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高校生編
親友vs未来
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元日。あたしこと榛 沙織は親友あゆゆと共に初詣に来た。田舎の神社とはいえこの時ばかりは混雑している。二人ともここ何年かは恒例になった着物姿。慣れてない分いつもより慎重に歩く。
すると、前方から見慣れた顔が二つ歩いて来た。
「あっ、リトプラ先輩、通さん、あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
「おー、沙織と歩美じゃねえか。あけおめ~」
「おい、年始の挨拶くらいちゃんとしろって。二人ともあけましておめでとう」
コツンと先輩の頭を叩き、あたし達に向かってお辞儀する通さん。袴姿だ。隣の先輩も鮮やかな黄色い着物。多分吉竹さんがやってくれたんだろう、髪も綺麗に結い上げられている。
小突かれても先輩は怒らない。どころかもっと上機嫌に。
「えへへ、オメーらも初詣か?」
「正月の神社に他に何しに来るのさ」
苦笑交じりのあゆゆに言われ、それもそうかと頷く先輩。相変わらず可愛い。あたしはちょっと意地悪な気分で問い質す。
「先輩、神様に願掛けしました?」
初詣はお願いでなく日頃の感謝を伝える方が良いらしいけど、この人は受験生。きっと合格を願ったはず。
案の定、けれど予想外に潔く、先輩は胸を張って回答する。
「もちろん安産祈願!」
「へ?」
「え?」
「おまっ!?」
慌てて先輩の口を手で塞ぎ、あたし達の顔を交互に見る通さん。さらにそのまま左右にぶんぶん振りたくって否定。
「してない! まだしてない!」
「あ、ああ……」
そうか、先輩の勇み足か。びっくりした。あゆゆもほっと胸をなで下ろしてる。
「そりゃそうだよね、通さん真面目な人だし」
「ねえ?」
ただ、先輩と通さんの性格を知らない周囲の人達は冷たい視線を注いでいた。
「あの人、あんなちっちゃい子に……」
「事案じゃないの? 通報した方がいいかしら……」
「男の風上にも置けねえ……」
「高校生! こいつ高校生です!」
「そうだ! 誰がちっちゃい子だ! アタシはこれでも高三だぞ!」
──そうなんです、リトプラ先輩、もうすぐ卒業するんです。そして大学受験も目前に控えています。
第一志望は通さんのいるところ。というか、他には全く目もくれていない。
去年の夏、お盆のお墓参りで通さんがこっちへ来た日、先輩は三年越しの恋をとうとう成就させた。うん、あれはあたし達も散々手伝った甲斐があったよ。遠距離だけど、この様子を見るに上手くいってるみたいだね。
そして去年のクリスマスには通さんと一緒にあゆゆの家のクリスマスパーティーに出席。その場でご両親に彼氏を紹介した。
『親父、おかーさん、この人がアタシの彼氏だ!』
当然、大荒れ。吉竹さんがめっちゃめちゃ荒れた。まさかリアルで「娘が欲しかったらオレを倒してみろ!」なんてセリフを聞くことになるとは。
でも、そこからは予想外の展開に。
「あはは、もう家族公認の付き合いだもんね二人とも」
「フフン、まあな」
先輩が上機嫌な理由はそれ。通さん、本当にズバッと吉竹さんを投げ飛ばした。そして、その上で誠心誠意頭を下げて頼み込んだ。娘さんとの交際を許してくださいって。
『俺は必ず小梅さんを幸せにしてみせます!』
そしたらほら、吉竹さんって、あの豪鉄おじさんの親友でしょ? そういう真っ直ぐな言葉に弱いわけよ。一転、二人の交際を認めてくれた。血涙を流しながら「小梅を泣かせたらぶっ殺すからな」って脅してたけど。
