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中学生編
親友vs幻
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「うわっ、なんか暗いなあの人」
「え?」
三年の上尾先輩とデート中、ショッピングに来た百貨店。空腹を訴える先輩のため三階のフードコートまで来てみたら、見覚えのある人がどんより曇った顔でパフェをつついていた。あまりの淀んだ空気に周囲の人達からも距離を置かれてしまっている。
「美人でも根暗は嫌だな。やっぱ女子は明るくないと」
人前で、しかも当の本人に聞こえそうな声で貶す先輩。まるで「お前は違うからな」と言わんばかりの態度で気安く肩に腕を回して来たのでぺいっと払いのける。
「やっぱ駄目ですね、先輩とは付き合えません」
「え?」
「さよなら」
ひらひら手を振り、驚いて硬直した彼を置き去りにその場を離れる。突然振られた彼を見て誰かがクスクス笑う声が聴こえて来た。因果応報ってやつよ。
一応、彼がついて来ないか確認するため同じフロアをぐるっと一周し、完全に姿が無くなったことを確認した後でフードコートへ戻る。コーヒーを買い、さっき見つけたあの人の元へ。
他にも席は空いてるけど、対面の椅子に手をかけて訊ねた。
「相席してもいいですか?」
「え? あ、はい、どうぞ」
相変わらず美味しくなさそうにもそもそパフェを食べていたその人は、一瞬顔を上げて頷いてから、すぐに気まずそうに視線を落とす。
そういえばと気が付くあたし。あたしたちの関係はこっちが一方的にこの人を知ってるだけだった。最近よく話を聞くもんで、すっかり知り合いみたいな気分でいたよ。
「あの……私、榛 沙織っていいます」
「はあ……ん?」
驚いて再び顔を上げる彼女。この反応、名前くらいはあゆゆから聞いていたのかもしれない。
「時雨さんですよね? あゆゆ──大塚 歩美の親戚の。私、彼女の友達です」
「ああっ!」
「お休みなんですか?」
今日は日曜だけれど、社会人なら休みとは限らない。私の質問に彼女はやっぱりいいえと頭を振った。
「仕事でこの近くまで来まして。後はもう直帰するだけだから、ついでに甘味でも食べて行こうかと」
「へえ……ここ、よく来るんですか?」
「初めてですよ。神住市のスイーツランキングで上位だったので」
と、彼女はスマホの画面を見せる。なるほど、たしかに時雨さんの背後にある店の名前。ここ、そんなに評判良かったんだ。
「それ美味しいですか?」
「美味しいです」
頷いて、また一口食べる時雨さん。言葉の割に美味しそうに見えないのはやっぱり眉間の皺のせいだろう。あれじゃ本人もしっかり味わえてないんじゃないかな?
「あの……不躾ですが、何か悩み事でも?」
「……」
沈黙されてしまった。余計なこと訊いちゃったかな?
やがて彼女はスプーンを置き、より沈痛な面持ちで呟く。
「中学生にまで心配させてしまった……」
「いえいえ、少し気になっただけですから。表情が暗かったので何か辛いことでもあったのかな、なんて! ほんと、それだけですよ?」
慌ててフォローするあたし。あゆゆの親戚だけあって、この人も結構変わってるな。
すると時雨さんはスプーンを置き、深刻な顔のままで前置いた。
「大したことではないんです」
あ、やっぱり悩み事はあるんだ。そしてそれを中学生のあたしに話してくれるんだ。
やばい、ちょっと可愛いかも。
「もうすぐ正道くんと柔ちゃんの誕生日なので……何を贈ろうかと、ここ一ヶ月ほど考え続けていまして」
「なるほど」
納得しかない。いやほんと流石あゆゆの親戚。今、ものすごくあの子との血の繋がりを感じたよ。あゆゆも九月からあの二人の誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントのことを考えてたもん。
──という事実を伝えると、時雨さんは驚き頬を赤く染める。目が丸くなり、代わりに眉間の皺が消えた。
「歩美ちゃんが、私と同じことを?」
「やっぱり顔だけじゃなく、性格もどこかで似るもんなんですね」
「そ、そうですか……そうか……」
うわ~嬉しそう。そしてほんと可愛いなこの人。こんだけ美人さんなんだし、あゆゆのパパのことが無かったら今頃は誰かと結婚して子供を産んで、子供好きの良いお母さんになってたのかも。
そう思うと少し切ない。不安も感じた。あゆゆも一歩間違ったら時雨さんみたいに思いつめた表情ばかりの人生になってしまうのでは?
