歩美ちゃんは勝ちたい

秋谷イル

文字の大きさ
上 下
79 / 106
高校生編

娘と卒業と旅立ちと(1)

しおりを挟む
 私、大塚 歩美は間も無く高校を卒業する。だからなのか、この日の夢は入学してから三年間の日々を振り返っていた。
 いや、正確には入学直前の記憶が始まり。まさか中学の卒業式で木村に告白されるとは思わなかった。あの時はフッたのに、後になってまた告白されて結局付き合うことになるとも全然思っていなかった。
 本当は、ずっと前からあいつのことが好きだったんじゃないかな? でも色んな事情があって認められなかった。パパとママの別れや自分を男っぽいと思っていたこと。小学校の高学年になってからしばらく疎遠になっていたこと。他にもあれやこれや。
 一つ一つは些細な理由。でも積み重なれば自分を縛る呪いになる。
 なんてかっこつけて言ってみたけど、ようするに臆病だっただけ。私には本心から目を逸らすのに都合の良い言い訳が揃っていた。そういう話。

 木村をフッた直後にスタートした高校生活は正直ちょっと寂しかった。同じ学校に来たのはさおちゃんだけだったもん。隣の市だから顔見知りも少なかったし。
 しかもさ、一年の時はそのさおちゃんとも別のクラスになっちゃった。私、実は意外と人見知りするんだよね。全く知らない人ばかりの環境でどうしたらいいかわかんなかった。小二の時、元いた学校が廃校になって転入した時はさ、偶然にも転入先のクラスに木村とさおちゃんがいたわけじゃん。あの二人のおかげですぐにクラスに馴染めた。
 でも高校のクラスでは本当に一から人間関係を築かなきゃならない。その事実にやっぱ緊張していたんだ。
 それに最初、声をかけて来るのは男子ばかりだった。さおちゃんも言ってたよね、高校生にもなると異性に対して遠慮が無くなって来るって。がっつき始めるんだ。あれも正直苦手だった。みんな目が怖いんだもん。顔より下を見てることが多いし。

 私の周りの男の人ってさ、木村達同世代の男友達を除くと、パパと父さん、じいちゃん二人、それから友にいと友樹と吉竹おじさんくらいしかいなかったわけだよ。
 男友達はさ、男女の垣根がほとんど無かった頃からの付き合いで女子として意識されることは少なかった。木村の場合、私が気付いていないだけだったのはさておくとして。
 で、パパはほら、あんまり男の人って感じしないでしょ? うちに来て遺影を見た人もたいがい私の姉かなんかだと思い込むわけ。
 父さんの場合、私の目をまっすぐ見る。だからか仏頂面なのに感情が伝わって来やすい。あの人はもう本当に私のことが娘として可愛くて可愛くてしかたないようだ。じいちゃん達も同じだね。孫に会うたび大はしゃぎ。
 友にいの場合? こう言ったらなんだけど、どこを見ているのかわからない。目がほら、細すぎて……ごめんね友にい。多分やらしい目では見てないんじゃないかな? だいたい近くで美樹ねえが目を光らせてるから、そんなこと考えるのも怖いだろうし。
 えっと、それと吉竹おじさん。おじさんは父さんとはちょっと違って、常に私の全体を見ている感じ。職人の目って言うのかな、あの人、いつでも相手の髪型やそれに合った服装を考えてるんだと思う。会うたびに的確なアドバイスをくれるしね。ああいうところはとっても尊敬できる。
 そして友樹。父さんと同じで私の目をまっすぐ見つめて来る。高校入学後、男子達との交流にうんざりし始めていた頃、友樹と再会して気が付いた。どうして父さんが私の目を見るのかって。
 反応を知りたいんだ。表情の変化を見逃したくない。相手がどう思い、何を感じたのか察してあげたい。だから目を見て、顔を見る。
 私も友樹にそうしていた。おかげでわかったし再認識した。やっぱり私は子供に関わる仕事をしたいんだなって。子供達の成長を近くで見守りたい。応援したい。できれば一緒に成長もしていきたい。
 だから──

(ん?)