リトプラ先輩、ますます胸を張って得意顔。
「そーそー、だから時間の問題だって。おかーさんも言ってた、男はみんなオオカミだし、どうせすぐに手を出してくるってさ」
「娘に何吹き込んでんだ、あの人!?」
「あ、でも二人って今年から同じ部屋で暮らすんでしょ?」
いわゆる同棲ね。もちろん志望校に合格できたらの話。それが同棲を許可する絶対条件だって吉竹さんに言われたそうで、先輩は最近、高校受験の時よりさらに試験勉強に打ち込んでいる。模試の判定も良かったそうだからきっと合格できるだろう。
「待て、なんで二人とも知ってんだ!?」
あゆゆに指摘され、眉毛を八の字にする通さん。
いやいや、なんでも何も──
「小梅ちゃんから聞いた」
「あたしもリトプラ先輩に聞きました」
「というかあれ、ZINEのグループで言ってたよね?」
「うん、だから他にも鼓拍と勇花さんと千里ちゃんと高徳院さんと友美ちゃんと、さらに何人かが知ってるけど」
「言うなよっ!!」
「だ、だってこいつらにいろいろ質問されて……」
「それでも言わなくていいことがあるんだよ。って、待て!」
リトプラ先輩、逃げ出しちゃった。
「着物で走るな危ない! それにこんなとこではぐれたらまた迷子になるぞ! 怒らないから待て小梅っ!!」
ごめんと一言謝り、追いかけて行く通さん。私達はその背に向かって頭を下げる。
「小梅ちゃんをよろしくお願いします」
「末永く面倒見てあげてください」
「任せろ!」
通さんは一度だけ振り返り、苦笑しながら手を振った。
長い待ち時間を経て、ようやく私達の番。お賽銭を入れて二礼二拍一礼。もう一度軽く会釈してから、すぐに後ろの人達に場所を譲る。
あとはゆっくり帰るだけ。並んで歩きながらお決まりの会話。
「あゆゆ、何をお願いした?」
「そりゃもちろん合格祈願」
「まあ、今年はそれだよね」
「さおちゃんも?」
「当然」
嘘。
(本当は、ちょっと悩んだよ)
私達はそれぞれ別の学校を受験する。小二の時からずっと同じ学校だったのにとうとう異なる進路を選んだ。
それが寂しくて、ついついろくでもない願掛けをしそうに。
吹っ切ったと思ったんだけどなあ。
「そういえばさ」
思い出したように訊ねるあゆゆ。本当はずっと気になってたくせに。
「初詣、勇馬くんとじゃなくて良かったの?」
「いーの」
勇馬くんとはあたしの彼氏。去年の秋から交際してます。
やっぱりこう、ちょっとあゆゆに似てる。中性的な美形で生真面目。一挙一動が颯爽としていて物語の王子様が飛び出してきたような存在。
そんな子に向こうから告白され、半分びっくりしながらOKしてしまった。久しぶりに。相手が相手だったというのもある。
「彼は、今日は勇花さん達と一緒に向こうの神社でお参りしてるわ」
「それもそうか」
勇馬くんの姓は御剣。
そう、勇花さんの弟である。
「さおちゃん、そのうち御剣 沙織になるのかなあ」
「まだそんなんじゃないって」
勇馬くんは有望株だけど、私はまだあゆゆを完全に吹っ切れていないし、今はお互いのことをもっと良く知っていく段階。場合によっては別れることもありえる。
それに、
「勇花さんが義理の姉になるのは……ちょっとね」
「ははは、大変そう……」
同じ生徒会メンバーになってからの激動の日々を思い返すあたし達。まだたった四ヶ月なのに十年くらい苦楽を共にしたような気がする。
今や勇花さんの支持率は絶大だ。会長選挙に当選した時を大きく上回っている。あそこまでへっぽこで、なおかつ全生徒に愛されている生徒会長は後にも先にも二度と現れまい。本来会長がすべき仕事の大半はあゆゆがやってたし、サポートしたのもあたし達。なのに勇花さんの人気だけ天井知らずのうなぎ上り。理不尽な話である。
