人竜千季

秋谷イル

文字の大きさ
上 下
146 / 148
第四部

終章・双竜(2)

しおりを挟む
 やがて、それが前方に現れた。
【お、大きい……】
 さっきの街とは比べ物にならない大都市。初めて見る街だが、やはりアサヒは既視感を覚える。
【似てる……秋田に……】
【うむ……】
 中心に建てられた白い尖塔を始めとして、全体的なデザインや建物の配置が地下都市の方の秋田と良く似ているのだ。

 だとしたら、この街を築いた人々とは──

【あっ】
 再び警鐘が鳴り響く。宙に浮かぶ彼の姿を見つけた街の人間達が騒ぎ出す。
【今度は逃げるなよ】
【わ、わかってる】
 若干引け腰ではあったが、街の方へ近付いて行くアサヒ。降下前に人間の姿に戻らないと攻撃されるかもしれない。そう考えていると、ライオが警告を発した。
【待て、街の手前に降りろ】
【え?】
【不可視化されているが、かなり強力な霊力障壁が都市全体を覆っている。触れたら我等でもただでは済まんぞ】



 人の姿に戻り、地面に足を下ろしたアサヒは、おっかなびっくり進んで行った。兵士達が都市全体を囲む高い防壁の上から彼を見つめ、固唾を飲んで押し黙っている。
 どうして何も言って来ないんだろう? 日本語が通じるか知りたいのに。
 そして、もう少しで入口の大きな門まで辿り着くというタイミングで、重厚な鉄扉が内から開かれた。
 地響きを立て、予想外のものがそこから姿を現す。

「なっ、なっ、なっ……!?」

 それらは門へ続く道の左右に規則正しく整列した。巨人。全長五mはありそうな甲冑を身に着けた騎士達が居並び、彼を見下ろしている。

 やっぱりここは異世界なのか?
 落胆した彼に、唯一、道を塞ぐように正面に立った巨人が問いかける。

『問う! 貴方は何者か!』

 日本語だ。一転、パッと顔を輝かせ、アサヒはしどろもどろで説明する。

「あっ、あ、あの……俺! アサ、アサヒって言います! 俺のこと、知ってる人います、せん、か? もしかして、ここ、えっと、秋田ですか!?」

 その返答を聞き、騎士達はざわついた。
 明らかに驚いている。

『やはり……!』
『ついに、ついにご帰還なされた!!』
『アサヒ様だ!』
「え? へ? えっ……」
 彼自身も驚き、そして疑念が確信に変わる。この巨人達は自分を知っている。だったら、やっぱり、ここは──

「……秋田だ」
「そうです、よくぞ、よくぞお戻りになられました」

 正面の巨人の腹部から蒸気が出たかと思うと、甲冑の一部が下向きに開き、中から女性が顔を出した。
 あれ? と首を傾げる彼。どことなく見覚えがある。
 彼女は問われる前に名乗った。

「私は竜機兵りゅうきへい団長の駿河するがと申します。どうか一緒においでください。皆、あなたの帰還を一日千秋の想いで、お待ち申し上げておりました!」

 そして彼女は、左右に居並ぶ騎士達へ命ずる。
「全員、ハッチを開け! 竜王りゅうおう猊下に最敬礼!」
 同じように腹部のコックピットを覆っていたシールドが開かれる。中に座っていたパイロット達が立ち上がり、アサヒに向かって敬礼した。視線は上向きに。けっして目の前の彼を見下してはいけないとでも言うように。
 中には涙を堪え、そのためにいっそう上を向いている者達もいた。
「りゅう……おう……?」
 なんのことだ? たしかに自分は初代王の模倣体だけれど、そんな称号を貰った記憶は無い。
【とにかくついていってみろ。そこで答えはわかるだろう】



 巨人から降りた駿河に先導され、街の中を歩いて行くと、誰も彼もが建物から外に出て彼を見つめて来た。
「竜王様……」
「アサヒ様が、とうとうお戻りに……」
「よかった、これで……」

 やはり、多くの人達が自分を“竜王”と呼ぶ。
 無数の視線に晒され、びくびくおどおどしながら歩き続けた彼は、やがて大きな広場で立ち止まるよう促された。
「こちらで、少しお待ちください」
「え? あの……」

