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9:『修正命令』発動中!

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 まるで機械で合成したかのような、不思議な声がその場に響く。
「なん、だ……?」
 だけどその声が聞こえたのは、どうやら俺だけだったらしい。
 あいかわらずモブたちはベッドの上で、ヒャッハーしながら、こちらに群がっていた。

「ん……っ!や、め……っ!」
 無遠慮に手でまさぐられ、胸もとをつままれる。
 それどころか、反対のそこには別のヤツがむしゃぶりついてなめてくるなんて……!

 マジで、腐海の洗礼をいきなり浴びせられるとかキツすぎるだろ。
 なにが悲しくて、モブレに巻き込まれなきゃいけないんだよ?!

 つーか、バカ!
 マジでヤメロって!!
 モブたちの手が、ハンパに反応しかけるにのびてきて、下着を脱がせにかかっている。
 このままじゃ、マジでヤラれるしかない、そう思ったときのことだった。

「違法薬物の使用と、ライムホルン公爵家ならびにダグラス伯爵家子息への集団暴行とは、完全に有罪確定だ」
 艶のある声が、その場に響いた。
 しかも今度は先ほどの機械的な音声とはちがって、全員に聞こえたらしい。
 わかりやすくモブたちの動きが止まった。

「この甘ったるい匂いは、おそらく指定禁止薬物の『魅了香チャーム・パフューム』だろう?」
 カツカツと足音を立てて室内へと入ってきたのは、先ほど廊下で絡まれたばかりのブレイン殿下だった。
 しかもその後ろには、何人もの制服を着て腕章をつけた生徒が連なっている。

「や、やべぇっ!風紀委員だ!逃げろ!!」
「逃がすと思うかい?お前たち、ひとりも逃さず捕らえろ!」
 パチンと指をはじく音がしたと思ったら、とたんに騒がしくなる。

 あぁクソ、ベッドがゆれる!
 マジでそれ、気持ち悪いんだよ!!
 あいかわらずガンガンと痛むあたまに、めまいもおさまる気配が見えなくて、吐き気をこらえるのがやっとだった。

「ふえぇん、怖かったよぉ~!」
「だ、大丈夫ですよ!」
 助け起こされて、さっそく甘えるパレルモ様の声が聞こえる。
 あー、もう、どうせそれを見たヤツらが、ほだされてんだろ?

「さて、こっちのほうの子は無事かな?……おやおや、やっぱりキミは咲かせ甲斐のありそうな子でしたね」
 こちらをのぞきこんでくるブレイン殿下が、楽しげに口もとをゆがめるのが、かすかに見える。

 耳鳴りもひどければめまいもひどくて、なんなら視界も砂嵐におおわれていたけれど。
 それでも、その姿はかろうじて見えた。

 どうせ俺は、純正のモブだよ!
 こんな甘ったるい匂いを嗅いだくらいで、ひとりだけ身動きすら取れなくなるような。
 俺よりもからだが小さいはずのパレルモ様は、たぶん自前の魅了の魔法で相殺できてるけど、全ステータスが月並みな俺なんて、紙防御もいいところだろ!

 なかばヤケクソ気味に、そんなことを思う。
 でもそんなことより、はるかに気になることがあった。
 それはここにがいる理由。

「………俺たちのこと、囮にしただろ?」
「おや?気づいちゃいました?」
 それはおそらく、ここに踏み込んでくるタイミングの良さをかんがえれば、すぐにわかることだった。

 だって、もともとこんなふうに乗り込んでくる気じゃなきゃ、皆おなじように風紀委員の制服を着てはいないだろうに。
 夜の点呼のときの風紀委員は、制服ではなく私服のうえに腕章だけ着用するのが習わしだ。
 ということは、最初からこの部屋のヤツらの摘発を狙ってたってことだろ?

 ましてその前にこのブレイン殿下から、パレルモ様がヤバいヤツらといっしょにいるって、タレコミがあったとしたら。
 当然のように、俺もそこに向かうに決まってる。

「いやぁ、しかしキミはおもしろいくらい薬が効いてるなぁ」
「……っん、悪かったな、どうせ耐性値低めだよ!」
 するりとほっぺたをなでられ、思わずビクリとからだがハネる。
 ヤバい、たったそれだけのことなのに、鳥肌が立ちそうだ。

「フフ、そうは言っても私のせいでもあるからね?さっきキミにキスしたついでに、ちょっと状態異常耐性にデバフをね……」
「なっ!?」
 じゃあこれは、コイツのせいだったっていうのかよ?!

 デバフ……ってことは、ただでさえ元からそれほどあるわけでもない俺の耐性値を下げやがったってことだろ?!
 なんてことしてくれてんだ、このクソ王子が!!

「だってほら、かわいい天使ちゃんが万が一にもキズモノにでもされたら大変だろ?でもまぁ、キミならいいかなって」
 そう言うブレイン殿下には反省の色なんて、まるで見えなかった。
 クソ、マジで俺のあつかいが雑ぅーー!!

 そりゃ、たしかに俺はパレルモ様との間に、主従関係のようなものがあるよ?
 彼を守るためなら、己の身を犠牲にしろと言われても仕方ないのかもしれない。

 でも───こう面と向かって、『お前なら犠牲にしてもいいと思った』と他人から言われるのは、さすがに少し傷つく。
 モブではあるけれど、俺だってこの世界に生きるひとりの人間なのに……。
 真っ向から人権を否定されたというか、モブを人とは思っておらず、便利なコマとしか見ていないと言われているようでツラかった。

 モブもふくめて『星華せいかとき』を構成する大事な要素で、その世界をスタッフみんなとつくりあげた俺にとっては、愛すべきものなのに!
 その大事にしている世界が、他人の価値観によりおとしめられ、土足で踏みつけられたような気持ちになっていた。

 その一方で、この世界には貴族間での共通認識として『爵位』というものが、そのまま家格の評価に直結していることも理解している。
 だからブレイン殿下の判断は妥当で、それを受け入れなくてはいけないことも、ちゃんと納得しなくちゃいけないんだ……!

「そんなの、わかりきったことですから……」
 だからそう、思った以上に声がふるえてしまったのは、この薬のせいなんだ───。
 そんないいわけを心のなかですると、いまだに言うことを聞いてくれないからだに小さくため息をついて、そっと目を閉じた。
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