32 / 106
中学生編
親友vs幻
しおりを挟む
「うわっ、なんか暗いなあの人」
「え?」
三年の上尾先輩とデート中、ショッピングに来た百貨店。空腹を訴える先輩のため三階のフードコートまで来てみたら、見覚えのある人がどんより曇った顔でパフェをつついていた。あまりの淀んだ空気に周囲の人達からも距離を置かれてしまっている。
「美人でも根暗は嫌だな。やっぱ女子は明るくないと」
人前で、しかも当の本人に聞こえそうな声で貶す先輩。まるで「お前は違うからな」と言わんばかりの態度で気安く肩に腕を回して来たのでぺいっと払いのける。
「やっぱ駄目ですね、先輩とは付き合えません」
「え?」
「さよなら」
ひらひら手を振り、驚いて硬直した彼を置き去りにその場を離れる。突然振られた彼を見て誰かがクスクス笑う声が聴こえて来た。因果応報ってやつよ。
一応、彼がついて来ないか確認するため同じフロアをぐるっと一周し、完全に姿が無くなったことを確認した後でフードコートへ戻る。コーヒーを買い、さっき見つけたあの人の元へ。
他にも席は空いてるけど、対面の椅子に手をかけて訊ねた。
「相席してもいいですか?」
「え? あ、はい、どうぞ」
相変わらず美味しくなさそうにもそもそパフェを食べていたその人は、一瞬顔を上げて頷いてから、すぐに気まずそうに視線を落とす。
そういえばと気が付くあたし。あたしたちの関係はこっちが一方的にこの人を知ってるだけだった。最近よく話を聞くもんで、すっかり知り合いみたいな気分でいたよ。
「あの……私、榛 沙織っていいます」
「はあ……ん?」
驚いて再び顔を上げる彼女。この反応、名前くらいはあゆゆから聞いていたのかもしれない。
「時雨さんですよね? あゆゆ──大塚 歩美の親戚の。私、彼女の友達です」
「ああっ!」
「お休みなんですか?」
今日は日曜だけれど、社会人なら休みとは限らない。私の質問に彼女はやっぱりいいえと頭を振った。
「仕事でこの近くまで来まして。後はもう直帰するだけだから、ついでに甘味でも食べて行こうかと」
「へえ……ここ、よく来るんですか?」
「初めてですよ。神住市のスイーツランキングで上位だったので」
と、彼女はスマホの画面を見せる。なるほど、たしかに時雨さんの背後にある店の名前。ここ、そんなに評判良かったんだ。
「それ美味しいですか?」
「美味しいです」
頷いて、また一口食べる時雨さん。言葉の割に美味しそうに見えないのはやっぱり眉間の皺のせいだろう。あれじゃ本人もしっかり味わえてないんじゃないかな?
「あの……不躾ですが、何か悩み事でも?」
「……」
沈黙されてしまった。余計なこと訊いちゃったかな?
やがて彼女はスプーンを置き、より沈痛な面持ちで呟く。
「中学生にまで心配させてしまった……」
「いえいえ、少し気になっただけですから。表情が暗かったので何か辛いことでもあったのかな、なんて! ほんと、それだけですよ?」
慌ててフォローするあたし。あゆゆの親戚だけあって、この人も結構変わってるな。
すると時雨さんはスプーンを置き、深刻な顔のままで前置いた。
「大したことではないんです」
あ、やっぱり悩み事はあるんだ。そしてそれを中学生のあたしに話してくれるんだ。
やばい、ちょっと可愛いかも。
「もうすぐ正道くんと柔ちゃんの誕生日なので……何を贈ろうかと、ここ一ヶ月ほど考え続けていまして」
「なるほど」
納得しかない。いやほんと流石あゆゆの親戚。今、ものすごくあの子との血の繋がりを感じたよ。あゆゆも九月からあの二人の誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントのことを考えてたもん。
──という事実を伝えると、時雨さんは驚き頬を赤く染める。目が丸くなり、代わりに眉間の皺が消えた。
「歩美ちゃんが、私と同じことを?」
「やっぱり顔だけじゃなく、性格もどこかで似るもんなんですね」
「そ、そうですか……そうか……」
うわ~嬉しそう。そしてほんと可愛いなこの人。こんだけ美人さんなんだし、あゆゆのパパのことが無かったら今頃は誰かと結婚して子供を産んで、子供好きの良いお母さんになってたのかも。
そう思うと少し切ない。不安も感じた。あゆゆも一歩間違ったら時雨さんみたいに思いつめた表情ばかりの人生になってしまうのでは?
