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149:ようやくとける誤解の末に

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 しばしのにらみ合いは、先にブレイン殿下のほうから口火を切って、おたがいの正当性を主張し合う舌戦へと変化した。

「なんにせよ、彼ら兄弟が君を害した事実は変わらない。その頬が赤いのも、彼らのせいなのだろう?それにセラーノからも聞いているよ、使われた薬物のせいで、危うく呼吸が止まるところだったって」
「たしかにそれは『事実』かもしれませんけど……」
「え……っ!?」

 ブレイン殿下の怒りは、俺を心配していたからこそのものだ。
 それがわかるから、俺だってあまり強く言いかえしにくいのもある。
 でもそんな俺たちの応酬に、わずかにマオトが反応した。

 そりゃそうか、あのときのロコトだって、俺に薬を嗅がせるときは『ほんの少し意識がもうろうとして、からだの自由が利かなくなるだけ』だと言っていたんだから。
 俺にはあれが演技とは、とても思えなかった。

「でも、『事実』がそうだからと言って、『真実』を確認する前に断罪するのはまちがえていると思うんです!だってたぶんロコトは、ハズなので!」
「っ、まさか!?」
 たぶん今の俺のふくみのある言い方で、ブレイン殿下には、この件には真犯人が別にいるってことが伝わったと思う。

「えぇ、たぶん、例の『』でしょうね」
 それどころか、あの既存薬にはない調合の仕方にしても、その矛先が俺に向けられたことにしても、この世界に侵食してきたヤツと関係があるとしか思えない。

 結果的に俺が死にかけたってのは、今さらくつがえしようもない事実なのだとしても、そこに至るまでの事情は斟酌されてしかるべきだと思う。
 わかってて殺そうとしたのか、それとも知らずにだまされて、結果的に殺しかけてしまっただけなのか、そこは大きなちがいだろ!

「あと大事なことなんで、強調しときますけど、マオトは何度もロコトを止めようとしてました。俺なんて、殺したいほど憎い恋敵でしかないハズなのに、それでもかばおうとしてくれたんです!」
「そう、なのか……?」
 俺の発言に、ブレイン殿下の瞳がゆれる。

 よし、もう少しで届く!
 今のブレイン殿下の気持ちをこちらに引き寄せられなければ、意味がないんだ。
 ちゃんと話して、理解してもらわないと!

「ひょっとしたら、俺をかばうためというよりは、大事な兄に犯罪者になってもらいたくなかっただけかもしれませんけど……でもそれにしたって、気持ちはわかるから」
「あぁ、『自分のせいでだれかを傷つけるようなこと、絶対にイヤ』か……」
 それは最初にここへ来たときに、俺が言ったことだった。

「それです。必要なときに牙を剥けずに守れないのは本末転倒ですけど、だからといって守るために別のだれかを傷つける選択を、いちばんはじめにしてほしくないんです。大切な人だからこそ」
 言うなれば、正当防衛はいいけれど、過剰防衛になるのは困るってところだろうか?

 というか、だれかを傷つけるのって、自分を傷つけるのと変わらないと思うんだよな。
 端的に言えば、人を殴るのだって、殴る手だって痛いし、場合によっては指の骨も折れるんだからな?!

 それに痛みを知っている人ならば、今相手が受けているだろう痛みが容易に想像つくだろうし。
 輪ゴムがパチンとあたったって痛いのに、まして鞭なんかで打たれたら、どんだけ痛いんだろうって思う。

 あとは悪口なんかもそうだ、他人に向かって言ってても、脳みそがバグって、まるで自分が言われてるみたいにダメージを受けるんだって、前にどこかで読んだことがある。
 だからなるべく大事な人には傷ついてほしくないから、だれかを傷つけようとしてほしくないんだ。

 若干たどたどしくはあったけれど、それを必死に訴える。
 はじめは取りつく島さえなさそうだったブレイン殿下は、しかし途中から態度を軟化させ、最後には大きなため息をついて俺の意見を受け入れてくれた。

「───参ったな、君にそんなことを言われてしまったら、私は彼らを罰しづらくなってしまうのだが?」
「もう十分でしょう?だってこの兄弟は、第三者の悪意によってゆがめられてしまっただけの『被害者』でもあるんですよ?」
 すっかり毒気の抜けた顔で首をかしげるブレイン殿下に、俺も困ったような顔で応じる。

「それにロコトにあの薬を渡したのはだれか、聞き出せたならもういいでしょう?マオトはあなたから、さっきみたいな目で見られただけで、十分すぎるほど傷ついてるでしょうし……」
 だってマオトは、まだブレイン殿下のことを愛しているんだから。

「そうか───なら君は、どう思ったんだい?」
「なにがですか?」
「その……彼……と、私の関係を知っているわけだろう?」
 めずらしく歯切れの悪いブレイン殿下に、思わず苦笑をもらす。

「そりゃね、元カレがこんな美少年とかだと凹みましたよ。話してみれば根はイイ子だし、かわいいですからね。あなたが気に入っていたのもわかるというか……だからこそ、誤解をそのままにしておきたくなかったというか」
 そう話しながらも、心臓のあたりはキュウっと締めつけられているみたいに、痛みをおぼえていた。

 ほんの少しだけ、もしかしたら……って気持ちもあったから。
 だってマオトの心根は、ブレイン殿下が気に入っていたころから、基本的にはなにひとつ変わっていなくて。
 結果的に別れてしまったのも、そこに第三者の悪意が介在していたからにすぎないわけだろ?

 なら、その誤解がとけたらどうなるか。
 かんがえてみたら、こたえは出る。
 よりをもどすって可能性も、なくはないんじゃないかってかんがえるのは、決して邪推なんかじゃないだろう。

 マオトの祖父はスパークラー辺境伯で、この国にとっての防衛の要とも言うべき領地を持つ、由緒正しい伯爵家だ。
 少なくとも、どこの王子の派閥にも属していないし、家柄にしてもなんら問題ない相手だ───しがらみだらけの俺とはちがって。

「………はあぁ~~、君ねぇ、本当にバカだろう?」
 やがてたっぷりと沈黙をつらぬいていたブレイン殿下が大きなため息とともに、あきれたような声を出した。

「そりゃあなたからすれば、俺の知力なんてたいした数値に見えないでしょうけど……」
「そうじゃないでしょう、そんなに傷ついた顔して……今の私のかわいい『恋人』は、『君』でちがいないんですから」
「え……?」

 気がつけば、ブレイン殿下からぎゅうっと、思いっきり抱きしめられていた。
 それだけじゃない、まるで小さな子どもにでもやるように、そっとあたまをなでられる。
 なにが起きているのか理解できなくて、パチパチとまばたきをくりかえすしかできなかったのだった。
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