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73:ゆらぎようのない事実にくつがえる評価
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パレルモ様がやさしいというのを伝えるためのエピソードとして、リオン殿下が話してしまったのは、今朝ほど起きた寮の部屋の交代劇についてだった。
そんなの話だけを聞いたら、決してパレルモ様を持ち上げるためのネタにはなり得ないのに……!
「───うん?……公爵家用の部屋とはいえ、この寮に3人部屋なんてあったかな?」
「いいえ、まちがいなくそこは2人部屋ですよ、兄上」
素朴な疑問を呈するハバネロ殿下に、ブレイン殿下がこたえている。
「……てことは、そこの君はどうなったんだい?」
純粋な問いかけだからこそ、当事者としては非常にこたえにくかった。
「ちょうど空いている部屋がありましたので、そちらに移ることになりました」
なるべく事実をオブラートに包み、ハレーションが起きにくいようにと、言葉を選ぶ。
「それは大変じゃないか!こんなところに連れまわしている場合じゃないだろ、ブレイン!部屋を移るというのは、準備も必要なことだろ?」
そんな俺に、ハバネロ殿下は大仰におどろいて見せた。
「そうなんですよ、伯爵家の子が入れる空き部屋なんて、ここ数年、掃除もろくにされていないような汚い場所だけでしたからね。なかなか改装も終わらないというわけです」
そのとたんに、俺の横にある紫の髪にいろどられた端麗な顔は、我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。
───あぁ、やっぱり!
最初から、これをねらっていたんだろう。
この話をしたときからパレルモ様の言動に腹を立てているように見えたので、どうやってフォローをしようかと思っていた矢先に、いちばん面倒な場所で暴露するなんて!!
「当然、その改装の手配はそのパレルモくん主導でやっているんだよね?」
「いいえ、兄上。この子自らで手配をしてやっていましたね」
「えぇっ!?いくらなんでもそれはないだろ!」
あぁ、やっぱりマズイ展開になってしまった……。
「……えーと、君はそのパレルモくんから、そうするようにと指示されたのかい?」
「そう、ですね……」
よりによって、俺のほうに直接話しかけてきたハバネロ殿下に、苦々しい思いが込み上げてくる。
「ウソはいけないよ、ハニー?ライムホルン公爵子息からは、『部屋を代わってやって』と『お願い』されただけじゃなかったっけかな?」
「っ、ブレイン殿下……っ、これ以上はその……っ!」
顔から血の気は引いていき、胃がキリキリと痛む。
「同室の伯爵家の子を追い出して、男爵家の子をまねき入れておきながら、フォローもなしかい!?いくらなんでも、おかしいよそれは!担任や寮の監督員はなにしているんだ!?」
───あぁ、クソ!
善意100%のそのセリフが、心に突き刺さる。
その担任や寮の監督員の上司にあたる校長や理事長にしてもそうだ、どことなく顔色が悪い。
なにしろ公爵家のご子息が、その配下の子にたいしてワガママを言うのなんてよくあることだし、ふだんなら気にも止めないで済むような話だろうに。
でもそれを非難しているのは、ハバネロ王太子殿下───つまり、この国の第一王子なわけだ。
ならばそれは、些事として聞き流してしまうわけにもいかなくなってくる。
「ちょっとハバネロ兄上、『追い出した』だなんて人聞きが悪い!パレルモはただ親切心から、転入生をまねき入れてやっただけで、その心根の美しさは褒められるべきだろう?!担任もふくめ、皆パレルモを褒めていたぞ!」
とっさにパレルモ様をかばおうとして、リオン殿下は反論の声をあげた。
「───リオン、現実をよく見るんだ」
けれどハバネロ殿下は、困ったものを見るような顔で、相手を見つめている。
今の話を聞いただけで、おそらくハバネロ殿下は俺の身に突如ふりかかった理不尽なできごとを理解されたんだろう。
そりゃそうか、直接パレルモ様に会ったことがない人なら、魅了の魔法にもかかりようがないもんな……。
最初から色眼鏡で見なければ、パレルモ様の選択は非常に稚拙なものだったから。
「たしかに身分を越えて、どんな相手にも親切にできるのは、そのパレルモくんとやらの美徳なんだろう。だけど、その代償を実際に払ったのは、そこにいるダグラス伯爵家の子なんだろう?ならばそれは上に立つものとして、親切どころか、ただの無責任じゃないか」
そしてハバネロ殿下は、そうキッパリと言いきる。
「ハバネロ兄上までなに言ってるんだ!言うにこと欠いて、パレルモが無責任だなんて失礼だろ!」
「どうしたんだ、リオン……?」
なおも必死に言いつのるリオン殿下を見るハバネロ殿下の目には、哀れみの色が浮かんでいた。
「ハッ、そうか、ダグラス!貴様、兄上に告げ口したんだろ!自分が理不尽にも追い出されたんだって!そんなふうに己の主を売るとは、最低だな、貴様は!!」
「っ!」
キッとにらみつけられ、思わず身をすくめれば、背中にそっとブレイン殿下が支えるように腕をまわしてくる。
「───リオン、この子は決してそんな言い方はしていない。最後までかばおうとしていたよ?」
「じゃあなんで、そんなパレルモをおとしめるような言い方するんだ!?」
「いいや、私は事実をただ、ありのままに伝えたまでだよ。そう兄上に伝わったのなら、ライムホルン公爵家の子が事実そうだったのだろうよ」
横にいるブレイン殿下は、やわらかな笑みを浮かべたままに、弟の勘ちがいを訂正している。
というより、わかっててあおってるだろ、これ……。
言っとくけど俺は、己の主の悪事を暴き立てるようなマネなんて、したくなかったのに!
