関白の息子!

アイム

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岳鶯ルート 金軍撃退戦

決着

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「づあっ!」

 まるで鉄塊の様に重い槍をそれでも気合い一閃で振り抜く。もはや視界も霞んで来てしまっている。限界の時は近い。しかし、一瞬敵前衛に妙な混乱を感じた。兵の混乱ではなく、指揮系統の混乱の様な……。

「張進! 行くぞ!」

「飛将軍!」

 隙さえ見つければまた突撃を行わなければいけない。そうしなければ、それこそ包囲を押し潰されて終わってしまう。今だ俺達が生き残れているのは常に攻撃し、絶え間なく動いているからだ。

 ――が……。

「何だ?」

 遠くから歓声が聞こえる。いや、数はさほどでもない。それこそ数百やそこらのこの戦場においては小さな歓声。だが、それが我らの軍の歓声だと言う事は明らかだ。何故なら俺は未だここで生きているのだから。

「張進、勝鬨を!!」

「ははっ! 皆、勝鬨を上げよー!」

 そして、俺達が勝鬨を上げれば、左翼の楊再雲の軍からも勝鬨が上がる。もしも間違っていれば問題だが、今はこれに賭けるしかないだろう。後ろを振り返れば兵達も既に満身創痍などというものではない。生きているのが不思議、そう思える者も多くいる。

「……退いてくれ」

 心の底からそう願う。今はこれ以上戦うことなど出来ない。彼等が退いてくれれば俺達も追わない。いや、追えない。もしも、彼等がなおも戦闘を選ぶというのであれば、俺は兵の命を救うために全面降伏か敵中突破による撤退戦を選択しなければならない。

「退却、全軍退却!!」

 だが、そんな俺の願いが届いたのか、金軍は撤退を始める。

「……皆、もう少しだけ気を抜くな。敵の姿が見えなくなるまで動くんじゃない」

 敵の撤退がまやかしである可能性も考え、兵達を集めて守備陣形を取らせる。同時にその中央で特に怪我のひどい者達の応急処置を始める。

「高布はヌルハチをとれたのか?」

「……しかし、軍が退いたと言う事は少なくともヌルハチは撤退したと言う事。と、すれば死んではおらずとも重傷を負ったことは間違いありません」

 張進はまるで自分に言い聞かせるようにして俺にそう語る。何故なら、金軍の烏砲の備えは完全に此方の虚を突いていたからだ。あれが出てきた時点で俺は高布が敵に近づけ無かったのではないかと心配したのだが……。

「高布め、一体どんな手を使った?」

「フフ、飛将軍を破れるものがいるとすれば、やはり高布殿だけでございましょうな」

「ああ、あいつは何時も俺の予想を超える。もう二度と戦いたくはないな」

 だんだんと遠ざかっていく金軍の背を、それでも油断なく見続ける。本来であれば追撃に出たいところではあるが、今の状況では到底無理だろう。

「陣までの後退を、先ずは戦傷者の救助と応急処置を進めろ。張進、高布のところに行き子細を聞いてこい」

「ははっ!」

「勝利したとはいえ、我々は直ぐにでも南下し、南京に入らねばならん」

 頭の痛い話ではあるが、次は倭国との戦闘となる。……金軍は騎馬兵力を主力としたが、倭国はどうやら違うらしい。多くの烏砲を備え、頑強な鎧と鋭利な刃を持つという。その対策は金軍よりも更に難しいものとなるかもしれない。

「兄者」

 そう呼ばれてそちらを見上げる。

「……高、……布……」

 戦が終わり愛馬に乗って俺の下に高布が訪れる。……だがその姿は、全身を真っ赤に己の地で染め上げ、片腕を失くしていた。それは、今動いているのが不思議なほどの傷。

「良く、やってくれた」

「……兄者、深手は負わせましたが、討ち損じました」

「構わぬ。やはりお前は最高の友だ」

 俺の労いの言葉を聞くと高布は馬上にて片腕で礼を取る。もう下馬することも叶わないのだろう。その弱々しく持ち上げられた腕は細かく震えている。

「高布、必ずお前の下に吉報を届ける。それまで向こうで待っていてくれ」

「……」

 微かに高布の細い息の音だけが聞こえる。スウー、スゥー、と少しずつ弱くなりながら……。



 高布率いる千の騎兵は金軍の烏砲の集中砲火の中、弾に当たるのも顧みずに突撃を敢行し、遂にヌルハチに一太刀を浴びせてみせた。高布を始めとして、その実に六割が死亡し、二割は戦線復帰も困難という被害を出しながらも圧倒的な強さを誇る金軍を撃退する活躍を見せた。

 ……だが、これによる我が軍の損失は計り知れない。
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