 何も無い。本当に何も無い広場だ。噴水だとか銅像だとかベンチだとか、そういう物が何一つ設置されていない。恐ろしく広いのに、あるのは石畳だけ。それも普通の石畳ではなく、自然の岩というか、とにかくすごく硬そうな岩石を頑張って均した感じ。

「ここは、あなたとの再会のために用意された広場です」
「ここが?」
 歓迎の式典か何かを催してくれるのだろうか? それにしては殺風景だが。
「あの……」
 急に、駿河は探るような目を向けて来た。
「私の顔に見覚えはありませんか? よく、似ていると言われるのですが」
「似ている?」
 いや、たしかにさっきから、そんな気がしている。誰かに似ているのだ。でもなかなか思い出せない。
「これではどうでしょう?」
 ヘルメットを外す駿河。その下からボリュームのあるクセッ毛が現れた。
「あっ!?」
 やっと思い出すアサヒ。そうだ、この童顔。少し猫を思わせる目付き。そしてクセッ毛。彼女にそっくりじゃないか。
「お、大谷さん!?」
「子孫です。そうですか、やはり、そんなに似ているのですね」
 嬉しそうにヘルメットを被り直す彼女。
 逆に、アサヒは愕然とする。

 子孫? 本人ではない?
 それは、つまり──

「……何年、経ったんですか?」
「お答えできません」
「どうして!?」
「禁じられています」
「誰にですか!」
「すぐに、わかります」
 彼女は視線を持ち上げた。都市の中心に立つ高い尖塔、その頂点を見つめる。
 すると、ちょうど何かが飛び出して来るところだった。
「全ては、あの方からお聞きください。私には、猊下の楽しみを奪うことなどできませんから」
「あれ、は……」
 見上げる先で、塔から飛び出した影は大きく翼を広げた。見覚えある形のそれを悠然と羽ばたかせ、一旦高く上昇して滑空に移り、頭上を旋回する。
「ああ……お喜びです」
「……」

 赤いドラゴン。
 ライオより、少しスマートな。
 アサヒには何故か、それが誰だかわかった。

 舞い降りて来る。姿を変え、小さくなって、飛翔術で落下速度を落としながら、静かにアサヒの目の前に降り立つ。駿河が再び敬礼した。最大級の忠誠を示す。
 彼女はアサヒの顔を見て、呆れ顔でなじる。

「ずいぶんとまあ、遅いお帰りだったわね」
「……何年、経った?」
「また二五〇年よ。アンタ、本当はもしかして、この周期で発生する昆虫か何かなんじゃないの? 季節が千回も変わってんのよ。どんだけ待たせるんだって思ったわ」
「……そんな……」

 アサヒはその場で膝をついた。というか、立っていられなくなって崩れ落ちた。
 罪悪感で胸がいっぱいになる。あの時の選択が、あまりにも残酷な結末を生んだのだと改めて後悔する。

「ごめん……」
 そう言って俯く彼の姿に、見守る人々はざわついた。悲しんだ。
 それでは、あまりに酷い話だと。だって彼女は──
 けれど、顔を上げられない彼の頭を、優しく持ち上げる両手。
「冗談よ。婆さんから聞いたわ、アンタはアンタで大変だったんでしょ。ここへ戻ろうと必死に頑張ってたそうじゃない」
「朱璃……」

 そう、目の前にいるのは朱璃だ。
 何故か、あの頃と同じ姿の。

「どうして……?」
「あのね、二五〇年経ってんのよ? 本当なら、しわくちゃの婆さんを通り越して跡形も無く風化してるわ。だから変わっておいたの。アンタと同じ“竜”に」
「でも、どうやって……」
 記憶災害なら維持限界がある。よくわからない力でそれを突破した自分以外は一〇分で消滅してしまうはずだ。
「忘れた? アンタの他にも、維持限界を突破してくれる依代があるでしょ」
「あっ」

 そうか、母だ。
 あの時、伊東 旭によってプログラミングされ、元の世界へ帰還したはずの母の抜け殻。たしかにあれなら──気付いたアサヒの目の前で、朱璃のスキンスーツの下の胸が燐光を放つ。我が子の帰還を喜ぶように。