本人に全く悪気が無いのもずるい。あの人はあの人なりに頑張ろうとしてるんだ。ただ、空回りして余計に仕事を増やしちゃうだけで。結局黙って座っててくれる方が助かる。人が好いから周囲も放ってはおけない。
最近、時雨さんの気持ちがよくわかる。雫さんも絶対勇花さんタイプでしょあれ。カガミヤの皆さんは苦労してるだろうな……。
なのに、なんであたしはそんな茨の道へ飛び込もうとしてるのやら。親友と離れ離れになってまで。
「大学、合格できたらいいね」
「うん」
そしたら、あゆゆは先生になるため東京の短大へ。あたしは神奈川にある技術系の学校に進学する。
今のあたしの目標はカガミヤグループに入社すること。
去年の夏休み、あゆゆの友達として招待されカガミヤ本社を見学した。その時、やっとあたしも夢を持てた。
それまでは悩んでいた。あゆゆと一緒に先生になろうかなって。でも別に私は教育者になりたいわけじゃない。子供と接する仕事がしたいっていう、あゆゆみたいな動機も無い。それなのに先生になっていいのかなって。
そんなあたしのうじうじした悩みを吹き飛ばすパワーがあの会社にはあった。物作りに全力で打ち込んでいる人達を見て心を打たれた。
ああなりたい。あんな風に輝きたい。
でなきゃあたしは、これからますます眩しくなっていくこの子の隣にいられない。
もちろんカガミヤの社員になれば、あゆゆとの繋がりを保てるという打算もある。結局あたしはそういうやつだ。それに雫さんと時雨さんに気に入られてるから入社に当たって多少の口利きもしてもらえるかもしれない。
(卑怯でもなんでもいい。絶対カガミヤの社員になる。あゆゆとの繋がりを保ち続ける)
あたしはあゆゆの彼氏や彼女にはなれない。そんなことはとっくにわかってる。自分がそれを望んでいるわけではないことも、最近やっと自覚できた。
もしあゆゆに彼氏ができたって、別れることはあるだろう。結婚したって離婚するかもしれない。
でも、親友はずっと親友だ。
このポジションだけは誰にも絶対譲らない。
「沙織さん!」
「えっ?」
突然の声にびっくりした。振り返ったあたし達の前で一人の少年が立ち止まる。
「あ、あけまして、おめでとうございます」
「勇馬くん!?」
息も絶え絶えに年始の挨拶をしたのは、さっき話題に出たあたしの彼氏。勇花さんの弟の勇馬くんだった。何度見てもお姉さんによく似てる。性格は全然違うんだけど。
何故か制服姿だ。
「どうしてここに?」
「もちろん、沙織さんに会いたかったからです」
──訂正。こういうセリフがすんなり口をついて出るとこは良く似ている。
「えっと、じゃあ、私はこれで」
こらこらあゆゆ。そういうあからさまな気の遣い方はしなくていい。
「いいからいてよ」
「そうです、お邪魔したのは自分なので気にしないでください。それに自分は、もう帰ります。どうぞお二人でごゆっくり」
って、君もとんぼ帰りなんかしなくていいから。あたしは親友と彼氏の腕を掴んで引き寄せる。
「なんか用事あるの?」
「い、いえ」
「なら、君も我が家へ来なさい」
「え? いいんですか?」
「さおちゃんがいいって言ってるんだし、いいんじゃないかな」
「そうそう。ついでにうちのお父さんとお母さんと妹とおばあちゃんにも紹介してあげるからおいで」
長い付き合いになるかはわかんないけどさ。
「ああ、緊張します……正装してきて良かった……」
まさかこうなることを予想して制服を着て来たの? だとしたら案外食わせ者かもしれない。
あ、でも、あたしにはむしろそういう奴の方が合ってるのか?