そんな意識から、ついついまた余計な質問を投げかけてしまう。
「時雨さんって、誰かとお付き合いしたことあります?」
「え?」
「ええと、そのですね──」
馬鹿なことを訊いたと気が付き、誤魔化すための言葉を選ぶ。そうだ、こういうことにしちゃお。
「実は私、誰と付き合っても長続きしなくて。だからその、年上の女の人に相談してみたかったというか。お母さんや学校の先輩は身近すぎてこういう話をし辛いけど、時雨さんとならまだ知り合ったばかりですし」
「な、なるほど」
納得してくれたらしく、彼女は頷いて、それからごくりと唾を飲む。あ、これほとんど経験無いな。
「最近の中学生は進んでますね……」
「いや、多分私が特殊な方だと思うんです。あはは」
諸事情あってもう何人もの男子と交際してきたからね。一度も、本気だったことは無いくせに。
時雨さんは気まずそうに、もじもじしながら視線を逸らす。
「私は、その……お恥ずかしながら男性と交際した経験は無く、申し訳ありませんがお役には立てないと思います」
「いえ、急に変な相談をした私が悪いんですし」
あたしはそこで話を打ち切ろうとした。プレゼントに関するアドバイスでもしようかなと思っていたけれど、そういう空気じゃ無くなっちゃったし、今回はやっぱりここまでにしよう。そう決めて立ち上がりかける。
でも、ほんの少し腰を浮かせたところで再び時雨さんの唇が動く。
「弟が、言っていたのですが……」
「……はい」
あゆゆの亡くなったパパさん。その言葉が聞けるならと、そのまま耳を傾ける。
「運命の人に出会った瞬間、心に熱が生じたそうです。最初は小さくて、すぐには理由がわからなかった。けれど交流を重ね、時を経るごとに熱は高まり大きくなっていき、気が付けば他の誰より胸を焦がす存在になっていた。そんな風に聞かされました。
だから、その……今まで沙織さんがどのような恋をしてきたのか存じませんが、すぐに答えを決めつけず、じっくり相手を見てあげることも大切だと思います。さっきのような態度では、あの子も傷付いてしまったでしょうし」
「……見てたんですか」
「見覚えのある子だなと思って、すいません」
「いえ……こちらこそ、彼が失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
「ああいう言葉は慣れてますから。それよりあなたが怒ってくれたことの方が嬉しかったです。ありがとう」
「はは……」
可愛いなんて思ったことが恥ずかしい。結局あたしも彼と同じか。上から目線でこの人に接してしまっていたと気付いた。でも実際には、当たり前だけど時雨さんの方がずっと大人だった。
だから、やっぱりこれはおかしいよ。
「あの……私は子供ですし敬語はやめてください」
「これは昔からの習い性でして……」
「じゃあ、あゆゆに対してもそんな風に?」
「え? はい」
「なら、なおさらやめた方がいいです。あゆゆはあなたに歩み寄ろうとしてます。本当はもっと仲良くなりたいんです。だから時雨さんの方からも間にある壁を取り除いてあげてください」
「……」
時雨さんはまた黙り込んでしまった。けれど、あたしは確信している。あたしの親友に良く似たこの人なら、きっと──
「……わ……かった」
ぎこちなく、たどたどしく、引き攣った笑みを浮かべて顔を上げる。きっと本当に敬語を使わず話した経験が少ないんだろう。
「こ、こんな風で、いい? がんばってみま……みるよ」
「練習は必要だけど、いいと思います」
時雨さんと別れ、百貨店を出た直後──辺りから人気が無くなったところで急に右腕を掴まれ、ビルとビルの間に引き込まれた。
「おい!」
壁際へ追い詰められ、二十センチ以上背が高い男子に嬉しくない壁ドンをされる。
「さっきのなんなんだよ!? 付き合ってくれって言ったのはそっちだろ!」
「先輩……! ちょっ、離して……!」
しまった、あたしがどこに行ったかわからないから出口で待ち伏せしていたのか。振り解こうとするものの流石は野球部。腕力じゃ全く敵わない。
「自分から告白しといて急に振るとかふざけんなよ! あんな人前で赤っ恥までかかせやがって……!」
「さ、先に人を馬鹿にしたのはあんたでしょ!」
「はあ? 俺が誰を──」
「離しなさい」
「は?」
「へっ?」
いつの間にか路地の奥に時雨さんが現れていた。入口にあたし達がいるのにどうやってそこへ……?
