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秀頼ルート 家康を求めて
猛毒の動き
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「よう、久しぶり」
軽く片手を上げ、形式も何もない挨拶をする。謁見の間に通したのは徳本の元弟子で猛毒の林羅山だ。
「お久しゅうございます。何用でございましょう。出来れば手早く終わらせていただきたく存じます」
矢継ぎ早にそう言う羅山は天下人への態度もなっていない。その生活を聞いていて知ってはいたが、コイツはお麟と同種の人間。ひたすらに知識欲求が高く、貪欲に片っ端から詰め込んでいく者。
実はこいつには、軟禁生活を送らせる代わりに書庫への出入りを許したら、四六時中そこに入り浸りになっているらしい。勿論、知られては不味い兵器や城の設計図、兵法書などは一切見せていない。だが、同時に市場にはおよそ出回らない明の書物などがある書庫へは立ち入りを許している。
「早く話を切り上げて本を読みたいか?」
「お分かりなら是非に!」
あの師にしてこの弟子ありと言うところだろうか、俺への恐縮など一切なく護衛の兵達が青筋立てて今にも無礼討ちしそうだ。
「知識を得てどうする?」
「知識とは生きる糧であり、至高の娯楽であり、無限の可能性です!」
こっちがたじろいでしまいそうな勢いでまくしたてられる。
だが――
「とりわけこの大阪城にある書庫の蔵書は素晴らしい。また、いくつもの同じ筆跡で書かれた注意書き。その内容もまた的を得ていた。少々先進的すぎるきらいはありましたが」
「・・・・・・ああ、お麟だな。まぁ、あいつは特別だ」
そう言えば羅山に入室を許した書庫にはお麟が集めた書架も山ほどある。おそらく注意書きもお麟だろう。
「ま、それは良い。一つ考えて欲しいことがある」
「何なりと。出来ればお早く」
本の話で少し興奮気味の羅山はそのままに急かしてくる。
「法」
「・・・・・・法、ですか? 法令や掟ではなく」
今この日本にあるのは、各大名家にある家法や掟、それに有職故実。それとはまったく意味合いが異なる。何故なら――
「法とは大日本帝国すべての民が守るべき掟。つまり、国法だ」
それは、朝鮮と上海までを含め、今後制圧する明やそのほかの土地にまで行き渡らせるもの。
流石の羅山もそのスケールの大きさに目を丸くしている。
「法とは、民が守るべき社会規範だ。そして、破った場合の罰則を定めたものでもある」
「お、お待ちください。各大名家にそれぞれ家法があるはずです。それを統一なさると!?」
羅山が明らかに狼狽える。それもまた当然の事、各家はその家法に大きなこだわりを持つ。大名同士の諍いでこそ羽柴家法で裁くことはあるが、大名の占有地ではその大名の法が支配している。つまり、人の家のやり方に口を出すと言う事。
「大名の誰もが納得するようにしろ。家法は残しても構わんが、それで人を裁くことを許さぬしきたりとする」
「なっ!? 無茶でございます!」
今、それぞれの家法で裁いている罪人も、法が変わればそうでなくなるかもしれない。いや、きっとそれだけではない。色々なところで問題が噴出するだろう。
「時間はある程度かかっても構わん。そのための融通もきかせてやる」
羅山と言う猛毒。これを飲むと決めた時、一つ考えていたことがある。きっと、こいつのような奴は困難な課題を与えれば与えるほど完璧にこなすのだろうと。飼い殺しにしようとしたり、恐れているようでは毒とも薬ともならない。体内で暴れさせ、俺はそれに方向性を与え、毒を効かせる場所を指定するだけだ。
それが俺なりの毒の使い方。
「陛下! そう都合良く八方丸く収まる話など・・・・・・。何が狙いでございますか?」
「誰も八方丸く収めよとは言っていない。敵をこれで炙り出し、完全に排除する。それに一つの法で縛ることは日の本の民としての自覚を持たせることになる。時間はかかるだろうが、同じ民族意識を持つことが目標だ」
「・・・・・・」
羅山は額にコツリと拳を当て、無言のまま悩んでいる。
「・・・・・・敵、とは?」
「国を乱す者、また、それを企む者」
淀みなく答える。つい最近までその乱す者の筆頭格だった者を相手にだ。
「そして、俺に刃向かう者」
また、羅山がコツコツと拳を額に当て、無言になる。この男は、難題であればあるほど眉間に深く深く皺をよせ口元がにやける。