そんな意識から、ついついまた余計な質問を投げかけてしまう。
「時雨さんって、誰かとお付き合いしたことあります?」
「え?」
「ええと、そのですね──」
馬鹿なことを訊いたと気が付き、誤魔化すための言葉を選ぶ。そうだ、こういうことにしちゃお。
「実は私、誰と付き合っても長続きしなくて。だからその、年上の女の人に相談してみたかったというか。お母さんや学校の先輩は身近すぎてこういう話をし辛いけど、時雨さんとならまだ知り合ったばかりですし」
「な、なるほど」
納得してくれたらしく、彼女は頷いて、それからごくりと唾を飲む。あ、これほとんど経験無いな。
「最近の中学生は進んでますね……」
「いや、多分私が特殊な方だと思うんです。あはは」
諸事情あってもう何人もの男子と交際してきたからね。一度も、本気だったことは無いくせに。
時雨さんは気まずそうに、もじもじしながら視線を逸らす。
「私は、その……お恥ずかしながら男性と交際した経験は無く、申し訳ありませんがお役には立てないと思います」
「いえ、急に変な相談をした私が悪いんですし」
あたしはそこで話を打ち切ろうとした。プレゼントに関するアドバイスでもしようかなと思っていたけれど、そういう空気じゃ無くなっちゃったし、今回はやっぱりここまでにしよう。そう決めて立ち上がりかける。
でも、ほんの少し腰を浮かせたところで再び時雨さんの唇が動く。
「弟が、言っていたのですが……」
「……はい」
あゆゆの亡くなったパパさん。その言葉が聞けるならと、そのまま耳を傾ける。
「運命の人に出会った瞬間、心に熱が生じたそうです。最初は小さくて、すぐには理由がわからなかった。けれど交流を重ね、時を経るごとに熱は高まり大きくなっていき、気が付けば他の誰より胸を焦がす存在になっていた。そんな風に聞かされました。
だから、その……今まで沙織さんがどのような恋をしてきたのか存じませんが、すぐに答えを決めつけず、じっくり相手を見てあげることも大切だと思います。さっきのような態度では、あの子も傷付いてしまったでしょうし」
「……見てたんですか」
「見覚えのある子だなと思って、すいません」
「いえ……こちらこそ、彼が失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
「ああいう言葉は慣れてますから。それよりあなたが怒ってくれたことの方が嬉しかったです。ありがとう」
「はは……」
可愛いなんて思ったことが恥ずかしい。結局あたしも彼と同じか。上から目線でこの人に接してしまっていたと気付いた。でも実際には、当たり前だけど時雨さんの方がずっと大人だった。
だから、やっぱりこれはおかしいよ。
「あの……私は子供ですし敬語はやめてください」
「これは昔からの習い性でして……」
「じゃあ、あゆゆに対してもそんな風に?」
「え? はい」
「なら、なおさらやめた方がいいです。あゆゆはあなたに歩み寄ろうとしてます。本当はもっと仲良くなりたいんです。だから時雨さんの方からも間にある壁を取り除いてあげてください」
「……」
時雨さんはまた黙り込んでしまった。けれど、あたしは確信している。あたしの親友に良く似たこの人なら、きっと──
「……わ……かった」
ぎこちなく、たどたどしく、引き攣った笑みを浮かべて顔を上げる。きっと本当に敬語を使わず話した経験が少ないんだろう。
「こ、こんな風で、いい? がんばってみま……みるよ」
「練習は必要だけど、いいと思います」
時雨さんと別れ、百貨店を出た直後──辺りから人気が無くなったところで急に右腕を掴まれ、ビルとビルの間に引き込まれた。
「おい!」
壁際へ追い詰められ、二十センチ以上背が高い男子に嬉しくない壁ドンをされる。
「さっきのなんなんだよ!? 付き合ってくれって言ったのはそっちだろ!」
「先輩……! ちょっ、離して……!」
しまった、あたしがどこに行ったかわからないから出口で待ち伏せしていたのか。振り解こうとするものの流石は野球部。腕力じゃ全く敵わない。
「自分から告白しといて急に振るとかふざけんなよ! あんな人前で赤っ恥までかかせやがって……!」
「さ、先に人を馬鹿にしたのはあんたでしょ!」
「はあ? 俺が誰を──」
「離しなさい」
「は?」
「へっ?」
いつの間にか路地の奥に時雨さんが現れていた。入口にあたし達がいるのにどうやってそこへ……?
