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56:あり得ないヒロインの男体化!?

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 とたんに砂嵐のようなノイズがかかり、目の前の女神様の姿がゆがんでいく。
「ちょっと待って!」
 聞きたいことはたくさんあったのに!
 無慈悲にも、そのゆがみとノイズは、俺の前から彼女を消し去ってしまう。

「───────っ!」
 待ってくれ、まだ聞きたいことが……!!
 そう言おうとひらいた口は、しかし言葉を発することなく固まった。
 そして───そこで、ハッと目が覚めた。

 ドッドッと音を立てて激しく脈打つ心臓に、自然と息は荒くなる。
 耳の奥にはそれにあわせて、血のめぐる音がやけに大きく響いて聞こえていた。

 視界に入るのは、すでに見慣れはじめた天井だ。
 薄明かりに照らされたその室内は、たしかに『星華せいかとき』の舞台となる貴族学校の学生寮の内装であり、そしてここはまちがいなくテイラーの寝室だった。

「今のは、いったい……」
 つぶやく声は、シンと静まりかえった室内にほどけて消える。
 ただの夢なのか、それとも本当にこの世界を司る女神様との邂逅だったのか、それを証明できるものはなにもない。

 でも。
 今見たものはただの夢ではなかったと、ふしぎと信じられた。
 うまく説明できなくて、強いて言うなら勘でしかないけれど。

 ただ、やっぱり聞き逃せないヒントが最後に述べられていたように思う。
 といっても、近々ある『物語は大きく動く』ものなんて、ひとつしか思いあたらないけれど。
 そう───ヒロインの転入だ。

 実家が領地がえを命じられたのをきっかけに、この学校にヒロインの男爵令嬢が転校してくるところからゲームの本編はスタートするんだ。
 だからそのときに耳を澄ませということは、そこでなにかが起きるということなんだろう。

 いわゆる一般的な乙女ゲーの場合、ヒロインの名前は基本的にユーザーが決められるパターンが多い。
 一応公式に決められているデフォルト名は『ベル・パプリカ』だったけど、改変されたこの世界ではどうなるだろうか?

 でもゲームの世界に侵食してきた改変者は、パレルモ様激ラブな腐女子だ。
 何をしてくるかが読めない……というか、パレルモ様が愛されるためならなんでもする、その熱意がスゴすぎて読みきれないところがあるんだよ!
 ふつうの人ならやろうとしない改変すら、躊躇なくやりそうと言うか……。

 なにしろセラーノというキャラクターの肝となる過去を、すべてなかったことにするくらいの大がかりな改変を気軽に行うような彼女だ。
 なんならヒロインが『星華の乙女』候補となることさえ、なかったことにしようとしてくるかも知れなかった。

 さすがにそれは物語の大前提自体がくずれてしまうだろうし、たぶん女神様の言うところの『制約』ではじかれるとは思うけど。
 たぶんな、たぶん。

 …………ん?
 ひょっとして、それが起きるのか?!
 ならば耳を澄ませていれば、それがわかるんだろうか?





 ───なんてかんがえていた朝イチの俺、見とおしが甘すぎたぜ!!
 思わずこぶしをにぎりしめて、ついでに歯を噛みしめる。
 そうでもしなければ、うっかり叫んでしまいそうだったから。

 現実はもっと、俺の想像の斜めうえを行っていたというか。
 とにかくその叫び出したい衝動をおさえるのに、必死だった。
 まったく、なにしてくれちゃってんだよ、侵食者め~~~っ!!

 今、教室内は朝礼がはじまる時間で、担任の教師がやってきたばかりだった。
 いつもよりもざわめきが大きめなのは、ひとえに突然の転校生の存在が原因だ。

 教卓の横には、担任とともにひとりの生徒が立っている。
 肩までかかるクセのないピンクの髪と、水色の瞳がいろどるタレ気味で愛嬌のある目もと。
 そして背はあまり高くはなく、楚々とした美人というよりは、小さいけれど元気いっぱいでかわいらしいと言いたくなるような生徒だった。

 あぁ、まちがいない、外見的特徴は『星華の刻』のヒロイン、ベル・パプリカのそれを備えている。
 だけどそこには、いかんともしがたい大きな問題が横たわっていた。

「それじゃあ、皆さんにご紹介します。えー、お父上のパプリカ男爵の領地替えにともなって、本日付けで本校に転入してきたベル・パプリカです!」
 担任に紹介されたのは、この物語のヒロインとなるかわらしい男爵令嬢……ではなく、どこからどう見ても男子の制服に身をつつんだ、かわいらしいおぼっちゃんだった。

 いや、ちょっと待て!
 ベルはヒロインのはずだよな?!
 それがどうして、の制服を着て立っているんだ?!
 しかし何度目をしばたかせたところで、目の前の光景は変わる気配もない。

「ベル・パプリカです。皆さまよろしくお願いいたします!」
 目の前に立つは、それはそれは礼儀正しくあたまを下げ、それでいて元気いっぱいなごあいさつを、キレイなボーイソプラノの声でしてきた。

 うん?
 いやいやいや、おかしいだろ!
 朝からこんな幻覚を見るほど、俺はお疲れだったのか!?
 ───いやいや、それとも、実はまだ夢でも見てるんだろうか?

 でも机のしたでひそかに手の甲をつねってみても、たしかに痛みを訴えてきて、これがまぎれもない現実だと伝えてくる。
 そのせいで、顔はなんとか平静なふりをよそおっているものの、内心ではかなり焦っていた。

「それじゃあ席は窓から2列目の、いちばんうしろに座りなさい」
 そうしているうちにもゲームのなかとおなじように、セブンのとなりの席へとつくよう、担任の教師からベルが指示されていた。

  コツコツと革靴の音を立てて教室内をうしろに向かって歩いてくるベルが、俺の横をとおりすぎようとしたそのときだった。
「どういうことなの?テイラーなんて、モブのクセに……」
 かすかに聞こえた声は、憎々しげな低い声だった。
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