歩美ちゃんは勝ちたい

秋谷イル

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完結編

私達の世界(2)

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 テレビは相変わらず私達を映し続けている。

『ご覧になりましたか!? 大逆転です! 木村選手、大逆転勝利を収めました!』
『お相手の女性はアユミ・オオツカ。日本の地方都市の小学校で教師をしているそうです。木村選手との出会いは小学校入学前、二人の家の近所の公園で──』
『アユミは、あの世界的に有名なスーパー学者夫婦ミキ・ナツノヒとトモヤ・ナツノヒの姪っ子。さらに実のお父さんはカガミヤグループ総帥の血縁で──』
『細けえこたあいいんだよ! 皆、あの若い二人を祝福してやろうぜ! ほらスタッフの皆も! 集まれ集まれ! 画面の中に収まれ!!』
『おめでとうムゲン! おめでとうアユーミ! 二人の未来に祝福を!』


「はあ……やっと決着がついたか」
「長かったわね。あー、肩凝った。雫さんもお疲れ様」
「木村君も親戚かあ、孤児の僕が今や大家族の一員だよ」
「これからまだまだ増えるんじゃない?」
「ふふ、木村君は三人くらい欲しいタイプよね、きっと。一姫二太郎」
「僕も負けてられないな。母さん、孫は何人欲しい?」
「ははは、時雨ならばんばん産めるだろう。サッカーチームでも目指すか」
「了解。美雨、弟と妹をいっぱい作ってあげるからね」
「あらら」
「時雨さんはこれからも大変そうだ……」


 私のスマホには次から次にメッセージ。学校の連絡網グループにまで。生徒と保護者の皆さんからだ。
『おめでとうございます先生!』
『おめでとう!』
『先生、超有名人になっちゃった』
『まさかお辞めになったりしませんよね? 是非とも残って下さい』
 えっ? あの高野さんに引き留められてる? 私を一番敵視してる保護者なのに。
『うちの学校の知名度が上がりますよ。きっと生徒も増えます』
 あ、そういう理由か。自分の子が通ってる学校の格が上がるかもしれないって考えてるみたいだな。
 はあ……ま、あの人らしいか。
 あっ、今度は教職員用のグループに新着。

『まあ、お幸せに』

 ……教頭先生。今頃、私が寿退職してくれるかもってほくそ笑んでそう。戻ったらまずあの人に辞めるつもりはありませんってきっぱり言わなきゃ。


「へっくしゅん! ううー」
「あら、風邪?」
「ふざけたことを言うもんじゃないよ。夏風邪は馬鹿がひくものだ」
「嫌な人もひくのよ」
「聞いたこともないジンクスを付け足すな!」



 小梅ちゃんから電話だ。
「小梅ちゃん、もしかして見てた? えっ分娩室? って、ええっ!?」
『産まれたぞバッキャロー! めっちゃくちゃ痛かったけど産んだぞコラァ!』
「い、い、今!? たった今!?」
「え、何? リトプラ先輩? 産まれた!?」
「このタイミングで!?」
『おう! 歩美が木村にキスした時な! びっくりした拍子にぽんってよ!』
『聞いてくれ歩美ちゃん! 男の子だ! すげえ可愛い俺の息子だ!』
『孫だーーーーーーーっ! 孫が生まれた!』
『イエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!』
 はは、通さんとおじさんおばさんも大はしゃぎだ。
 私も嬉しい。
「おめでとう、小梅ちゃん!」
『ありがとよ! オメーも幸せになれ、おめでとさん!』
「ありがと。それじゃ、そろそろ戻るから切るよ」
『あっ、待て、もう一つ』
 ん?
『アタシのことは、リトルプラムって呼べ!』