「これから俺が刀を向ける者だ」
「・・・・・・民も全て、ですか?」
「そうだ」
そうでなければ意味が無い。帝国国民全てが同じ法の下に、それが大事なのだ。日本人でも朝鮮人でも明人でも変わらない。ただし、今は特権階級を失くすわけにはいかないので、平等と言うわけにはいかない。
「対策も考えている」
「お聞かせいただいても?」
「法によって三段階に新しい掟を定める。先ず一つ目、大日本帝国で貨幣と尺貫法を共通化する」
「・・・・・・なんと」
もともとこれ自体は考えてはいたことだ。言語の統一化よりもずっとやりやすいが、同時に役に立つ。
「二つ目、全ての税は共通貨幣によってのみ納める」
「明の一条鞭法ですな?」
「そうだ」
これにより一つ目の貨幣と尺貫法の統一を加速させる。
「そして三つ目、国営の商人組織を結成し、作物の取引は全てこの者達に行わせる」
「なっ!? それでは商人たちが! それに楽市楽座を撤廃すると?」
「俺の味方の商人はその組織に取り込む。座を作り街での商売を滞らせるのが目的ではない。あくまで国営組織の担当は流通。村に行き、米を買い、その金で村人が税を納める。それにこれは利益を求めるためではない」
「学の無い民が商人に騙されることを防ぐのが目的・・・・・いや、それだけではない」
俺の言葉を一瞬で探りに来る。これでも俺は数年かけて考えている計画なのだが・・・・・・。
「流通に当たる商人組合も俺の部下、それを襲う馬鹿はいないだろう? 自然と山賊などの無法者は減る」
「いえ、それでは民の下に向かうだけでは?」
「そうさせるな」
「・・・・・・フム、では賊どもを雇うと?」
「半分正解、半分外れ。賊で賊を狩り、残った者を明で使う」
兵員の輸送だけでも相当な費用。であれば、賊の討伐と兵員確保、そして調練を一つとして精鋭のみを輸送する。
「どう思う?」
「・・・・・・時間をいただきたい。某なりに吟味し、概略だけでもまとめてみせまする」
「許す。必要な資料はお前の下に付ける者達に言いつければいい。出来る限り揃えさせる」
俺の言葉にピクリと羅山が反応する。その表情は気持ち悪いくらいの満面の笑み。
「・・・・・・あのな、お前の読書の助けをするって言っているわけじゃないからな?」
「も、もちろんでございます」
色々な意味で不安はあるが、遂に猛毒が動き出す。
軽く片手を上げ、形式も何もない挨拶をする。謁見の間に通したのは徳本の元弟子で猛毒の林羅山だ。
「お久しゅうございます。何用でございましょう。出来れば手早く終わらせていただきたく存じます」
矢継ぎ早にそう言う羅山は天下人への態度もなっていない。その生活を聞いていて知ってはいたが、コイツはお麟と同種の人間。ひたすらに知識欲求が高く、貪欲に片っ端から詰め込んでいく者。
実はこいつには、軟禁生活を送らせる代わりに書庫への出入りを許したら、四六時中そこに入り浸りになっているらしい。勿論、知られては不味い兵器や城の設計図、兵法書などは一切見せていない。だが、同時に市場にはおよそ出回らない明の書物などがある書庫へは立ち入りを許している。
「早く話を切り上げて本を読みたいか?」
「お分かりなら是非に!」
あの師にしてこの弟子ありと言うところだろうか、俺への恐縮など一切なく護衛の兵達が青筋立てて今にも無礼討ちしそうだ。
「知識を得てどうする?」
「知識とは生きる糧であり、至高の娯楽であり、無限の可能性です!」
こっちがたじろいでしまいそうな勢いでまくしたてられる。
だが――
「とりわけこの大阪城にある書庫の蔵書は素晴らしい。また、いくつもの同じ筆跡で書かれた注意書き。その内容もまた的を得ていた。少々先進的すぎるきらいはありましたが」
「・・・・・・ああ、お麟だな。まぁ、あいつは特別だ」
そう言えば羅山に入室を許した書庫にはお麟が集めた書架も山ほどある。おそらく注意書きもお麟だろう。
「ま、それは良い。一つ考えて欲しいことがある」
「何なりと。出来ればお早く」
本の話で少し興奮気味の羅山はそのままに急かしてくる。
「法」
「・・・・・・法、ですか? 法令や掟ではなく」
今この日本にあるのは、各大名家にある家法や掟、それに有職故実。それとはまったく意味合いが異なる。何故なら――
「法とは大日本帝国すべての民が守るべき掟。つまり、国法だ」
それは、朝鮮と上海までを含め、今後制圧する明やそのほかの土地にまで行き渡らせるもの。