なんにせよ期待はしてる。応えてみせてよ男の子。
年始め 両手に花で 道歩く
「さーて、今年も頑張るか」
「さおちゃん、ちょっとおじさんぽい」
「いえ、気合の入るお言葉です。自分も頑張ります」
「ん~」
今のは、あゆゆの反応の方が正解。
もう少し肩の力を抜きたまえよ、少年。
すると、前方から見慣れた顔が二つ歩いて来た。
「あっ、リトプラ先輩、通さん、あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
「おー、沙織と歩美じゃねえか。あけおめ~」
「おい、年始の挨拶くらいちゃんとしろって。二人ともあけましておめでとう」
コツンと先輩の頭を叩き、あたし達に向かってお辞儀する通さん。袴姿だ。隣の先輩も鮮やかな黄色い着物。多分吉竹さんがやってくれたんだろう、髪も綺麗に結い上げられている。
小突かれても先輩は怒らない。どころかもっと上機嫌に。
「えへへ、オメーらも初詣か?」
「正月の神社に他に何しに来るのさ」
苦笑交じりのあゆゆに言われ、それもそうかと頷く先輩。相変わらず可愛い。あたしはちょっと意地悪な気分で問い質す。
「先輩、神様に願掛けしました?」
初詣はお願いでなく日頃の感謝を伝える方が良いらしいけど、この人は受験生。きっと合格を願ったはず。
案の定、けれど予想外に潔く、先輩は胸を張って回答する。
「もちろん安産祈願!」
「へ?」
「え?」
「おまっ!?」
慌てて先輩の口を手で塞ぎ、あたし達の顔を交互に見る通さん。さらにそのまま左右にぶんぶん振りたくって否定。
「してない! まだしてない!」
「あ、ああ……」
そうか、先輩の勇み足か。びっくりした。あゆゆもほっと胸をなで下ろしてる。
「そりゃそうだよね、通さん真面目な人だし」
「ねえ?」
ただ、先輩と通さんの性格を知らない周囲の人達は冷たい視線を注いでいた。
「あの人、あんなちっちゃい子に……」
「事案じゃないの? 通報した方がいいかしら……」
「男の風上にも置けねえ……」
「高校生! こいつ高校生です!」
「そうだ! 誰がちっちゃい子だ! アタシはこれでも高三だぞ!」
──そうなんです、リトプラ先輩、もうすぐ卒業するんです。そして大学受験も目前に控えています。
第一志望は通さんのいるところ。というか、他には全く目もくれていない。
去年の夏、お盆のお墓参りで通さんがこっちへ来た日、先輩は三年越しの恋をとうとう成就させた。うん、あれはあたし達も散々手伝った甲斐があったよ。遠距離だけど、この様子を見るに上手くいってるみたいだね。
そして去年のクリスマスには通さんと一緒にあゆゆの家のクリスマスパーティーに出席。その場でご両親に彼氏を紹介した。
『親父、おかーさん、この人がアタシの彼氏だ!』
当然、大荒れ。吉竹さんがめっちゃめちゃ荒れた。まさかリアルで「娘が欲しかったらオレを倒してみろ!」なんてセリフを聞くことになるとは。
でも、そこからは予想外の展開に。
「あはは、もう家族公認の付き合いだもんね二人とも」
「フフン、まあな」
先輩が上機嫌な理由はそれ。通さん、本当にズバッと吉竹さんを投げ飛ばした。そして、その上で誠心誠意頭を下げて頼み込んだ。娘さんとの交際を許してくださいって。
『俺は必ず小梅さんを幸せにしてみせます!』
そしたらほら、吉竹さんって、あの豪鉄おじさんの親友でしょ? そういう真っ直ぐな言葉に弱いわけよ。一転、二人の交際を認めてくれた。血涙を流しながら「小梅を泣かせたらぶっ殺すからな」って脅してたけど。
リトプラ先輩、ますます胸を張って得意顔。
「そーそー、だから時間の問題だって。おかーさんも言ってた、男はみんなオオカミだし、どうせすぐに手を出してくるってさ」
