309 / 323
岳鶯ルート 金軍撃退戦
開戦前夜
しおりを挟む
「フッ」
短く息を吐き、最速の突きを放つ。幾度となく北方の異民族を屠って来た突き。ただの模擬戦用の槍と言えど、当たれば相当痛いだろう。
「ムンッ!」
が、そんな心配の必要はなく、楊再雲はそれを模擬戦用の矛で打ち払う。
「ハァッ!」
俺もその単発では終わらせずに、二度三度と突きを放つ。正直に言えば、俺の方が明らかに勝っているのは速さだけ。もしも楊再雲が攻勢に出れば勝てない。それはこの二週間の七度の負けで嫌というほど学習した。勝つためには攻めあるのみ。もともと俺の軍略には他国に侵略を許す守りはない。
三段突きを全て払われる。だが、その隙に十分に接近出来た。此処からなら体術も交えての攻撃に――
「ッハァァッ!」
間合いの中だというのに、楊再雲は力尽くで矛を横薙ぎにする。慌てて槍で防ぐが――
「ッ!?」
その瞬間、体が真横に吹っ飛ばされてしまう。
そして、
「喰らえ!」
義兄に対し、一切手加減をしない楊再雲の、模擬戦用とは言え確実に殺りに来る一撃が頭上に振り落とされる。
「ここ!」
それを半身になりギリギリで躱し、槍を楊再雲の喉元ギリギリに突き付ける。
「・・・・・・勝負あり、だな?」
「ああ、流石は兄者だ」
楊再雲はニヤリと嬉しそうに笑う。その表情を見るにこの手合わせの意味など忘れ、存分に楽しんでいたのだろう。
「最後の一撃、死ぬかと思ったぞ?」
「ガハハ、兄者なら大丈夫だ」
大丈夫なわけがない。先程まで俺のいた場所を見れば、模擬戦用であるはずの矛が見事に地面に半ばまで刺さっている。
「まったく、だが、これで勝率は並んだな?」
「明日は俺が勝つ」
「いいや、明日は俺達全員が勝者だ」
そう、金軍との戦はもう明日には行われようとしているのだ。俺は試合後の礼を終え、天幕に戻り軍議を始める。
・・・・・・だが、未だに金軍を叩くあと一押しが思いつかない。
張憲は木製の駒を使い、敵の予想配置とこちらの諸将の位置を地形図に乗せていく。模擬戦の結果は百戦中五勝。まったくもって話にならない。
「・・・・・・ですので、このヌルハチという敵総大将を高布殿が討つか、撤退させられれば我らの勝ちとなります」
至極当たり前のことを張憲が言う。わざわざ言うのはどれだけそれが難しいのかを理解しているからだ。だが、そこで少し気にかかることがあった。
「孫承宗(実在の明末の将軍)殿、もしもヌルハチを討てたとして、敵は退くのか?」
遼東より軍使として同行している孫承宗に疑問をそのままぶつける。軍議に参加している誰もが俺の疑問に驚いたような顔をしている。
「そ、それは勿論です。総大将ですし、金の総帥でもあるのですから」
「そうじゃない。ヌルハチが倒れたら次の者が出て来るのではないのか? 後継は一体何という者だ?」
「そ、それは、ヌルハチはそれをはっきりと示していません」
その答えに、慌ててヌルハチの情報を書き記した書簡を見る。
「・・・・・・息子で有力なのは長男チュイェンと次男のダイシャン、それに最近台頭してきた八男のホンタイジ、か。後継争いの渦中であるということか? しかし、長男や次男は分かるが、八男とは随分と離れているな」
「はい。しかし、ヌルハチは堅物の武人です。武を非常に重視するようで、この八男のホンタイジの武はそれだけ兄達より優れていると言う事です」
「フ、良いことを聞いた。皆良く聞け、最後の策。我らが金軍を倒すための一手を伝える」
それは、言ってしまえば前時代的な策と言えるだろう。だが、成功すれば、一気に勝率を半々までもって行ける。そこまで来れば後は運を天に任せるのみだ。