 夢の中、ぺちぺち足を叩かれる。気付くと足下に弟が立っていた。不満そうな顔。
「まーみちは!」
「忘れてなんかいないよ」
 可愛い弟を忘れるわけないでしょ。抱き上げて互いのほっぺをくっつける。すりすり。
「くしゅぐったい!」
「うーん、ヤンチャになってもこの感触は変わらない。正道は可愛いなあ」
「かーいくない!」
「そうだったね、かっこいい。すっごくもちもちでかっこいいほっぺだよ」
「んふー」
 自慢気に鼻息を噴き出す。最近この子“可愛い”って言うと怒るようになった。流石は男の子だね。日増しに父さんに似ていくし。
「あれ? 柔は?」
「しあない」
「しらないかー、じゃあ一緒に探しに行こう」
「うん!」
 正道は私の腕から飛び出し、自分の足で立って走り出した。
「ねーちゃん、こっち!」
「待って」
 知らないって言ったのに迷いなく走って行く弟。流石は夢、都合が良いや。



 しばらくして、柔を見つけた場所には、あの二人が立っていた。
「あっ、歩美ちゃーん!」
「ふふ、こっちだよ」
「ねーたん、いけめんおうじがいる」
 スカートを履いているけど柔は彼女を“王子様”と認識した。本人もそういうキャラで通しているから同意する私。
「そうだね、イケメンの王子様だね」
「お褒めに与り光栄です、姫」
 小さな手を取り、甲にキスをする勇花さん。思いがけない扱いに顔を赤くする柔。すかさず二人を撮影する千里ちゃん。
「いいね! 今度はこっちの角度からもう一枚!」
「美麗に撮ってよ彼方君?」
「あはは、二人は最初の頃から変わんないな」
 そうだよ、私の高校生活は、この二人のおかげで楽しくなり始めたんだ。



『ねえねえねえ、大塚さんだよね? 入学してからまだ一ヶ月もたってないのに、八人に告白されたってほんと?』

 ──ある日の教室、千里ちゃんが急に話しかけて来た。朝早く、たまたま他の皆はまだ来ていなかった時間。後に聞いた話によると、ずっとチャンスを窺っていたのだと言う。
 いきなりすぎて面食らいつつ頷き返す。

『え? う、うん……』
『本当だって、すごいね! 御剣ちゃんよりモテモテな子、はじめて見た!』
『みつるぎちゃん?』
『フッ、呼んだかな彼方君? この僕、御剣 勇花を!』
 次の瞬間ふぁさっと前髪をかき上げて席から立ったのは勇花さんだった。いつも教室の一番後ろの席で黙って外を眺めてるだけだったから物静かな人だと思ってたのに、一瞬にしてイメージを砕かれたよね。だって無駄にキラキラしてるんだもん。視覚的にもやかま、もとい賑やかな人なんだ。
 あの時はどうして突然豹変したのかと思ったけど、すぐにわかった。勇花さんはこれが素なんだ。そして、そのくせ私と同じで人見知りするタイプ。
 千里ちゃんは目立つ人が好きだから私と勇花さんのどちにも目をつけていた。でもって両者を引き合わせればきっと面白いことになると考えたらしい。入学してからの一ヶ月間、私の知らないところでそのために根回ししていた。主に勇花さんの説得。
『ほら御剣ちゃん、大塚ちゃんのことが気になるんでしょ! 話して話して!』
『ま、待ちたまえ彼方君。そんなぐいぐい押さないで。大塚君も戸惑ってるじゃあないか。いや、ほんと待って、心の準備が──』
『一ヶ月もモジモジしてたのにまだ足りないの!?』
『わーっ、それは言わないで!』

 ──で、私の前まで押し出された勇花さんは懐から薔薇を一輪取り出して言った。

『と、ともかく大塚君! 君とは非常に近しいものを感じるんだ。良ければ僕とお友達になってくれないかな!?』
 一見堂々と申し込んで来たけれど、目はぐるぐる膝はぶるぶる、実際のところいっぱいいっぱいなのが丸分かり。
 教師を目指している私、その瞬間にときめいた。
『なにこの可愛い生き物』
『御剣ちゃんだよ』
『み、みつるぎ ゆうかでしゅ。じゅうごしゃいでしゅ』
 ついに呂律も回らなくなった。駄目、この子は私が保護しないと。不覚にもそう思ってしまった。
 なので、薔薇を受け取ってから右手を差し出す。
『大塚 歩美です。よろしくね』
『あっ、私は彼方 千里。ついでによろしく!』

 かくして私達は友達になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

処理中です...