そうでなければ、まるで告げ口をするようなこんなタイミングで王族の方々にまで知られてしまうとか、最悪だろ!
パレルモ様を裏切ってしまったかのような罪悪感がこみ上げてきて、苦しくてたまらない。
「~~~っ!パレルモ様は、どなたにもおやさしい方ですし、あの方の望むようにフォローをするのも、ライムホルン公爵閣下に命じられた私の仕事ですから……っ!」
そうこたえるのが、やっとだった。
この場にはこの国の最高権力者がそろっているわけで、下手をして不興を買えば、ライムホルン公爵家といえども、なんらかのお咎めを受けないともかぎらないわけだ。
その原因が俺だと知れたら、まちがいなく我が家はやつあたりにより没落、俺自身は残忍な処刑コースまっしぐらだ。
そんなの、冗談じゃない!
「どういうことなんだ、ブレイン?今の学校は、私がいたころとは常識が変わってしまったのか?」
「……あるいは、本当にそうなのかもしれませんね?」
まるでこの世界の改変に気づいているかのようなブレイン殿下の返答に、俺はただ胃とあたまの痛みをこらえるのに必死だった。
そんなの話だけを聞いたら、決してパレルモ様を持ち上げるためのネタにはなり得ないのに……!
「───うん?……公爵家用の部屋とはいえ、この寮に3人部屋なんてあったかな?」
「いいえ、まちがいなくそこは2人部屋ですよ、兄上」
素朴な疑問を呈するハバネロ殿下に、ブレイン殿下がこたえている。
「……てことは、そこの君はどうなったんだい?」
純粋な問いかけだからこそ、当事者としては非常にこたえにくかった。
「ちょうど空いている部屋がありましたので、そちらに移ることになりました」
なるべく事実をオブラートに包み、ハレーションが起きにくいようにと、言葉を選ぶ。
「それは大変じゃないか!こんなところに連れまわしている場合じゃないだろ、ブレイン!部屋を移るというのは、準備も必要なことだろ?」
そんな俺に、ハバネロ殿下は大仰におどろいて見せた。
「そうなんですよ、伯爵家の子が入れる空き部屋なんて、ここ数年、掃除もろくにされていないような汚い場所だけでしたからね。なかなか改装も終わらないというわけです」
そのとたんに、俺の横にある紫の髪にいろどられた端麗な顔は、我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。
───あぁ、やっぱり!
最初から、これをねらっていたんだろう。
この話をしたときからパレルモ様の言動に腹を立てているように見えたので、どうやってフォローをしようかと思っていた矢先に、いちばん面倒な場所で暴露するなんて!!
「当然、その改装の手配はそのパレルモくん主導でやっているんだよね?」
「いいえ、兄上。この子自らで手配をしてやっていましたね」
「えぇっ!?いくらなんでもそれはないだろ!」
あぁ、やっぱりマズイ展開になってしまった……。
「……えーと、君はそのパレルモくんから、そうするようにと指示されたのかい?」
「そう、ですね……」
よりによって、俺のほうに直接話しかけてきたハバネロ殿下に、苦々しい思いが込み上げてくる。
「ウソはいけないよ、ハニー?ライムホルン公爵子息からは、『部屋を代わってやって』と『お願い』されただけじゃなかったっけかな?」
「っ、ブレイン殿下……っ、これ以上はその……っ!」
顔から血の気は引いていき、胃がキリキリと痛む。
「同室の伯爵家の子を追い出して、男爵家の子をまねき入れておきながら、フォローもなしかい!?いくらなんでも、おかしいよそれは!担任や寮の監督員はなにしているんだ!?」
───あぁ、クソ!