「その子から手を離しなさい。そしてすぐに立ち去ることです。大人しく従うなら不問にします」
「あ、あの人……さっきの……」
どうやら先輩も、相手が自分の馬鹿にした女性だと気付いたらしい。気まずそうな顔になる。
「お前、あの人の知り合いなの……?」
「あゆゆの、伯母さん」
「……そうか」
色々合点がいったようで自分から手を離す先輩。意外と潔い。そうだよ、良いところもあるんだ。だから試してみたんだけど──
私も、悪かったかな。
「……告白したのは、あゆゆのため」
「は?」
「先輩、あの子のこと狙ってたでしょ。でもあたし、あゆゆには本当に良い人とだけ付き合って欲しいの。だから先に告白して、先輩がどう出るか試してみた」
「じゃあ、まさかお前……」
目を見開く先輩。あたしがこれまで何人もの男子と付き合ってきたことは当然知ってるだろうね。正直に認める。
「そう、全部じゃないけど半分以上はあゆゆ目当ての男子をテストするために、あたしの方から告白した」
「……なんだそれ。もういいよ、お前、なんか気持ち悪ぃ」
その一言はぐさっとあたしに突き刺さる。
まあ、これも因果応報だ。
「あの、さっきはすんませんした!」
時雨さんに対し頭を下げる先輩。
彼女は小さく頷く。
「うん、私はそれでいい。でも彼女にも謝りなさい。女の子に、いや誰に対しても言っていい言葉じゃない」
叱られた先輩は一瞬ぐっと拳を握ってから、すぐに力を抜いて振り返った。
「ですね……ごめん」
「いや……」
あたしは謝られる資格なんか無いし。ともかく、先輩は意気消沈した様子で先に路地を出て行く。
すぐに時雨さんが駆け寄って来た。
「大丈夫? 店を出る時、彼が君の後をつけていくのが見えたから、念の為に追いかけて来たんだけど」
「あ、はい。いざとなったらこれ、使うつもりでしたし」
カバンの中に突っ込んでいた左手を抜き出す。そこには痴漢撃退用の唐辛子スプレーが握られていた。ぎょっと驚く時雨さん。
「君、まさか……」
「はは、さっきの話、聞いてたでしょ? たまにあるんです、こういうこと」
翌日、学校。
廊下で上尾先輩とすれ違ったものの、特に何も言われなかった。ただ、あたしとは目を合わせようともしなかったけれど。
一日、あちこちから聴こえて来る声に耳をそばだててみた。でも、嫌な噂が流れたりもしていない。先輩はあたしの悪口を吹聴したりはしていないようだ。今まで付き合った他の男子達も同じだった。多分、自分もまた本命の女子を差し置いて告白してきた別の女子と付き合ったという負い目を感じてるのだと思う。
あの後、時雨さんにこんこんと説教された。もう馬鹿な真似はよしなさいと。
たしかに潮時かも。来年は受験生だし、あたしがどんなに露払いをしたって、あゆゆもいつかは誰かと恋に落ちる。それを止める術はあたしには無い。
悔しいけど、あたしは友達として祝福しなきゃならないんだ。
「恋愛か……」
部の後輩が前にあゆゆに告白した。結局あいつも別の男子と付き合い始めたわけだけど、女の子同士の恋というものも今は結構容認されている。
ただ、あたしがしたいのはそれじゃない。あたしが好きになってしまったのはあくまで“男子のあゆみ”で女の子じゃない。
女の子のあゆゆとは友達以上にはなれない。大好きだけど、これは恋じゃない。あたしは今も、あの頃の幻に恋焦がれたまま。
時雨さんにも先輩にも言わなかったけど、たくさんの男子と付き合ってるのは探してるからでもあるんだよね。あの頃のあゆゆを忘れさせてくれるくらいかっこいい男の子を。
