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131:悪夢のようなベタ展開

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 正直、なにが起きたのか、とっさに理解できなかった。
 とにかく顔に衝撃を受けたというのはわかったけれど、それが目の前のマオトから平手打ちをされたせいだということを理解したのは、その大きな音の余韻すらも、すっかり消えてしまってからだった。

「…………………」
 あまりのことに、はたかれたほっぺたに手を当てたまま、ぼうぜんとしてしまって言葉が出てこない。
 いや、だってふつうに生きてたら、人から全力のフルスイングビンタとかされないだろ!
 怒りよりもまず先に、おどろきが先に来る。

 ついでに、ゲーム本編でヒロインが巻き込まれるライバル令嬢たちからのやっかみイベントまんまな展開に、いっそ笑いがこみ上げてきそうだった。
 だって……平手打ちって、どこの悪役令嬢だよ?!
 そんなところまで、きっちり世界観を踏襲しないでもいいっつーの!

 そんなふうに気が取られているあいだにも、ほっぺたは熱くしびれるような強烈な痛みから、ジンジンと響いて広がるような痛みへと変わっていく。
 でもそのほうが、かえって痛みがよりリアルに伝わってきて、ようやく自分の身に起きたことが理解できてきた。

「~~~っ、なにすんだよ!?」
 痛みのあまりにじわりとにじむ視界のまま、怒りにまかせて文句を言う。
 今度こそ怒っていい案件だろ、これ!?
 そもそも、マオトと会うのはこれがはじめましてな状態だっていうのに、いったい俺がなにしたっていうんだよ?!

「あり得ないだろっ!あのブレイン様が夢中になっているというから、どんな美少年かと思いきや、こんな地味でかわいげもない男だったとか……こんなのに僕が負けただなんて、想像もしてなかったよっ!!」
 そうさけぶなりマオトは、ぼろぼろと大粒の涙をこぼして泣き出した。

「おぉ、なんと哀れなのだ、我が弟よ!!我輩も涙を禁じ得ないぞ!!」
 ……なんだよ、それ。
 泣きたいのは、いきなり平手打ちくらったこっちだっての!

「ふざけんなよ!いきなり連れてこられて、そんな茶番劇を見せられるこっちの身にもなれっての!」
 だからお前ら、自分たちだけで悲劇のヒロイン気取って酔ってないで、ちゃんと説明しろよな?!

「だいたい、『俺のせいで無理やり別れさせられた』とか言ってたけど、どういうことなんだよ?!あんたら兄弟には、説明する義務があるだろ!」
 わざわざ『俺のせい』というからには、なんかしらの根拠があるんだよな?!
 そうじゃなきゃ、俺はぶたれ損だろ!!

「ふん、わかったよ───これまでブレイン様が、特定の恋人らしい恋人を作っていなかったって話は知ってるだろ?」
「あぁ、それなら、さすがに俺も知ってる……」
 マオトからの問いかけに、こくりとうなずく。

 いわく、『お気に入りを次々と変えていく恋愛遍歴の持ち主、流した浮き名は数知れず』とは、公式設定にすら書かれていることだ。
 その目に止まって、お手つきになることはあっても、基本的には一度呼ばれてお手つきとなったものは、二度と部屋には呼ばれることがないとまで言われていたりする。

 それくらいの気まぐれで、移り気な人だと言われていた。
 ……まぁ、それでも恋人や許嫁がいるような相手は選ばないあたり、かなり遊ぶ相手を見極めているんだとは思うけど。

 身分差のエグいこの世界では、王族という立場にあるブレイン殿下には、そうするだけの権利があたえられているようなものだから、文句が出にくいのはあるかもしれない。
 でも、なんとなく俺の見てきたブレイン殿下の姿とは、どこか一致しないというか、違和感がぬぐえないのはなぜなんだろう?

「ちなみに僕は、これまでに何度も夜にお部屋に呼ばれてる。昼休みや放課後だって、ブレイン様の恋人として僕がすごした期間は、ほかのだれよりも長かったんだ……だからずっと僕が、僕こそがブレイン様の『』な存在だったんだ!」
 目の前で訴えるマオトは、『星華せいかとき』の本編には出てこないようなモブではあるけれど、まちがいなく美少年であった。

「それがいきなり『これ以上君を愛するつもりはない』とか言われて捨てられて……」
 そう言って、目にいっぱいの涙をためる姿は、たしかに庇護欲をそそるものがある。

 それまで円満でなにひとつ問題なくすごしてきたのに、いきなりフラれるんだろ?
 そりゃ、ある日突然別れを告げられたら、おどろくのも無理はない。
 でも……。

「まさかそれだけとか言わないよな?!それ、ふつうに飽きたとかでブレイン殿下にフラれただけじゃないのか?」
「そんなハズないっ!だって僕はブレイン様にとっての特別な存在だったんだよ?!」
 いやいやいや、さすがにそれだけじゃ反証になってないだろ!

「なにしろ僕は、例外的に何度も夜のお部屋に呼んでもらえた相手だし、いつだってやさしくエスコートしていただいていたし、会うたびにかわいいって褒めていただいてたんだから!」
 思い出してほんのりとほっぺたを赤く染めながら、マオトは自慢げに胸を張る。

 ……………うん、それ、たしか俺にもしてたよね……。
 なんとも言えない、生ぬるい気持ちが広がっていった。
 なんというか、自分の恋人の元カレから口説きパターンをネタバレされるのって、こんな気まずいものなのかな……?

「僕はブレイン様をめちゃくちゃお慕いしてるし!だから僕もあの方にとっての『特別』でいられるように、それにふさわしいふるまいを身につけようと自分磨きから服装、髪型、それに部屋の内装まで合わせようと努力したんだから!!なにも悪いことをしていないのにいきなりフラれるとか、あり得ないんだってば!」
 マオトは泣きながら、そう訴えてきた。

 好きな人にふさわしい自分でいたいってのは、俺にもおぼえのある感情だ。
 あの人のことが好きなんだって自覚をしてしまってから、となりに立ったときに見劣りするからと、この地味なモブ顔を恨みそうになったこともある。
 それに、パレルモ様の取りまきという己の立場にも……。

「───でも、今日会って確信した。どう見ても、こんな地味でつまらなさそうなヤツより僕のほうが、よっぽどブレイン様にふさわしい!……てことは、やっぱりおまえがブレイン殿下の弱みをにぎって脅したとか、薬で前後不覚に陥らせて既成事実を作ったとか、ロクでもないことしたせいで僕と別れさせられたにちがいない!!」
「はぁっ?!」

 ビシィッと、こちらに人さし指を突きつけてくるマオトは、みじんも己のかんがえがまちがっていることをうたがっていない。
 最初のやっかみライバルモードから一転して、今度は悪役令嬢の悪事を暴いてざまぁするときのヒロインのごとく立場を変えてくるマオトに、まるで悪夢でも見ているかのように、頭が痛くなる。

 その鼻息の荒さを見ているかぎり、この悪夢は、まだまだ覚めてくれそうになかった。
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