流石の羅山もそのスケールの大きさに目を丸くしている。
「法とは、民が守るべき社会規範だ。そして、破った場合の罰則を定めたものでもある」
「お、お待ちください。各大名家にそれぞれ家法があるはずです。それを統一なさると!?」
羅山が明らかに狼狽える。それもまた当然の事、各家はその家法に大きなこだわりを持つ。大名同士の諍いでこそ羽柴家法で裁くことはあるが、大名の占有地ではその大名の法が支配している。つまり、人の家のやり方に口を出すと言う事。
「大名の誰もが納得するようにしろ。家法は残しても構わんが、それで人を裁くことを許さぬしきたりとする」
「なっ!? 無茶でございます!」
今、それぞれの家法で裁いている罪人も、法が変わればそうでなくなるかもしれない。いや、きっとそれだけではない。色々なところで問題が噴出するだろう。
「時間はある程度かかっても構わん。そのための融通もきかせてやる」
羅山と言う猛毒。これを飲むと決めた時、一つ考えていたことがある。きっと、こいつのような奴は困難な課題を与えれば与えるほど完璧にこなすのだろうと。飼い殺しにしようとしたり、恐れているようでは毒とも薬ともならない。体内で暴れさせ、俺はそれに方向性を与え、毒を効かせる場所を指定するだけだ。
それが俺なりの毒の使い方。
「陛下! そう都合良く八方丸く収まる話など・・・・・・。何が狙いでございますか?」
「誰も八方丸く収めよとは言っていない。敵をこれで炙り出し、完全に排除する。それに一つの法で縛ることは日の本の民としての自覚を持たせることになる。時間はかかるだろうが、同じ民族意識を持つことが目標だ」
「・・・・・・」
羅山は額にコツリと拳を当て、無言のまま悩んでいる。
「・・・・・・敵、とは?」
「国を乱す者、また、それを企む者」
淀みなく答える。つい最近までその乱す者の筆頭格だった者を相手にだ。
「そして、俺に刃向かう者」
また、羅山がコツコツと拳を額に当て、無言になる。この男は、難題であればあるほど眉間に深く深く皺をよせ口元がにやける。
「これから俺が刀を向ける者だ」
「・・・・・・民も全て、ですか?」
「そうだ」
そうでなければ意味が無い。帝国国民全てが同じ法の下に、それが大事なのだ。日本人でも朝鮮人でも明人でも変わらない。ただし、今は特権階級を失くすわけにはいかないので、平等と言うわけにはいかない。
「対策も考えている」
「お聞かせいただいても?」
「法によって三段階に新しい掟を定める。先ず一つ目、大日本帝国で貨幣と尺貫法を共通化する」
「・・・・・・なんと」
もともとこれ自体は考えてはいたことだ。言語の統一化よりもずっとやりやすいが、同時に役に立つ。
「二つ目、全ての税は共通貨幣によってのみ納める」
「明の一条鞭法ですな?」
「そうだ」
これにより一つ目の貨幣と尺貫法の統一を加速させる。
「そして三つ目、国営の商人組織を結成し、作物の取引は全てこの者達に行わせる」
「なっ!? それでは商人たちが! それに楽市楽座を撤廃すると?」
「俺の味方の商人はその組織に取り込む。座を作り街での商売を滞らせるのが目的ではない。あくまで国営組織の担当は流通。村に行き、米を買い、その金で村人が税を納める。それにこれは利益を求めるためではない」
「学の無い民が商人に騙されることを防ぐのが目的・・・・・いや、それだけではない」
俺の言葉を一瞬で探りに来る。これでも俺は数年かけて考えている計画なのだが・・・・・・。
「流通に当たる商人組合も俺の部下、それを襲う馬鹿はいないだろう? 自然と山賊などの無法者は減る」
「いえ、それでは民の下に向かうだけでは?」
「そうさせるな」
「・・・・・・フム、では賊どもを雇うと?」
「半分正解、半分外れ。賊で賊を狩り、残った者を明で使う」
兵員の輸送だけでも相当な費用。であれば、賊の討伐と兵員確保、そして調練を一つとして精鋭のみを輸送する。
「どう思う?」
「・・・・・・時間をいただきたい。某なりに吟味し、概略だけでもまとめてみせまする」
「許す。必要な資料はお前の下に付ける者達に言いつければいい。出来る限り揃えさせる」
俺の言葉にピクリと羅山が反応する。その表情は気持ち悪いくらいの満面の笑み。
「・・・・・・あのな、お前の読書の助けをするって言っているわけじゃないからな?」
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