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71:ふわふわした気持ちからの急転直下

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 我ながらチョロいし、バカなヤツだとは思う。
 あくまでも『恋人にうつつを抜かす道化』を演じているだけのブレイン殿下のあれこれに、いちいち本気で照れてしまうなんて。

 それでもこうしてほほえみかけられるだけで心臓は跳びハネ、動悸が止まらなくなるというか。
 それだけ相手の顔がよすぎるんだと、文句を言いたいくらいだった。

「ふぅん、たしかに照れる姿は存外かわいらしいかもしれんが、それも相手がブレイン、おまえだからなんだろ?」
「さすがです、兄上!よくわかってらっしゃる!」
 ハバネロ王太子殿下に言われ、ブレイン殿下は破顔する。

「……たしかに、その照れ具合が演技だったらだまされてしまうな。私から見て、見るからに善良そうな少年に見えるね。むしろ貴族としては、少し心配になってしまうくらいだ」
 宰相にまで、そんなことを言われた。
 現役の宰相から『心配になってしまう』とか言われるとか、それ、どういう意味なんだよ?!

「ハッ、どうだか!ソイツとはおなじクラスにいるが、今まで照れた顔なんて人前で見せたことなんてなかったはずだが?それどころか、いつでもしかめっ面して、笑顔も見せやしないヤツだったからな!どうせ兄上はだまされてんだろ!!」
 そんな宰相に真っ向から反論したのは、またもやリオン殿下だ。

「…………………」
 もはや、なにも言うまい。
 相手は王族、たとえクラスメイトだろうと、俺には反論なんてできるハズがなかった。

「ほら、反論もしてこないじゃないか!本人だって図星をさされたから、気まずいんだろ?!」
 その決めつけはいささか乱暴な気もするけれど、まぁ……気まずいという点にかぎっては最初からずっと気まずかったけれど。

 とはいえ、これまで『照れた顔どころか笑顔ひとつ見せたことない』というのは、たしかに事実だった。
 それがテイラーというキャラクターの、決められた立ち位置だったもんな。

 無表情で、パレルモ様至上主義のイヤミなヤツ。
 実際に照れるようなこともなかったし、楽しいと笑えるほどのこともなかったんだから、しょうがない。

「……まったく、救いようもない愚弟だな。曲がりなりにもこの国の王子であるおまえが断定したことを、よくわきまえたこの子が否定できると思うのかい?己の権力を正しく知り、おごれる王族となってはいけないと教育されてきたのを忘れたのか!」
 思った以上に険しい顔で、ブレイン殿下がリオン殿下を叱責する。

「はあ?!こっちが正しいからこそ、ソイツも黙ってるんだろ!?」
 言われた本人は、みじんもこたえた様子はなかったけれど。
 そんなふうに当人を置きざりにしたまま、ロイヤルな兄弟による口論はつづいている。

「あのブレイン殿下、そこら辺で……」
 さすがにこれ以上はこの場の雰囲気も悪くなってしまうと思って、そっとその腕をつかんで止めれば、険しかった顔はとたんにやさしげなものに変わった。

「あぁ、怖かったかい?この愚弟との口論は、わりといつものことでね。心配いらないよ」
「そうそう、こいつらはいつもにぎやかなんだ」
 ブレイン殿下につづいて、ハバネロ王太子殿下までもがそんなことを言う。
 ハバネロ殿下は、ほがらか系の笑顔がまぶしい方だけに、ついうなずいてしまいそうになるけれど。

「いえ、あの……リオン殿下のおっしゃることも、もっともなので……我が家が世間でどう思われているかくらい存じておりますし、そのこともふくめて、うたがわれるのも仕方がないかと」
 そう言いながらも、キュッと心臓をにぎりつぶされているみたいな痛みをおぼえる。
 あぁ、まずい、なんとか笑顔は作れているだろうか?

 ───だって気づいてしまったんだ、今までテイラーがロクに笑いもせず、また照れもしない無表情なヤツだった原因に。

 そりゃ、だれからも褒められないし、特別な感謝をされたこともないとしたら、照れた顔なんてなりようもない。
 まして常にパレルモ様のことを守ろうと周囲を警戒しつづけてきたなら、笑顔すら見えなくて当然だ……ってことにさ。

「やはり、顔色があまりよくないね?」
「ご心配ありがとうございます。あまりにも自分が場ちがいなもので、少し緊張しているのかもしれません」
 ブレイン殿下は俺のほっぺたに両手をそえると、うつむきがちなこちらの顔をそっとあげさせてきた。

 どうしよう、なんとなく目を合わせにくい。
 とりあえずは、あたりさわりのない笑みを浮かべたままではあるけれど、敏いブレイン殿下にはなにかしら伝わってしまうものがあるかもしれないな……。

「ふん、部外者が分不相応にも乱入してきて、気まずくなっただけだろうに!その顔だって、あきらかに作り笑いじゃないか、気持ち悪い!」
 と、そこにリオン殿下からの追撃が入る。
 なかば事実であるがゆえに、そのひとことはするどい刃となった。

 ピシッ
 それにより、心のどこかが音を立ててヒビ割れたような気がした。

 ……あいかわらず、俺のことが気にくわないんだろうなぁ。
 そりゃ公式設定では、リオン殿下はパレルモ様と対立するキャラクターとして描かれていたわけだし、当然と言えば当然か。

 この世界でのパレルモ様は、だれからも愛されるように改変されているとして、それ以外の取りまきたちのあつかいは公式のままだとしたら、そりゃその筆頭の俺はいちばん嫌われていてもおかしくないということだ。

 そこへきてブレイン殿下からの寵愛を受けているときたら、兄弟仲があまり良好とは言いがたいリオン殿下からしたら、さらに嫌う要素しかないことになる。
 だから、わかってはいるのに……。

 ───あぁ、今すぐここから消えてしまいたい。

「リオン!それ以上この子をおとしめるようなことを言うのなら、承知しないよ?」
 代わりに声をあげてくれたのは、やっぱりブレイン殿下だったけど、もはや俺の心は折れかかっていた。

 どうせブレイン殿下だって、こうして俺の援護をしてくれるのは、恋人同士という設定を守るための演技にすぎないんだろ?
 テーブル越しにあからさまに敵意を向けてくるリオン殿下と、俺の味方をするハズなんてない縁遠いロイヤルな方々と。

 この場に、俺の味方なんているわけないじゃないか。
 そう気づいてしまったら、どんどん心は冷えていき、顔からは表情が抜け落ちていく。
 胸を締めつけられるようなキリキリという痛みを、必死にこらえなければ泣いてしまいそうだった。
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