「その子から手を離しなさい。そしてすぐに立ち去ることです。大人しく従うなら不問にします」
「あ、あの人……さっきの……」
どうやら先輩も、相手が自分の馬鹿にした女性だと気付いたらしい。気まずそうな顔になる。
「お前、あの人の知り合いなの……?」
「あゆゆの、伯母さん」
「……そうか」
色々合点がいったようで自分から手を離す先輩。意外と潔い。そうだよ、良いところもあるんだ。だから試してみたんだけど──
私も、悪かったかな。
「……告白したのは、あゆゆのため」
「は?」
「先輩、あの子のこと狙ってたでしょ。でもあたし、あゆゆには本当に良い人とだけ付き合って欲しいの。だから先に告白して、先輩がどう出るか試してみた」
「じゃあ、まさかお前……」
目を見開く先輩。あたしがこれまで何人もの男子と付き合ってきたことは当然知ってるだろうね。正直に認める。
「そう、全部じゃないけど半分以上はあゆゆ目当ての男子をテストするために、あたしの方から告白した」
「……なんだそれ。もういいよ、お前、なんか気持ち悪ぃ」
その一言はぐさっとあたしに突き刺さる。
まあ、これも因果応報だ。
「あの、さっきはすんませんした!」
時雨さんに対し頭を下げる先輩。
彼女は小さく頷く。
「うん、私はそれでいい。でも彼女にも謝りなさい。女の子に、いや誰に対しても言っていい言葉じゃない」
叱られた先輩は一瞬ぐっと拳を握ってから、すぐに力を抜いて振り返った。
「ですね……ごめん」
「いや……」
あたしは謝られる資格なんか無いし。ともかく、先輩は意気消沈した様子で先に路地を出て行く。
すぐに時雨さんが駆け寄って来た。
「大丈夫? 店を出る時、彼が君の後をつけていくのが見えたから、念の為に追いかけて来たんだけど」
「あ、はい。いざとなったらこれ、使うつもりでしたし」
カバンの中に突っ込んでいた左手を抜き出す。そこには痴漢撃退用の唐辛子スプレーが握られていた。ぎょっと驚く時雨さん。
「君、まさか……」
「はは、さっきの話、聞いてたでしょ? たまにあるんです、こういうこと」
翌日、学校。
廊下で上尾先輩とすれ違ったものの、特に何も言われなかった。ただ、あたしとは目を合わせようともしなかったけれど。
一日、あちこちから聴こえて来る声に耳をそばだててみた。でも、嫌な噂が流れたりもしていない。先輩はあたしの悪口を吹聴したりはしていないようだ。今まで付き合った他の男子達も同じだった。多分、自分もまた本命の女子を差し置いて告白してきた別の女子と付き合ったという負い目を感じてるのだと思う。
あの後、時雨さんにこんこんと説教された。もう馬鹿な真似はよしなさいと。
たしかに潮時かも。来年は受験生だし、あたしがどんなに露払いをしたって、あゆゆもいつかは誰かと恋に落ちる。それを止める術はあたしには無い。
悔しいけど、あたしは友達として祝福しなきゃならないんだ。
「恋愛か……」
部の後輩が前にあゆゆに告白した。結局あいつも別の男子と付き合い始めたわけだけど、女の子同士の恋というものも今は結構容認されている。
ただ、あたしがしたいのはそれじゃない。あたしが好きになってしまったのはあくまで“男子のあゆみ”で女の子じゃない。
女の子のあゆゆとは友達以上にはなれない。大好きだけど、これは恋じゃない。あたしは今も、あの頃の幻に恋焦がれたまま。
時雨さんにも先輩にも言わなかったけど、たくさんの男子と付き合ってるのは探してるからでもあるんだよね。あの頃のあゆゆを忘れさせてくれるくらいかっこいい男の子を。