「あーあ、どっかに落ちてないかなあ、美少年」
「唐突に何を言ってるのさ」
呆れ顔で近付いて来る親友。本当にもう、この子が男の子だったら万事解決なのに。
「なんでもない。それより昨日、時雨さんに会ったよ」
「えっ? なんで?」
びっくり顔に気を良くしたあたしは昨日のことを語り出す。もちろん余計な部分は全部省いて。
しかめっ面でパフェを食べていたことや、双子ちゃんの誕生日プレゼントで悩んでいたことを聞いたら、あゆゆは涙目になるほど笑ってくれた。
「あはは、時雨さんらしいや」
「あんたも似たようなもんでしょ」
苦笑するあたし。両方の笑顔の力で少し心が軽くなった。
先輩の言うことも一理ある。
「女子は明るい方がいい、か。たしかに、できれば笑っていたいね」
「なんの話?」
「そりゃ、新しい恋の話」
「え~、また別れたの? さおちゃん、もっとじっくり付き合ってよ。恋愛相談とか受けたいよ~」
はは、こやつめ。思わず豪鉄おじさんになってしまう。
「十年早い! せめて一人くらい付き合ってから言え!!」
そしたらあたしも、吹っ切れるかもしんないでしょ?
「え?」
三年の上尾先輩とデート中、ショッピングに来た百貨店。空腹を訴える先輩のため三階のフードコートまで来てみたら、見覚えのある人がどんより曇った顔でパフェをつついていた。あまりの淀んだ空気に周囲の人達からも距離を置かれてしまっている。
「美人でも根暗は嫌だな。やっぱ女子は明るくないと」
人前で、しかも当の本人に聞こえそうな声で貶す先輩。まるで「お前は違うからな」と言わんばかりの態度で気安く肩に腕を回して来たのでぺいっと払いのける。
「やっぱ駄目ですね、先輩とは付き合えません」
「え?」
「さよなら」
ひらひら手を振り、驚いて硬直した彼を置き去りにその場を離れる。突然振られた彼を見て誰かがクスクス笑う声が聴こえて来た。因果応報ってやつよ。
一応、彼がついて来ないか確認するため同じフロアをぐるっと一周し、完全に姿が無くなったことを確認した後でフードコートへ戻る。コーヒーを買い、さっき見つけたあの人の元へ。
他にも席は空いてるけど、対面の椅子に手をかけて訊ねた。
「相席してもいいですか?」
「え? あ、はい、どうぞ」
相変わらず美味しくなさそうにもそもそパフェを食べていたその人は、一瞬顔を上げて頷いてから、すぐに気まずそうに視線を落とす。
そういえばと気が付くあたし。あたしたちの関係はこっちが一方的にこの人を知ってるだけだった。最近よく話を聞くもんで、すっかり知り合いみたいな気分でいたよ。
「あの……私、榛 沙織っていいます」
「はあ……ん?」
驚いて再び顔を上げる彼女。この反応、名前くらいはあゆゆから聞いていたのかもしれない。
「時雨さんですよね? あゆゆ──大塚 歩美の親戚の。私、彼女の友達です」
「ああっ!」
「お休みなんですか?」
今日は日曜だけれど、社会人なら休みとは限らない。私の質問に彼女はやっぱりいいえと頭を振った。
「仕事でこの近くまで来まして。後はもう直帰するだけだから、ついでに甘味でも食べて行こうかと」
「へえ……ここ、よく来るんですか?」
「初めてですよ。神住市のスイーツランキングで上位だったので」
と、彼女はスマホの画面を見せる。なるほど、たしかに時雨さんの背後にある店の名前。ここ、そんなに評判良かったんだ。
「それ美味しいですか?」
「美味しいです」
頷いて、また一口食べる時雨さん。言葉の割に美味しそうに見えないのはやっぱり眉間の皺のせいだろう。あれじゃ本人もしっかり味わえてないんじゃないかな?
「あの……不躾ですが、何か悩み事でも?」
「……」
沈黙されてしまった。余計なこと訊いちゃったかな?
やがて彼女はスプーンを置き、より沈痛な面持ちで呟く。
「中学生にまで心配させてしまった……」
「いえいえ、少し気になっただけですから。表情が暗かったので何か辛いことでもあったのかな、なんて! ほんと、それだけですよ?」
慌ててフォローするあたし。あゆゆの親戚だけあって、この人も結構変わってるな。
すると時雨さんはスプーンを置き、深刻な顔のままで前置いた。
「大したことではないんです」
あ、やっぱり悩み事はあるんだ。そしてそれを中学生のあたしに話してくれるんだ。
やばい、ちょっと可愛いかも。
「もうすぐ正道くんと柔ちゃんの誕生日なので……何を贈ろうかと、ここ一ヶ月ほど考え続けていまして」
「なるほど」
納得しかない。いやほんと流石あゆゆの親戚。今、ものすごくあの子との血の繋がりを感じたよ。あゆゆも九月からあの二人の誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントのことを考えてたもん。
──という事実を伝えると、時雨さんは驚き頬を赤く染める。目が丸くなり、代わりに眉間の皺が消えた。
「歩美ちゃんが、私と同じことを?」
「やっぱり顔だけじゃなく、性格もどこかで似るもんなんですね」
「そ、そうですか……そうか……」
うわ~嬉しそう。そしてほんと可愛いなこの人。こんだけ美人さんなんだし、あゆゆのパパのことが無かったら今頃は誰かと結婚して子供を産んで、子供好きの良いお母さんになってたのかも。
そう思うと少し切ない。不安も感じた。あゆゆも一歩間違ったら時雨さんみたいに思いつめた表情ばかりの人生になってしまうのでは?
そんな意識から、ついついまた余計な質問を投げかけてしまう。
「時雨さんって、誰かとお付き合いしたことあります?」
「え?」
「ええと、そのですね──」
馬鹿なことを訊いたと気が付き、誤魔化すための言葉を選ぶ。そうだ、こういうことにしちゃお。
「実は私、誰と付き合っても長続きしなくて。だからその、年上の女の人に相談してみたかったというか。お母さんや学校の先輩は身近すぎてこういう話をし辛いけど、時雨さんとならまだ知り合ったばかりですし」
「な、なるほど」
納得してくれたらしく、彼女は頷いて、それからごくりと唾を飲む。あ、これほとんど経験無いな。
「最近の中学生は進んでますね……」
「いや、多分私が特殊な方だと思うんです。あはは」
諸事情あってもう何人もの男子と交際してきたからね。一度も、本気だったことは無いくせに。
時雨さんは気まずそうに、もじもじしながら視線を逸らす。
「私は、その……お恥ずかしながら男性と交際した経験は無く、申し訳ありませんがお役には立てないと思います」
「いえ、急に変な相談をした私が悪いんですし」
あたしはそこで話を打ち切ろうとした。プレゼントに関するアドバイスでもしようかなと思っていたけれど、そういう空気じゃ無くなっちゃったし、今回はやっぱりここまでにしよう。そう決めて立ち上がりかける。