善意100%のそのセリフが、心に突き刺さる。
その担任や寮の監督員の上司にあたる校長や理事長にしてもそうだ、どことなく顔色が悪い。
なにしろ公爵家のご子息が、その配下の子にたいしてワガママを言うのなんてよくあることだし、ふだんなら気にも止めないで済むような話だろうに。
でもそれを非難しているのは、ハバネロ王太子殿下───つまり、この国の第一王子なわけだ。
ならばそれは、些事として聞き流してしまうわけにもいかなくなってくる。
「ちょっとハバネロ兄上、『追い出した』だなんて人聞きが悪い!パレルモはただ親切心から、転入生をまねき入れてやっただけで、その心根の美しさは褒められるべきだろう?!担任もふくめ、皆パレルモを褒めていたぞ!」
とっさにパレルモ様をかばおうとして、リオン殿下は反論の声をあげた。
「───リオン、現実をよく見るんだ」
けれどハバネロ殿下は、困ったものを見るような顔で、相手を見つめている。
今の話を聞いただけで、おそらくハバネロ殿下は俺の身に突如ふりかかった理不尽なできごとを理解されたんだろう。
そりゃそうか、直接パレルモ様に会ったことがない人なら、魅了の魔法にもかかりようがないもんな……。
最初から色眼鏡で見なければ、パレルモ様の選択は非常に稚拙なものだったから。
「たしかに身分を越えて、どんな相手にも親切にできるのは、そのパレルモくんとやらの美徳なんだろう。だけど、その代償を実際に払ったのは、そこにいるダグラス伯爵家の子なんだろう?ならばそれは上に立つものとして、親切どころか、ただの無責任じゃないか」
そしてハバネロ殿下は、そうキッパリと言いきる。
「ハバネロ兄上までなに言ってるんだ!言うにこと欠いて、パレルモが無責任だなんて失礼だろ!」
「どうしたんだ、リオン……?」
なおも必死に言いつのるリオン殿下を見るハバネロ殿下の目には、哀れみの色が浮かんでいた。
「ハッ、そうか、ダグラス!貴様、兄上に告げ口したんだろ!自分が理不尽にも追い出されたんだって!そんなふうに己の主を売るとは、最低だな、貴様は!!」
「っ!」
キッとにらみつけられ、思わず身をすくめれば、背中にそっとブレイン殿下が支えるように腕をまわしてくる。
「───リオン、この子は決してそんな言い方はしていない。最後までかばおうとしていたよ?」
「じゃあなんで、そんなパレルモをおとしめるような言い方するんだ!?」
「いいや、私は事実をただ、ありのままに伝えたまでだよ。そう兄上に伝わったのなら、ライムホルン公爵家の子が事実そうだったのだろうよ」
横にいるブレイン殿下は、やわらかな笑みを浮かべたままに、弟の勘ちがいを訂正している。
というより、わかっててあおってるだろ、これ……。
言っとくけど俺は、己の主の悪事を暴き立てるようなマネなんて、したくなかったのに!
そうでなければ、まるで告げ口をするようなこんなタイミングで王族の方々にまで知られてしまうとか、最悪だろ!
パレルモ様を裏切ってしまったかのような罪悪感がこみ上げてきて、苦しくてたまらない。
「~~~っ!パレルモ様は、どなたにもおやさしい方ですし、あの方の望むようにフォローをするのも、ライムホルン公爵閣下に命じられた私の仕事ですから……っ!」
そうこたえるのが、やっとだった。
この場にはこの国の最高権力者がそろっているわけで、下手をして不興を買えば、ライムホルン公爵家といえども、なんらかのお咎めを受けないともかぎらないわけだ。
その原因が俺だと知れたら、まちがいなく我が家はやつあたりにより没落、俺自身は残忍な処刑コースまっしぐらだ。
そんなの、冗談じゃない!
「どういうことなんだ、ブレイン?今の学校は、私がいたころとは常識が変わってしまったのか?」
「……あるいは、本当にそうなのかもしれませんね?」
まるでこの世界の改変に気づいているかのようなブレイン殿下の返答に、俺はただ胃とあたまの痛みをこらえるのに必死だった。
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