「あーあ、どっかに落ちてないかなあ、美少年」
「唐突に何を言ってるのさ」
呆れ顔で近付いて来る親友。本当にもう、この子が男の子だったら万事解決なのに。
「なんでもない。それより昨日、時雨さんに会ったよ」
「えっ? なんで?」
びっくり顔に気を良くしたあたしは昨日のことを語り出す。もちろん余計な部分は全部省いて。
しかめっ面でパフェを食べていたことや、双子ちゃんの誕生日プレゼントで悩んでいたことを聞いたら、あゆゆは涙目になるほど笑ってくれた。
「あはは、時雨さんらしいや」
「あんたも似たようなもんでしょ」
苦笑するあたし。両方の笑顔の力で少し心が軽くなった。
先輩の言うことも一理ある。
「女子は明るい方がいい、か。たしかに、できれば笑っていたいね」
「なんの話?」
「そりゃ、新しい恋の話」
「え~、また別れたの? さおちゃん、もっとじっくり付き合ってよ。恋愛相談とか受けたいよ~」
はは、こやつめ。思わず豪鉄おじさんになってしまう。
「十年早い! せめて一人くらい付き合ってから言え!!」
そしたらあたしも、吹っ切れるかもしんないでしょ?
「え?」
三年の上尾先輩とデート中、ショッピングに来た百貨店。空腹を訴える先輩のため三階のフードコートまで来てみたら、見覚えのある人がどんより曇った顔でパフェをつついていた。あまりの淀んだ空気に周囲の人達からも距離を置かれてしまっている。
「美人でも根暗は嫌だな。やっぱ女子は明るくないと」
人前で、しかも当の本人に聞こえそうな声で貶す先輩。まるで「お前は違うからな」と言わんばかりの態度で気安く肩に腕を回して来たのでぺいっと払いのける。
「やっぱ駄目ですね、先輩とは付き合えません」
「え?」
「さよなら」
ひらひら手を振り、驚いて硬直した彼を置き去りにその場を離れる。突然振られた彼を見て誰かがクスクス笑う声が聴こえて来た。因果応報ってやつよ。
一応、彼がついて来ないか確認するため同じフロアをぐるっと一周し、完全に姿が無くなったことを確認した後でフードコートへ戻る。コーヒーを買い、さっき見つけたあの人の元へ。
他にも席は空いてるけど、対面の椅子に手をかけて訊ねた。
「相席してもいいですか?」
「え? あ、はい、どうぞ」
相変わらず美味しくなさそうにもそもそパフェを食べていたその人は、一瞬顔を上げて頷いてから、すぐに気まずそうに視線を落とす。
そういえばと気が付くあたし。あたしたちの関係はこっちが一方的にこの人を知ってるだけだった。最近よく話を聞くもんで、すっかり知り合いみたいな気分でいたよ。
「あの……私、榛 沙織っていいます」
「はあ……ん?」
驚いて再び顔を上げる彼女。この反応、名前くらいはあゆゆから聞いていたのかもしれない。
「時雨さんですよね? あゆゆ──大塚 歩美の親戚の。私、彼女の友達です」
「ああっ!」
「お休みなんですか?」
今日は日曜だけれど、社会人なら休みとは限らない。私の質問に彼女はやっぱりいいえと頭を振った。
「仕事でこの近くまで来まして。後はもう直帰するだけだから、ついでに甘味でも食べて行こうかと」
「へえ……ここ、よく来るんですか?」
「初めてですよ。神住市のスイーツランキングで上位だったので」
と、彼女はスマホの画面を見せる。なるほど、たしかに時雨さんの背後にある店の名前。ここ、そんなに評判良かったんだ。
「それ美味しいですか?」
「美味しいです」
頷いて、また一口食べる時雨さん。言葉の割に美味しそうに見えないのはやっぱり眉間の皺のせいだろう。あれじゃ本人もしっかり味わえてないんじゃないかな?
「あの……不躾ですが、何か悩み事でも?」
「……」
沈黙されてしまった。余計なこと訊いちゃったかな?
やがて彼女はスプーンを置き、より沈痛な面持ちで呟く。
「中学生にまで心配させてしまった……」
「いえいえ、少し気になっただけですから。表情が暗かったので何か辛いことでもあったのかな、なんて! ほんと、それだけですよ?」
慌ててフォローするあたし。あゆゆの親戚だけあって、この人も結構変わってるな。
すると時雨さんはスプーンを置き、深刻な顔のままで前置いた。
「大したことではないんです」
あ、やっぱり悩み事はあるんだ。そしてそれを中学生のあたしに話してくれるんだ。
やばい、ちょっと可愛いかも。
「もうすぐ正道くんと柔ちゃんの誕生日なので……何を贈ろうかと、ここ一ヶ月ほど考え続けていまして」
「なるほど」
納得しかない。いやほんと流石あゆゆの親戚。今、ものすごくあの子との血の繋がりを感じたよ。あゆゆも九月からあの二人の誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントのことを考えてたもん。
──という事実を伝えると、時雨さんは驚き頬を赤く染める。目が丸くなり、代わりに眉間の皺が消えた。
「歩美ちゃんが、私と同じことを?」
「やっぱり顔だけじゃなく、性格もどこかで似るもんなんですね」
「そ、そうですか……そうか……」
うわ~嬉しそう。そしてほんと可愛いなこの人。こんだけ美人さんなんだし、あゆゆのパパのことが無かったら今頃は誰かと結婚して子供を産んで、子供好きの良いお母さんになってたのかも。
そう思うと少し切ない。不安も感じた。あゆゆも一歩間違ったら時雨さんみたいに思いつめた表情ばかりの人生になってしまうのでは?
そんな意識から、ついついまた余計な質問を投げかけてしまう。
「時雨さんって、誰かとお付き合いしたことあります?」
「え?」
「ええと、そのですね──」
馬鹿なことを訊いたと気が付き、誤魔化すための言葉を選ぶ。そうだ、こういうことにしちゃお。
「実は私、誰と付き合っても長続きしなくて。だからその、年上の女の人に相談してみたかったというか。お母さんや学校の先輩は身近すぎてこういう話をし辛いけど、時雨さんとならまだ知り合ったばかりですし」
「な、なるほど」
納得してくれたらしく、彼女は頷いて、それからごくりと唾を飲む。あ、これほとんど経験無いな。
「最近の中学生は進んでますね……」
「いや、多分私が特殊な方だと思うんです。あはは」
諸事情あってもう何人もの男子と交際してきたからね。一度も、本気だったことは無いくせに。
時雨さんは気まずそうに、もじもじしながら視線を逸らす。
「私は、その……お恥ずかしながら男性と交際した経験は無く、申し訳ありませんがお役には立てないと思います」
「いえ、急に変な相談をした私が悪いんですし」
あたしはそこで話を打ち切ろうとした。プレゼントに関するアドバイスでもしようかなと思っていたけれど、そういう空気じゃ無くなっちゃったし、今回はやっぱりここまでにしよう。そう決めて立ち上がりかける。