短く息を吐き、最速の突きを放つ。幾度となく北方の異民族を屠って来た突き。ただの模擬戦用の槍と言えど、当たれば相当痛いだろう。
「ムンッ!」
が、そんな心配の必要はなく、楊再雲はそれを模擬戦用の矛で打ち払う。
「ハァッ!」
俺もその単発では終わらせずに、二度三度と突きを放つ。正直に言えば、俺の方が明らかに勝っているのは速さだけ。もしも楊再雲が攻勢に出れば勝てない。それはこの二週間の七度の負けで嫌というほど学習した。勝つためには攻めあるのみ。もともと俺の軍略には他国に侵略を許す守りはない。
三段突きを全て払われる。だが、その隙に十分に接近出来た。此処からなら体術も交えての攻撃に――
「ッハァァッ!」
間合いの中だというのに、楊再雲は力尽くで矛を横薙ぎにする。慌てて槍で防ぐが――
「ッ!?」
その瞬間、体が真横に吹っ飛ばされてしまう。
そして、
「喰らえ!」
義兄に対し、一切手加減をしない楊再雲の、模擬戦用とは言え確実に殺りに来る一撃が頭上に振り落とされる。
「ここ!」
それを半身になりギリギリで躱し、槍を楊再雲の喉元ギリギリに突き付ける。
「・・・・・・勝負あり、だな?」
「ああ、流石は兄者だ」
楊再雲はニヤリと嬉しそうに笑う。その表情を見るにこの手合わせの意味など忘れ、存分に楽しんでいたのだろう。
「最後の一撃、死ぬかと思ったぞ?」
「ガハハ、兄者なら大丈夫だ」
大丈夫なわけがない。先程まで俺のいた場所を見れば、模擬戦用であるはずの矛が見事に地面に半ばまで刺さっている。
「まったく、だが、これで勝率は並んだな?」
「明日は俺が勝つ」
「いいや、明日は俺達全員が勝者だ」
そう、金軍との戦はもう明日には行われようとしているのだ。俺は試合後の礼を終え、天幕に戻り軍議を始める。
・・・・・・だが、未だに金軍を叩くあと一押しが思いつかない。
張憲は木製の駒を使い、敵の予想配置とこちらの諸将の位置を地形図に乗せていく。模擬戦の結果は百戦中五勝。まったくもって話にならない。
「・・・・・・ですので、このヌルハチという敵総大将を高布殿が討つか、撤退させられれば我らの勝ちとなります」
至極当たり前のことを張憲が言う。わざわざ言うのはどれだけそれが難しいのかを理解しているからだ。だが、そこで少し気にかかることがあった。
「孫承宗(実在の明末の将軍)殿、もしもヌルハチを討てたとして、敵は退くのか?」
遼東より軍使として同行している孫承宗に疑問をそのままぶつける。軍議に参加している誰もが俺の疑問に驚いたような顔をしている。
「そ、それは勿論です。総大将ですし、金の総帥でもあるのですから」
「そうじゃない。ヌルハチが倒れたら次の者が出て来るのではないのか? 後継は一体何という者だ?」
「そ、それは、ヌルハチはそれをはっきりと示していません」
その答えに、慌ててヌルハチの情報を書き記した書簡を見る。
「・・・・・・息子で有力なのは長男チュイェンと次男のダイシャン、それに最近台頭してきた八男のホンタイジ、か。後継争いの渦中であるということか? しかし、長男や次男は分かるが、八男とは随分と離れているな」
「はい。しかし、ヌルハチは堅物の武人です。武を非常に重視するようで、この八男のホンタイジの武はそれだけ兄達より優れていると言う事です」
「フ、良いことを聞いた。皆良く聞け、最後の策。我らが金軍を倒すための一手を伝える」
それは、言ってしまえば前時代的な策と言えるだろう。だが、成功すれば、一気に勝率を半々までもって行ける。そこまで来れば後は運を天に任せるのみだ。
0
お気に入りに追加
876
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる