ワールド・スイーパー

秋谷イル

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二章【雨に打たれてなお歩み】

地下に潜む危機

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 戻ったばかりだと言うのに、アイムは再び若者達を伴って地上へ続く階段を上り始めた。
 やがて、その途中でニャーンが壁面に触れながら言う。瞼を閉ざし、耳を澄ませながら。
「ここです! 多分、ここが一番近いと思います!」
「わかった。ズウラ、道を通せ」
「はい! 誘導お願いします、ニャーンさん!」
「じゃあ、指で差した方向に向かって掘ってください」
「了解です」
 正しくは掘るのでなく、岩や土に動いてもらうだけ。ニャーンが示す方向へ拳大の穴を開けるズウラ。その穴はどんどん奥に向かって伸びていく。鉱物を自在に操れる彼がいたことは幸運だ。でなければアイムが強引に掘削していた。その場合、かなり大規模な工事となる。下手をすると通路が崩落し使えなくなりかねないほどの。
「あんな小さな穴で良いのですか?」
「当人ができると言うとる」
 まだ戸惑ったままのスワレの言葉に腕組みしつつ答えるアイム。彼は今回、何一つ手を貸すつもりは無い。全て若者達の自由にさせる。

 ほどなく、ニャーンは方向を示していた右手を開き、待ったをかけた。

「届きました! もういいです!」
「ここからわかるんですか?」
「はい、この距離ならなんとか……」
 ニャーンは拡散した怪塵ユビダスを利用し、周囲の情報を読み取ることができる。それはつまり壁越しに、さらには分厚い岩盤越しに地中を透視することも可能ということ。そこに怪塵が存在するなら。
 そう、怪塵があるのだ。ズウラによって穿たれたこの小さな穴の伸び行く先、地上から遥か数百mの地層の中に。
「取り出せるか?」
 アイムに問われたニャーンは目を閉じたまま頷く。
「やっぱり、かなり大きな塊になってます。でも、まだ怪物アンティ化はしてない。これなら私の力で……少しの間、静かにしててください」
 彼女がそう言って黙り込むと、他の三名も口を閉ざす。本当に? そんな疑念と緊張感が場を支配する。
 一方、ニャーンは意識を研ぎ澄まし、より遠くまで自分の感覚を広げた。砂漠での試練は彼女を成長させたのである。あの広大で過酷な環境の中を生き延びるには普段より五感を研ぎ澄ます必要があった。食料や水、目的地を探すために。あるいは自らに迫る危険を察知すべく。
 そうして強化された知覚が三百mほど先にある怪塵の結晶を明瞭に感じ取り、その周辺の様子も教えてくれた。やっぱりそうだ、危険は水の通り道に潜んでいた。おそらく砂が堆積している層。そこに怪塵が溜まっている。

 ──村の水には、ほとんど怪塵が含まれていない。たっぷりそれを含む雨が地面に染み込み、地下へ届いたものなのにだ。それはスワレが言った通り土や砂の層を抜けることで不純物が分離したから。地下数百mに及ぶ巨大なろ過装置は怪塵すら除去する。
 悪いことではない。地上の水がそのまま流れ込んだ場合、閉ざされた環境にあるあの村では怪塵が溜まり続け、すぐに怪物化してしまう。濾過されているからこそ今もまだテアドラスは存続している。
 でも見落としがあった。怪塵はあまりに小さく、なかなか見えないのだからしかたない。地上から地底へ到る流れの中で怪塵は分離し、そのまま地中に留まり続けている。それが長い年月をかけ結晶と化した。
 百七十年前の惨劇とは違う形だが、またしても村のすぐ傍で新たな怪物が生まれかけていたのである。

「させない……!」
 能力でその結晶を支配下に置く。成功。いつものように怪塵を己がものとして掌握した手応えを感じる。後は細長く変形させ、この穴から引きずり出すだけ。
 そう思った瞬間、ようやく不覚に気付く。考えが甘すぎた。
「あっ……!」
「どうしました!?」
「これは……思っていたより、ずっと多い!」
 支配下に置いた結晶が媒介になっているのか、感知できる範囲がさらに広がった。そのおかげで判明した。結晶は一つだけではない。
「たくさんあります……多分これ、地上までいくつも……感じ取れるだけで十個くらい」
「なっ!?」
「そんなに……? でも、どうして怪物化しないの……?」
「地中だからじゃ」
 手は貸さないが解説くらいはしてもよかろう。特にニャーンには必要である。そう判断したアイムは語る。
「地中では常に圧力がかかる。怪塵もそれゆえ結晶化したのだろうが、水の流れの途中にあるため削られ続けてもいる。削られた分はまた流れに沿って下へ運ばれる。そうやって複数の結晶が生じた。地上から地下の村までの間に無数に」