でも、ほんの少し腰を浮かせたところで再び時雨さんの唇が動く。
「弟が、言っていたのですが……」
「……はい」
あゆゆの亡くなったパパさん。その言葉が聞けるならと、そのまま耳を傾ける。
「運命の人に出会った瞬間、心に熱が生じたそうです。最初は小さくて、すぐには理由がわからなかった。けれど交流を重ね、時を経るごとに熱は高まり大きくなっていき、気が付けば他の誰より胸を焦がす存在になっていた。そんな風に聞かされました。
だから、その……今まで沙織さんがどのような恋をしてきたのか存じませんが、すぐに答えを決めつけず、じっくり相手を見てあげることも大切だと思います。さっきのような態度では、あの子も傷付いてしまったでしょうし」
「……見てたんですか」
「見覚えのある子だなと思って、すいません」
「いえ……こちらこそ、彼が失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
「ああいう言葉は慣れてますから。それよりあなたが怒ってくれたことの方が嬉しかったです。ありがとう」
「はは……」
可愛いなんて思ったことが恥ずかしい。結局あたしも彼と同じか。上から目線でこの人に接してしまっていたと気付いた。でも実際には、当たり前だけど時雨さんの方がずっと大人だった。
だから、やっぱりこれはおかしいよ。
「あの……私は子供ですし敬語はやめてください」
「これは昔からの習い性でして……」
「じゃあ、あゆゆに対してもそんな風に?」
「え? はい」
「なら、なおさらやめた方がいいです。あゆゆはあなたに歩み寄ろうとしてます。本当はもっと仲良くなりたいんです。だから時雨さんの方からも間にある壁を取り除いてあげてください」
「……」
時雨さんはまた黙り込んでしまった。けれど、あたしは確信している。あたしの親友に良く似たこの人なら、きっと──
「……わ……かった」
ぎこちなく、たどたどしく、引き攣った笑みを浮かべて顔を上げる。きっと本当に敬語を使わず話した経験が少ないんだろう。
「こ、こんな風で、いい? がんばってみま……みるよ」
「練習は必要だけど、いいと思います」
時雨さんと別れ、百貨店を出た直後──辺りから人気が無くなったところで急に右腕を掴まれ、ビルとビルの間に引き込まれた。
「おい!」
壁際へ追い詰められ、二十センチ以上背が高い男子に嬉しくない壁ドンをされる。
「さっきのなんなんだよ!? 付き合ってくれって言ったのはそっちだろ!」
「先輩……! ちょっ、離して……!」
しまった、あたしがどこに行ったかわからないから出口で待ち伏せしていたのか。振り解こうとするものの流石は野球部。腕力じゃ全く敵わない。
「自分から告白しといて急に振るとかふざけんなよ! あんな人前で赤っ恥までかかせやがって……!」
「さ、先に人を馬鹿にしたのはあんたでしょ!」
「はあ? 俺が誰を──」
「離しなさい」
「は?」
「へっ?」
いつの間にか路地の奥に時雨さんが現れていた。入口にあたし達がいるのにどうやってそこへ……?
