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58:まるで気分は家なき子

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 俺の知るそれとはちがう、少し高めな合成音声で、一部改変の却下を告げるアナウンスが流れた。

 いや、それにしてもキツいな。
 シナリオライターなら、あんなふうにバッサリと却下されたら、へこむことまちがいなしだ。
 ていうか、クリエイターと呼ばれる人種にとって『リテイク』って単語は、もっとも聞きたくない響きのひとつじゃないかと思う。

 うん、でもまぁ却下しただけでなく、修正案の提出を認めてくれるだけ、まだやさしいのかもしれないけどな……。
 もし修正案を期限内に提出できなかったり、出しても認められなかったらどうなるんだろうと気にはなるけれど。

 さすがに制服をまちがえて発注したってのはゆるされないだろうから、別の理由が必要になるだろうし。
 ひとつ、お手並み拝見といきますか。

 だってここは貴族学校、基本的にはフルオーダーメイドの制服な訳で。
 採寸の際はどうしたって下着姿にならざるを得ないから、そこで男か女かもわかるわけだろ?
 だから仮にまちがえて男物で発注したところで、必ず店側から確認が入る。

 なら、どうしたって今回のコレは、故意に男物で発注をしたと見なさざるを得ない。
 じゃあその理由はなんだというのが、シナリオライターとしての腕の見せどころだ。

 と、それはさておき。
 なにはともあれ、これが聞こえたってことは、この場に改変者がいるってことで、まちがいないよな?!
 ベル、なんだろうか……?

 それにしても主役の性別改変とか、どこぞの二次創作で見たことあるいかにもな設定だ。
 ヒロインの男体化による総攻め、もしくは特定の推しキャラとのカップリングってのは、若干ニッチではある気がするけれど、心底腐った腐女子にとっては、おいしいごちそうになるらしい。

 自分好みのカップリングを見るために、そこまでする妄想力と行動力は、本当にスゴいと思うけど。
 ホント、彼女たちをなめちゃいけない、油断したら酷い目に遭うからな。

 ───そんなふうにグルグルとかんがえこみすぎていたいたせいで、すっかり意識は内にこもってしまっていた。

「ラー……テイラーってば!」
「───え?あ、ハイなんでしょう、パレルモ様?」
 名前で呼びかけられハッとすれば、目の前には、ほっぺたをふくらませたパレルモ様がいた。

「もう、さっきから呼んでるのになんで無視するの?」
「申し訳ありません、ちょっとかんがえごとをしておりましたもので!」
 すばやくあやまれば、すぐに笑顔にもどる。

「あのね、ベルくん、ここの学校に来るのははじめてでしょ?だからいろいろ大変なこともあると思うの」
「えぇ、パレルモ様のおっしゃるとおりです」
 実際にはこれに、さらに男装しているという事実も加わってくるわけだしな。

「だからね、その、ひとり部屋っていうのは、わからないことだらけで不安なんじゃないかなって思うんだ」
「はぁ……」
 なんだろう、なにが言いたいんだろうか?

「それでね、テイラー!ベルくんをボクの寮のお部屋に呼んであげたいの。おねがいっ!」
「え………っ!?」
 チリッというかすかな刺激が首の後ろに走り、それに気を取られそうになったところで、相手の発言の意味があたまに染み込んできた。

 ───それって別に俺たちのいる部屋に遊びにくるとか、そっちの意味ではないよな。
「それはそちらの転入生と私とで、寮内で割り当てられた部屋を交換しろということでしょうか?」
 つまりは、俺にあの部屋を出ていけってことか?

「そんな、悪いよパレくん!」
 一応しおらしげに言うベルは、しかし聞き捨てならない呼び方をする。
 たかが男爵家の息子が、公爵家のパレルモ様を早くも『パレくん』呼びだと!?

 一瞬青筋が浮かびそうになったものの、必死にこらえる。
 ここで俺が怒れば、どうせまたパレルモ様は『ぴえん』とか泣くんだろ?
 そんなウザ……もとい、かわいそうなことはできないもんな?

「しかしパレルモ様、私はあなたのお父上から、寮で同室となりお世話をするように申しつかっているのですが……お父上のおゆるしなく勝手に約束をたがえるわけにはまいりません」
 要は、ほかのヤツらと同室にして、まちがいが起きたら困るってことだ。

 なにしろうちのぼっちゃんは、無意識に周囲に向かって魅了の魔法をふりまきまくっている厄介な体質だからな。
 下手に耐性のないヤツと同室になんてした日には、ソッコーで食われるのは待ったなしだと思う。

「パパにはボクから、ちゃんとおねがいしておくもん!」
「なにかあってからでは遅いんですよ?」
 俺の命的な意味でもな。
 なにしろライムホルン公爵からは、『うちのエンジェルちゃんになにかあったら殺す』と脅されているんだから。

 そりゃ、俺を必死に見上げて訴えてくるパレルモ様は、たしかにけなげでかわいらしく見えるけど。
 でもそのお願いは、俺にベルのために部屋を出ていけって言っているのとイコールなんだよなぁ……。
 そういう認識がパレルモ様には、ちゃんとあるんだろうか?

 一応俺の主観を抜きにした事実だけを見たところで、男爵家の子のために、元からいた公爵家から直々に同室を申しつかっていた伯爵家の子が追い出されることになるんだもんな……。

 しかも行き先は、現在空室になっている男子寮の部屋といったら、ホコリだらけの汚部屋しかないハズで。
 あれ、ちゃんと掃除されてんのかなぁ……不安しかないぞ。

 そういうのもふくめて、身分的な意味でも、本来ならとんでもない失礼といっても差し支えないくらいには、下克上になるハズなんだけれども。
 まぁ、例によって魅了の魔法にすっかりやられたクラスメイトの面々は、口々に『パレルモ様はなんておやさしいんだ!』なんて感動していやがる。

 そのやさしさとやらが、本人が身銭を切るモノならまだしも、そのツケを払うのは俺なんだぞ?
 それって、『おやさしい』って言葉だけで片づけていいもんなのか?!

 自分で責任を持ちきれないやさしさは、時として無責任もいいところだと、はたして本人は知っているんだろうか……。
 そうかんがえるだけで、キリ、と胃と胸が痛む。

「ねぇ、テイラー、おねがい!いいでしょ?!」
「…………わかりました、お好きになさってください」
「ホントに?やったーー!!」
 けれど俺にゆるされた選択肢は、白旗をあげることしかなかったのである。
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