「娘に何吹き込んでんだ、あの人!?」
「あ、でも二人って今年から同じ部屋で暮らすんでしょ?」
いわゆる同棲ね。もちろん志望校に合格できたらの話。それが同棲を許可する絶対条件だって吉竹さんに言われたそうで、先輩は最近、高校受験の時よりさらに試験勉強に打ち込んでいる。模試の判定も良かったそうだからきっと合格できるだろう。
「待て、なんで二人とも知ってんだ!?」
あゆゆに指摘され、眉毛を八の字にする通さん。
いやいや、なんでも何も──
「小梅ちゃんから聞いた」
「あたしもリトプラ先輩に聞きました」
「というかあれ、ZINEのグループで言ってたよね?」
「うん、だから他にも鼓拍と勇花さんと千里ちゃんと高徳院さんと友美ちゃんと、さらに何人かが知ってるけど」
「言うなよっ!!」
「だ、だってこいつらにいろいろ質問されて……」
「それでも言わなくていいことがあるんだよ。って、待て!」
リトプラ先輩、逃げ出しちゃった。
「着物で走るな危ない! それにこんなとこではぐれたらまた迷子になるぞ! 怒らないから待て小梅っ!!」
ごめんと一言謝り、追いかけて行く通さん。私達はその背に向かって頭を下げる。
「小梅ちゃんをよろしくお願いします」
「末永く面倒見てあげてください」
「任せろ!」
通さんは一度だけ振り返り、苦笑しながら手を振った。
長い待ち時間を経て、ようやく私達の番。お賽銭を入れて二礼二拍一礼。もう一度軽く会釈してから、すぐに後ろの人達に場所を譲る。
あとはゆっくり帰るだけ。並んで歩きながらお決まりの会話。
「あゆゆ、何をお願いした?」
「そりゃもちろん合格祈願」
「まあ、今年はそれだよね」
「さおちゃんも?」
「当然」
嘘。
(本当は、ちょっと悩んだよ)
私達はそれぞれ別の学校を受験する。小二の時からずっと同じ学校だったのにとうとう異なる進路を選んだ。
それが寂しくて、ついついろくでもない願掛けをしそうに。
吹っ切ったと思ったんだけどなあ。
「そういえばさ」
思い出したように訊ねるあゆゆ。本当はずっと気になってたくせに。
「初詣、勇馬くんとじゃなくて良かったの?」
「いーの」
勇馬くんとはあたしの彼氏。去年の秋から交際してます。
やっぱりこう、ちょっとあゆゆに似てる。中性的な美形で生真面目。一挙一動が颯爽としていて物語の王子様が飛び出してきたような存在。
そんな子に向こうから告白され、半分びっくりしながらOKしてしまった。久しぶりに。相手が相手だったというのもある。
「彼は、今日は勇花さん達と一緒に向こうの神社でお参りしてるわ」
「それもそうか」
勇馬くんの姓は御剣。
そう、勇花さんの弟である。
「さおちゃん、そのうち御剣 沙織になるのかなあ」
「まだそんなんじゃないって」
勇馬くんは有望株だけど、私はまだあゆゆを完全に吹っ切れていないし、今はお互いのことをもっと良く知っていく段階。場合によっては別れることもありえる。
それに、
「勇花さんが義理の姉になるのは……ちょっとね」
「ははは、大変そう……」
同じ生徒会メンバーになってからの激動の日々を思い返すあたし達。まだたった四ヶ月なのに十年くらい苦楽を共にしたような気がする。
今や勇花さんの支持率は絶大だ。会長選挙に当選した時を大きく上回っている。あそこまでへっぽこで、なおかつ全生徒に愛されている生徒会長は後にも先にも二度と現れまい。本来会長がすべき仕事の大半はあゆゆがやってたし、サポートしたのもあたし達。なのに勇花さんの人気だけ天井知らずのうなぎ上り。理不尽な話である。
本人に全く悪気が無いのもずるい。あの人はあの人なりに頑張ろうとしてるんだ。ただ、空回りして余計に仕事を増やしちゃうだけで。結局黙って座っててくれる方が助かる。人が好いから周囲も放ってはおけない。