でも、ほんの少し腰を浮かせたところで再び時雨さんの唇が動く。
「弟が、言っていたのですが……」
「……はい」
あゆゆの亡くなったパパさん。その言葉が聞けるならと、そのまま耳を傾ける。
「運命の人に出会った瞬間、心に熱が生じたそうです。最初は小さくて、すぐには理由がわからなかった。けれど交流を重ね、時を経るごとに熱は高まり大きくなっていき、気が付けば他の誰より胸を焦がす存在になっていた。そんな風に聞かされました。
だから、その……今まで沙織さんがどのような恋をしてきたのか存じませんが、すぐに答えを決めつけず、じっくり相手を見てあげることも大切だと思います。さっきのような態度では、あの子も傷付いてしまったでしょうし」
「……見てたんですか」
「見覚えのある子だなと思って、すいません」
「いえ……こちらこそ、彼が失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
「ああいう言葉は慣れてますから。それよりあなたが怒ってくれたことの方が嬉しかったです。ありがとう」
「はは……」
可愛いなんて思ったことが恥ずかしい。結局あたしも彼と同じか。上から目線でこの人に接してしまっていたと気付いた。でも実際には、当たり前だけど時雨さんの方がずっと大人だった。
だから、やっぱりこれはおかしいよ。
「あの……私は子供ですし敬語はやめてください」
「これは昔からの習い性でして……」
「じゃあ、あゆゆに対してもそんな風に?」
「え? はい」
「なら、なおさらやめた方がいいです。あゆゆはあなたに歩み寄ろうとしてます。本当はもっと仲良くなりたいんです。だから時雨さんの方からも間にある壁を取り除いてあげてください」
「……」
時雨さんはまた黙り込んでしまった。けれど、あたしは確信している。あたしの親友に良く似たこの人なら、きっと──
「……わ……かった」
ぎこちなく、たどたどしく、引き攣った笑みを浮かべて顔を上げる。きっと本当に敬語を使わず話した経験が少ないんだろう。
「こ、こんな風で、いい? がんばってみま……みるよ」
「練習は必要だけど、いいと思います」
時雨さんと別れ、百貨店を出た直後──辺りから人気が無くなったところで急に右腕を掴まれ、ビルとビルの間に引き込まれた。
「おい!」
壁際へ追い詰められ、二十センチ以上背が高い男子に嬉しくない壁ドンをされる。
「さっきのなんなんだよ!? 付き合ってくれって言ったのはそっちだろ!」
「先輩……! ちょっ、離して……!」
しまった、あたしがどこに行ったかわからないから出口で待ち伏せしていたのか。振り解こうとするものの流石は野球部。腕力じゃ全く敵わない。
「自分から告白しといて急に振るとかふざけんなよ! あんな人前で赤っ恥までかかせやがって……!」
「さ、先に人を馬鹿にしたのはあんたでしょ!」
「はあ? 俺が誰を──」
「離しなさい」
「は?」
「へっ?」
いつの間にか路地の奥に時雨さんが現れていた。入口にあたし達がいるのにどうやってそこへ……?