「良い良い、ようやく決着がついたわ」
「スイ、おつかれさま」
「うむ」
 すぐ近くから見守っている妾達に、いつも通り歩美めは気付かぬ。契約を結ばなかった以上詮無きことだが、やはり少しばかり癪に障る。
「妾が良い感じに演出を加えてやったことを永久に知らぬというのもつまらんのう」
「でもスイ、それは──」
「構いませんよ、話してしまっても」
「!?」
 突然間近に現れた気配に妾と恵土は戦慄した。この底知れない魔力は──
「マリア・ウィンゲイト!」
「いいえ、今の私は鈴蘭。貴女達の知るマリアとは少し異なる存在です」
 チッ、こうして直に対面するのはこちらの主観で八千年ぶりか。なるべく会わぬようにしておったのだが、向こうから仕掛けられてはやはり避けようも無い。
「そう身構えないで。貴女達の契約者“零示”を殺そうとしていたのは遠い昔のこと」
「わかっておる。だが、主はその気になれば我等をたやすく滅せるであろう。それだけの力を持った敵対者をそう易々と信用できるか」
「まあ、そうね。だから私も貴女達にはなるべく干渉しないようにしていた」
「けれど、事情が変わった?」
「というより、通達。一応、貴女達は歩美ちゃんの保護者のようなものだから教えておく。これでもう心配する必要は無くなった。未来の大まかな道筋は確定したわ」
「なに?」
「歩美ちゃんが特異点化する心配は完全に払拭されたということ。この先は何が起ころうとも、その未来に辿り着く可能性だけはけっして無い」
 一瞬、何を言っているのかわからなかった。
 だが、聡明なる妾はすぐに把握する。
「お主……近頃姿が見えぬと思ったら、そのために動いておったな? 歩美の運命に楔を打ち込むために」
「ええ、これで私が幸せを掴むきっかけになった雨道さんと時雨さんへのお礼はおしまい。これ以上はなるべくここへ干渉しないことを約束する。この世界の平和は存外危うい均衡の上に成り立っている。私の力はそれを崩壊させる毒になりかねない」
 ただ……と、かつて我等と死闘を繰り広げた女は付け加える。
「たまになら来てもいいかしら? 雨道さんの一件とは関係無く、あの子や周囲の人達を気に入ってるの。娘も友達に会いたがってるし」
「……ふん、まあ、こっちも借りを作るのは気に食わん。好きにせい」
「ありがとう。それじゃあそのうちに。歩美ちゃんには、おめでとうと伝えておいて」
「はよう去ね」

 次の瞬間、鈴蘭の姿は目の前の空間からかき消えた。この時空のゆらぎ、異界渡りではないな。

「ネットワークを使った跳躍か。そういえば有色者でもあったな。昔より弱体化しているように見えたが、それでも敵には回しとうない。くわばらくわばら」
 冷や汗を拭いながら呟くと、同時に袖を引かれる。
「スイ、借りってなんのこと?」
「そんなこともわからんか」
 呆れたものよ。おつむが足りんというより、こいつは人の話を聞いておらんことが多い。そのせいじゃな。
「あやつの打ち込んだ楔によって歩美の特異点化が起こらなくなったということは、妾達が隠れて行動する必要も無いということじゃ」
「あっ、そうか」
 これまで歩美に過度に干渉せなんだは妾達の重力の影響をあやつに及ぼさんため。契約さえ結んでおったら特異点化しようがどうなろうが守ってみせる自信はあるものの、本人が平穏で平凡な生活を望んでおるのだから仕方ない。
 しかし、今なら堂々と接触できる。記憶を封じる術を解除した上でな。

「ふん、当面退屈せずに済みそうじゃ」
「歩美の周り、面白い子が多いもんね」

 まあな。しかし、あの女に感謝などせんぞ? そもそも歩美が生まれたのも、この世界が平和なのも我等が鏡矢の子を守り続けて来た結果。あやつは後から来てほんの少し手を貸していったに過ぎん。
 無論、少しばかりは大目に見てやろう。約束通りまた会いに来るが良い。その方が歩美や時雨は喜ぶであろうからな。正道もか。
「さて、歩美達が帰るまでまだ数日ある。明日早速接触してみるとして、今日のところは祝い酒でも飲みに行くか」
「オーストラリアって何がおいしいの?」
「知らん。大昔に来た時はでかいトカゲみたいなのを食ったが、あれから何百年も経っておるしな。すまーとほんで調べてくれ。美味い飯も頼むぞ。せっかくのめでたき日じゃ」

 もちろん、代金は全て雫持ちじゃ。

「かっかっかっ、久しぶりにあやつを青ざめさせるほど飲むかのう!」
「怒るかもしれない。その時は逃げるからね、僕」
 薄情なやつめ。一緒に叱られんかい。
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