「その子から手を離しなさい。そしてすぐに立ち去ることです。大人しく従うなら不問にします」
「あ、あの人……さっきの……」
どうやら先輩も、相手が自分の馬鹿にした女性だと気付いたらしい。気まずそうな顔になる。
「お前、あの人の知り合いなの……?」
「あゆゆの、伯母さん」
「……そうか」
色々合点がいったようで自分から手を離す先輩。意外と潔い。そうだよ、良いところもあるんだ。だから試してみたんだけど──
私も、悪かったかな。
「……告白したのは、あゆゆのため」
「は?」
「先輩、あの子のこと狙ってたでしょ。でもあたし、あゆゆには本当に良い人とだけ付き合って欲しいの。だから先に告白して、先輩がどう出るか試してみた」
「じゃあ、まさかお前……」
目を見開く先輩。あたしがこれまで何人もの男子と付き合ってきたことは当然知ってるだろうね。正直に認める。
「そう、全部じゃないけど半分以上はあゆゆ目当ての男子をテストするために、あたしの方から告白した」
「……なんだそれ。もういいよ、お前、なんか気持ち悪ぃ」
その一言はぐさっとあたしに突き刺さる。
まあ、これも因果応報だ。
「あの、さっきはすんませんした!」
時雨さんに対し頭を下げる先輩。
彼女は小さく頷く。
「うん、私はそれでいい。でも彼女にも謝りなさい。女の子に、いや誰に対しても言っていい言葉じゃない」
叱られた先輩は一瞬ぐっと拳を握ってから、すぐに力を抜いて振り返った。
「ですね……ごめん」
「いや……」
あたしは謝られる資格なんか無いし。ともかく、先輩は意気消沈した様子で先に路地を出て行く。
すぐに時雨さんが駆け寄って来た。
「大丈夫? 店を出る時、彼が君の後をつけていくのが見えたから、念の為に追いかけて来たんだけど」
「あ、はい。いざとなったらこれ、使うつもりでしたし」
カバンの中に突っ込んでいた左手を抜き出す。そこには痴漢撃退用の唐辛子スプレーが握られていた。ぎょっと驚く時雨さん。
「君、まさか……」
「はは、さっきの話、聞いてたでしょ? たまにあるんです、こういうこと」
翌日、学校。
廊下で上尾先輩とすれ違ったものの、特に何も言われなかった。ただ、あたしとは目を合わせようともしなかったけれど。
一日、あちこちから聴こえて来る声に耳をそばだててみた。でも、嫌な噂が流れたりもしていない。先輩はあたしの悪口を吹聴したりはしていないようだ。今まで付き合った他の男子達も同じだった。多分、自分もまた本命の女子を差し置いて告白してきた別の女子と付き合ったという負い目を感じてるのだと思う。
あの後、時雨さんにこんこんと説教された。もう馬鹿な真似はよしなさいと。
たしかに潮時かも。来年は受験生だし、あたしがどんなに露払いをしたって、あゆゆもいつかは誰かと恋に落ちる。それを止める術はあたしには無い。
悔しいけど、あたしは友達として祝福しなきゃならないんだ。
「恋愛か……」
部の後輩が前にあゆゆに告白した。結局あいつも別の男子と付き合い始めたわけだけど、女の子同士の恋というものも今は結構容認されている。
ただ、あたしがしたいのはそれじゃない。あたしが好きになってしまったのはあくまで“男子のあゆみ”で女の子じゃない。
女の子のあゆゆとは友達以上にはなれない。大好きだけど、これは恋じゃない。あたしは今も、あの頃の幻に恋焦がれたまま。
時雨さんにも先輩にも言わなかったけど、たくさんの男子と付き合ってるのは探してるからでもあるんだよね。あの頃のあゆゆを忘れさせてくれるくらいかっこいい男の子を。
「あーあ、どっかに落ちてないかなあ、美少年」
「唐突に何を言ってるのさ」
呆れ顔で近付いて来る親友。本当にもう、この子が男の子だったら万事解決なのに。
「なんでもない。それより昨日、時雨さんに会ったよ」
「えっ? なんで?」
びっくり顔に気を良くしたあたしは昨日のことを語り出す。もちろん余計な部分は全部省いて。
しかめっ面でパフェを食べていたことや、双子ちゃんの誕生日プレゼントで悩んでいたことを聞いたら、あゆゆは涙目になるほど笑ってくれた。
「あはは、時雨さんらしいや」
「あんたも似たようなもんでしょ」
苦笑するあたし。両方の笑顔の力で少し心が軽くなった。
先輩の言うことも一理ある。
「女子は明るい方がいい、か。たしかに、できれば笑っていたいね」
「なんの話?」
「そりゃ、新しい恋の話」
「え~、また別れたの? さおちゃん、もっとじっくり付き合ってよ。恋愛相談とか受けたいよ~」
はは、こやつめ。思わず豪鉄おじさんになってしまう。
「十年早い! せめて一人くらい付き合ってから言え!!」
そしたらあたしも、吹っ切れるかもしんないでしょ?
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる