。 ※途中シリアスな話もあります。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

処理中です...