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86:なりたいのは『特別』じゃなくて、『あたりまえ』

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 助かった……!
 声には出さなかったけれど、俺はたしかにそう感じたし、ブレイン殿下の付き人さんが最高のタイミングで助けに入ってきてくれた気分だった。
 その気持ちは、ホッとついた息にすべてこもっていたけれど。

「チッ!なんてタイミングだ……」
 舌打ちとともにつぶやかれる声は、いつものブレイン殿下よりも、はるかに幼さを感じさせるものだ。
 でも、なにかしら思うところはあるのか、すなおに解放してくれた。

「失礼いたします」
 その気配を感じ取ったのか、あらためて声をかけられ、付き人さんたちが列をなして寝室へと入ってくる。
 といっても足音もほとんどしないし、めちゃくちゃ品がいいんだけど。

「おはようございます、殿下。朝のお仕度をしなければなりません」
 心持ち厳しめな声で、先頭に立つ年配の女性が声をかけた。
 なんとなくだけど、この人、ブレイン殿下が小さいころから面倒見てきた人なんだろうなぁ。

 でも顔を見れば、にっこりと笑顔のままで、なのに感じる迫力はそのやさしげな表情を裏切っている。
 うん、おっかないね……。
 そう思う気持ちのままに、そっとブレイン殿下の顔を盗み見る。

 あー、すねている。
 これは完全にすねている顔だ……!!
 ……って、ものすごいめずらしいものを見た気がする。
 めちゃくちゃ理性的なキャラクターってイメージがあったけど、本当は俺様キャラのリオン殿下とも似たところがあるんだろうなぁ。

 あのふたりが仲悪いのは、よくある同族嫌悪ってヤツだろ。
 そう思ったら、余計に愛おしさが増してくるんだから、もう手遅れだった。

 なにをやっていてもカッコいいと思うのはたしかだけど、情けない姿を見て『かわいい』と感じるようになったら、完全に相手に落ちてる証拠だと思う。
 あー、俺……完全にブレイン殿下のこと、大好きなんじゃん。

 はずかしいと思うより先に、しあわせだなぁって思っちゃうのも、仕方ないか……。
 なんとかして、この人といっしょにいられる未来が欲しい!
 心の底からそう願う。

 俺も、ブレイン殿下にとって、そう思われるような存在になれているのかな……?

 たとえばこの付き人さんのように、ブレイン殿下にとっての日常で、そばにいられる存在になりたいと思う。
 ただひとりの『特別な存在』よりも、ずっといっしょにいられる、『あたりまえ』の存在に。

 今だってブレイン殿下の顔は不満げだけど、ちゃんと相手の言うことを聞く気はあるみたいだし。
 それでいて全然不満げな表情を隠そうとしないあたり、この付き人さんは気をゆるしている相手なんだろうということがわかる。

 うん、いいなぁ……。
 うらやましいって、ちょっとだけ思ってしまった。

 でも、こういう姿を見たのは、俺にとってははじめてだったけど、周囲の付き人さんたちの反応を見るに、これがいつもの光景なんだろうとは思う。
 つまり、こういう姿を見せてくれたのは、それだけ俺にも気をゆるしてくれているって、そう思ってもいいんだろうか?

 それが本当なら、ちょっと、いや───すごくうれしいことだった。
 この人にとっての『あたりまえ』に、また一歩近づけたような気がする。

  「この子のこと、ちゃんとお世話してあげてね?頼むよ、思いっきり大切にあつかうように」
「かしこまりました」
 深々とお辞儀をかえす付き人さんに、ブレイン殿下も満足げにうなずきかえしていた。

 そして気だるげな姿のまま、付き人さんにうながされて起きあがる。
 一方で、その場にのこされた俺は、どうしたものかととまどうしかない。

 いや、物理的に起きあがれないというか、がんばれば起きられなくもなさそうだけど、かなり厳しいというか……。
 とはいえ、部屋の主が起きてるのに、身分も下の俺が寝たままとか失礼すぎるだろ!?

 起きなきゃと思う気持ちとは裏腹に、弱ったからだは正直だった。
 ……うん、がんばろうとしてみたけど、起きあがれないわこれ。
 だけど、ふいにベッドの横に立った人影に、持ち上げられる。

「失礼いたします、湯浴みのご用意ができておりますので、そちらまで案内いたします」
「えっ?!あ、ありがとうございます……?」
 俺を軽々と横抱きにしているのは、どう見ても女の人だ。

 だけど、身長はたぶんブレイン殿下並みに高そうだし、なによりよく鍛えられているのか、腕なんかは筋肉ゴリゴリな感じがする。
 付き人というか、護衛の騎士みたいだ。
 なんて思っていたら。

「あぁ、そのバードアイは私の護衛なんだ。彼女なら、ふだんから剣の稽古でのされた私を余裕で持ち上げて運んでいるから、気にしなくていいよ」
 苦々しげな顔で説明される。

「えぇ、ぼっちゃまは殿下よりも軽いですので、余裕です。なんなら片手でもイケそうです」
 そのセリフを受けたバードアイさんは、至極まじめな顔で冗談を言う。
 そ、そういう問題なんだろうか!?

 ───結局、どうかえすのが正しいのかわからなくて、ひとこと『お願いします』と言うしかなかった。

 それにしても、と、現実逃避をしそうになる。
 ふだんからその剣の稽古とやらで倒れたブレイン殿下を運ぶのが、このバードアイさんの役目だとして、どうして今俺を運ぶのも彼女なんだろうか?

 ふつうにかんがえて、ブレイン殿下のところの付き人には、力仕事用の男だっているだろうに、なんでわざわざこの人なんだろう……。
 そう思う気持ちは、顔に全部出ていたらしい。

「───私がね、嫌なんだ。私のかわいい恋人に、ほかの男が触れるのは」
 まさかのセリフが、ブレイン殿下の口からこぼれ落ちる。
 こっちが油断していたところに、突然の独占欲を全開にしてくるとか……!

「っ、そういうとこです!」
 カッと、一瞬にしてほっぺたが熱くなる。
 なんでいきなり、人前でのろけてくるんだよ!?
 本当に心臓によくない。

「では、あらためまして失礼いたします」
 ふいうちを食らって赤面し、おとなしくなったところで、バードアイさんにかかえられたままバスルームまで運ばれていく。
 そして、そこに控えていたほかの付き人によってキスマークだらけのからだを洗われ、キレイにととのえられていったのだった。
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