「その子から手を離しなさい。そしてすぐに立ち去ることです。大人しく従うなら不問にします」
「あ、あの人……さっきの……」
どうやら先輩も、相手が自分の馬鹿にした女性だと気付いたらしい。気まずそうな顔になる。
「お前、あの人の知り合いなの……?」
「あゆゆの、伯母さん」
「……そうか」
色々合点がいったようで自分から手を離す先輩。意外と潔い。そうだよ、良いところもあるんだ。だから試してみたんだけど──
私も、悪かったかな。
「……告白したのは、あゆゆのため」
「は?」
「先輩、あの子のこと狙ってたでしょ。でもあたし、あゆゆには本当に良い人とだけ付き合って欲しいの。だから先に告白して、先輩がどう出るか試してみた」
「じゃあ、まさかお前……」
目を見開く先輩。あたしがこれまで何人もの男子と付き合ってきたことは当然知ってるだろうね。正直に認める。
「そう、全部じゃないけど半分以上はあゆゆ目当ての男子をテストするために、あたしの方から告白した」
「……なんだそれ。もういいよ、お前、なんか気持ち悪ぃ」
その一言はぐさっとあたしに突き刺さる。
まあ、これも因果応報だ。
「あの、さっきはすんませんした!」
時雨さんに対し頭を下げる先輩。
彼女は小さく頷く。
「うん、私はそれでいい。でも彼女にも謝りなさい。女の子に、いや誰に対しても言っていい言葉じゃない」
叱られた先輩は一瞬ぐっと拳を握ってから、すぐに力を抜いて振り返った。
「ですね……ごめん」
「いや……」
あたしは謝られる資格なんか無いし。ともかく、先輩は意気消沈した様子で先に路地を出て行く。
すぐに時雨さんが駆け寄って来た。
「大丈夫? 店を出る時、彼が君の後をつけていくのが見えたから、念の為に追いかけて来たんだけど」
「あ、はい。いざとなったらこれ、使うつもりでしたし」
カバンの中に突っ込んでいた左手を抜き出す。そこには痴漢撃退用の唐辛子スプレーが握られていた。ぎょっと驚く時雨さん。
「君、まさか……」
「はは、さっきの話、聞いてたでしょ? たまにあるんです、こういうこと」
翌日、学校。
廊下で上尾先輩とすれ違ったものの、特に何も言われなかった。ただ、あたしとは目を合わせようともしなかったけれど。
一日、あちこちから聴こえて来る声に耳をそばだててみた。でも、嫌な噂が流れたりもしていない。先輩はあたしの悪口を吹聴したりはしていないようだ。今まで付き合った他の男子達も同じだった。多分、自分もまた本命の女子を差し置いて告白してきた別の女子と付き合ったという負い目を感じてるのだと思う。
あの後、時雨さんにこんこんと説教された。もう馬鹿な真似はよしなさいと。
たしかに潮時かも。来年は受験生だし、あたしがどんなに露払いをしたって、あゆゆもいつかは誰かと恋に落ちる。それを止める術はあたしには無い。
悔しいけど、あたしは友達として祝福しなきゃならないんだ。
「恋愛か……」
部の後輩が前にあゆゆに告白した。結局あいつも別の男子と付き合い始めたわけだけど、女の子同士の恋というものも今は結構容認されている。
ただ、あたしがしたいのはそれじゃない。あたしが好きになってしまったのはあくまで“男子のあゆみ”で女の子じゃない。
女の子のあゆゆとは友達以上にはなれない。大好きだけど、これは恋じゃない。あたしは今も、あの頃の幻に恋焦がれたまま。
時雨さんにも先輩にも言わなかったけど、たくさんの男子と付き合ってるのは探してるからでもあるんだよね。あの頃のあゆゆを忘れさせてくれるくらいかっこいい男の子を。
「あーあ、どっかに落ちてないかなあ、美少年」
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呆れ顔で近付いて来る親友。本当にもう、この子が男の子だったら万事解決なのに。
「なんでもない。それより昨日、時雨さんに会ったよ」
「えっ? なんで?」
びっくり顔に気を良くしたあたしは昨日のことを語り出す。もちろん余計な部分は全部省いて。
しかめっ面でパフェを食べていたことや、双子ちゃんの誕生日プレゼントで悩んでいたことを聞いたら、あゆゆは涙目になるほど笑ってくれた。
「あはは、時雨さんらしいや」
「あんたも似たようなもんでしょ」
苦笑するあたし。両方の笑顔の力で少し心が軽くなった。
先輩の言うことも一理ある。
「女子は明るい方がいい、か。たしかに、できれば笑っていたいね」
「なんの話?」
「そりゃ、新しい恋の話」
「え~、また別れたの? さおちゃん、もっとじっくり付き合ってよ。恋愛相談とか受けたいよ~」
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