最近、時雨さんの気持ちがよくわかる。雫さんも絶対勇花さんタイプでしょあれ。カガミヤの皆さんは苦労してるだろうな……。
なのに、なんであたしはそんな茨の道へ飛び込もうとしてるのやら。親友と離れ離れになってまで。
「大学、合格できたらいいね」
「うん」
そしたら、あゆゆは先生になるため東京の短大へ。あたしは神奈川にある技術系の学校に進学する。
今のあたしの目標はカガミヤグループに入社すること。
去年の夏休み、あゆゆの友達として招待されカガミヤ本社を見学した。その時、やっとあたしも夢を持てた。
それまでは悩んでいた。あゆゆと一緒に先生になろうかなって。でも別に私は教育者になりたいわけじゃない。子供と接する仕事がしたいっていう、あゆゆみたいな動機も無い。それなのに先生になっていいのかなって。
そんなあたしのうじうじした悩みを吹き飛ばすパワーがあの会社にはあった。物作りに全力で打ち込んでいる人達を見て心を打たれた。
ああなりたい。あんな風に輝きたい。
でなきゃあたしは、これからますます眩しくなっていくこの子の隣にいられない。
もちろんカガミヤの社員になれば、あゆゆとの繋がりを保てるという打算もある。結局あたしはそういうやつだ。それに雫さんと時雨さんに気に入られてるから入社に当たって多少の口利きもしてもらえるかもしれない。
(卑怯でもなんでもいい。絶対カガミヤの社員になる。あゆゆとの繋がりを保ち続ける)
あたしはあゆゆの彼氏や彼女にはなれない。そんなことはとっくにわかってる。自分がそれを望んでいるわけではないことも、最近やっと自覚できた。
もしあゆゆに彼氏ができたって、別れることはあるだろう。結婚したって離婚するかもしれない。
でも、親友はずっと親友だ。
このポジションだけは誰にも絶対譲らない。
「沙織さん!」
「えっ?」
突然の声にびっくりした。振り返ったあたし達の前で一人の少年が立ち止まる。
「あ、あけまして、おめでとうございます」
「勇馬くん!?」
息も絶え絶えに年始の挨拶をしたのは、さっき話題に出たあたしの彼氏。勇花さんの弟の勇馬くんだった。何度見てもお姉さんによく似てる。性格は全然違うんだけど。
何故か制服姿だ。
「どうしてここに?」
「もちろん、沙織さんに会いたかったからです」
──訂正。こういうセリフがすんなり口をついて出るとこは良く似ている。
「えっと、じゃあ、私はこれで」
こらこらあゆゆ。そういうあからさまな気の遣い方はしなくていい。
「いいからいてよ」
「そうです、お邪魔したのは自分なので気にしないでください。それに自分は、もう帰ります。どうぞお二人でごゆっくり」
って、君もとんぼ帰りなんかしなくていいから。あたしは親友と彼氏の腕を掴んで引き寄せる。
「なんか用事あるの?」
「い、いえ」
「なら、君も我が家へ来なさい」
「え? いいんですか?」
「さおちゃんがいいって言ってるんだし、いいんじゃないかな」
「そうそう。ついでにうちのお父さんとお母さんと妹とおばあちゃんにも紹介してあげるからおいで」
長い付き合いになるかはわかんないけどさ。
「ああ、緊張します……正装してきて良かった……」
まさかこうなることを予想して制服を着て来たの? だとしたら案外食わせ者かもしれない。
あ、でも、あたしにはむしろそういう奴の方が合ってるのか?
なんにせよ期待はしてる。応えてみせてよ男の子。
年始め 両手に花で 道歩く
「さーて、今年も頑張るか」
「さおちゃん、ちょっとおじさんぽい」
「いえ、気合の入るお言葉です。自分も頑張ります」
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