 怪物化には到らないサイズの結晶が複数。それらの距離はある程度離れており、怪物になっていないため自力で動くことは叶わない。仮に動けたとしても、のしかかる土砂の圧に封じられる。ゆえに大災害から千年経った今も沈黙を保っている。
 鍾乳石は一cm伸びるのに十年から百年の時を要する。テアドラスの水源に生じた無数の結晶も同じ。この環境で怪物になるには長い時間が必要。だからアイムは存在に気付きつつ今まで放置していたのである。

「アイム様はご存知だったのですか?」
「外界には怪塵について熱心に研究しとる者達がおる。ワシも旅の中で何度か似たような状況を目撃した。だから察しはついとった」
「どうして教えてくれなかったんです!? もしも怪物になっていたら──」
「その可能性はあったが、水源を潰さずに対処する方法が思いつかなくてな。今日明日に怪物化する可能性が低い以上、下手な真似はせん方が良いと思った」
 双子に揃って批判がましい目を向けられ、フンと鼻を鳴らすアイム。彼は研究者でなく戦士である。戦って倒すこと、打って壊すことが得意。地中深くに大量に存在する結晶を地底の村に深刻な影響を及ぼさず取り除ける方法など知らない。
 もちろん頭の良い連中に上手い対処法は無いかと相談を持ち掛けたこともあった。だが、やはり誰にも解決法は見出せなかった。

 ──今までは。

「お主はできると言った。そうだな、ニャーン・アクラタカ?」
「……」
 ニャーンは沈黙を保つ。即答はできない。無理だと諦めたのではなく、考えているから。どうやったら広範囲に散らばる無数の結晶を全て除去できる? この通路や地上、地下の村から一つ一つ地道に探していく? でも感知できる範囲は限られていて、彼女の知覚の及ばない場所にも結晶は存在するかもしれない。いや、確実に存在する。
(あれ? でも……)
 責任重大な決断。だからアイム達は根気強く待ってくれている。スワレにいたっては先延ばしにする案を提示した。
「ニャーンさん、無理はしなくても大丈夫です。アイム様も言った通り、きっとすぐには怪物化なんてしません。私達は手を貸していただいている側ですが、それでもあえてこう言います。焦らずじっくり進めましょう。必要なら私達の力も使って下さい」
「いえ──」
 反射的にそう答えて、慌てて手をジタバタ動かす。
「あっ、いや、手伝っていただくのが駄目とか、そういうことじゃなくて、多分なんとかなりそうです」
「えっ?」
「ほう、自信ありげだな」
「やってみます」
 ニャーンは気付いた。この小さなトンネルの先にある結晶を支配下に置いた途端、感知可能な範囲が広がった。なら同じことを繰り返せばいいだけでは?
(支配できた怪塵は目や耳の代わりになる──手足みたいに動かせる──それってつまり、私自身になるようなものなんじゃないかな?)
 だから感知可能な範囲が広がった。ここから三百mほど先の地中に今はもう一人自分がいるのだ。そっちの自分に探させる。そこを中心にして改めて意識を広げて行く。

 ──あった。
 ──あったね。
 ──あるある。
 ──こっちにも。
 ──そこにもある。
 ──まだ、もっと。
 ──もっと。
 ──もっと。
 ──もっと。
 ──もっと、もっと、もっともっともっともっと。

「ニャーン……さん……?」
「──」
 いつの間にかニャーンは両目を開いていた。けれどその視線は一点に定まらない。せわしなく動き続ける。そして小さく呟く。
「まだ、まだ広げられる……」
 一つ結晶を見つけ出すたび目が増える。耳が増える。支配下に置き、もう一人の自分に変えて別の結晶を探させる。
 か細いものから太いものまで、おびただしい数の水の流れが存在しており、全てに怪塵の結晶が生じている。結晶によって堰き止められた流れは別の道を作り、分岐を繰り返す。その様は植物の根を連想させた。
 どんどん見つかる。知覚できる範囲が拡大し広大になっていく。なのに全く苦しくない。全ての結晶がニャーン・アクラタカだから。膨大な情報を処理する脳も同時に増えていく。
 そして彼女は、いや、彼女達は見つけ出した。テアドラスの頭上に存在する怪塵の結晶、それら全てを。
 数は一、十、百、千──数え切れない。とにかくたくさん。多すぎてこの小さな穴から引きずり出すのは手間だと思う。通路に収まり切るかもわからない。
 胸が震える。全容を知った彼女だからこその感動。これだけの量が千年もの間、怪物化せずに眠っていたなんて。
(私達の星も、戦っているのかもしれない)
 だから自らの内に取り込んでまで怪塵を封じ込めた。そんな気がする。
(苦しくない? 怖くない? 待ってて……今、全部取り除いてあげる)
 どうやってどこへ? 脳が増えたことにより思考速度も上がった。彼女はしばし悩んだつもりで実際には瞬時に答えを出す。

「皆さん、上へ行きましょう。全部まとめて地上に出します」

 次の瞬間、大きな地鳴りが響いた。
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