「この杖が戻って来た時、思ったの。アンタは必ず約束を守る。アンタの母さんが帰って来れたんだから、アンタともいつか、また会える。だから待つことができた。そのために自分を“竜”にもできた」

 約束通り、彼は帰ろうとしていた。
 諦めず、前に進み続けた。
 そんな夫を、どうしてなじれようか。

「おかえりアサヒ。もう、二度と私を置いてかないで」
「うん……約束する」

 いや、約束するまでもない。自分だって、そうしたいんだ。再会した少女の胸に抱かれ、泣きながら誓うアサヒ。絶対に手離さない。やっと掴んだ、この温もりを捨てはしない。
 ここが二五〇年後の世界であることも、かつての仲間達ともう会えないことも今だけはどうでもいい。
 彼女にまた会えた。それが全て。

「おめでとうございます、竜后様!」
「お二人に祝福を!」
「ああ、竜機兵全機、祝砲を!」

 駿河が通信機らしきものに向かって命じると、街のあちこちから花火が上がった。普通の火薬ではありえない演出を可能とする疑似魔法の花火。美しい色とりどりの光が二人の頭上を鮮やかに彩る。

「立って、ほら」

 朱璃に急かされ、立ち上がるアサヒ。
 頭の位置が逆転した。互いに最愛の伴侶の顔がよく見える。
 彼女は、この瞬間を待ち望んでいた。二五〇年間、ずっと、ずっと。

「これからは、ずっと一緒よ、ダーリン」
「んぐっ!?」

 飛びついてキスをする。初めてのあの時のように驚く夫。街中から歓声が上がり人々は祝福した。彼女の長い長い恋物語の、その幸福な結末と、これからの二人のやはり末永く続くであろう幸多き未来を。
 そうあってほしい。彼と彼女は、それだけの苦難を乗り越えて来たのだから。

【まさか、この我が……人のつがいの再会に、喜ぶ日が来るとはな】

 ライオもまた、最も近い場所で二人の幸福を願う。
 これからもずっと、見守ることを誓って。


 この日、日本皇国に竜王アサヒが帰還した。
 彼の妻、竜后朱璃の長年の忍耐と努力が、ようやく報われた瞬間だった。
 現国皇・美月みつきは彼等が永遠に共にあることを願い、その日から七日間、盛大な祝賀祭を開いた。以後、毎年同じ日から同じ祭が始まるようになった。
 三月二六日。人々はこの日を“双竜の日”と呼ぶ。離れ離れになった人や運命の相手に出会える、そんな縁起の良い日だとされている。

 少年と少女は、数百年の間、人々を見守り続けた。再び人類が世界に広がっていくのを手助けして、さらなる繁栄に導き、やがて──もう自分達の庇護が必要無いと判断すると、別れを告げて二人だけで旅立った。
 彼等がどこへ行ったかはわからない。けれど誰もが確信している。魔素という心の影響を強く受ける物質で形作られた二人は、記憶を保存し続ける物質によって再現されたあの番は、これからもきっと互いを愛し続けるのだろうと。比翼の鳥が、連理の枝を連ねるように。

 宇宙が終わる、その時まで。
 あるいは、さらに永く。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

魔銃士(ガンナー)とフェンリル ~最強殺し屋が異世界転移して冒険者ライフを満喫します~

三田村優希(または南雲天音)
ファンタジー
依頼完遂率100%の牧野颯太は凄腕の暗殺者。世界を股にかけて依頼をこなしていたがある日、暗殺しようとした瞬間に落雷に見舞われた。意識を手放す颯太。しかし次に目覚めたとき、彼は異様な光景を目にする。 眼前には巨大な狼と蛇が戦っており、子狼が悲痛な遠吠えをあげている。 暗殺者だが犬好きな颯太は、コルト・ガバメントを引き抜き蛇の眉間に向けて撃つ。しかし蛇は弾丸などかすり傷にもならない。 吹き飛ばされた颯太が宝箱を目にし、武器はないかと開ける。そこには大ぶりな回転式拳銃(リボルバー)があるが弾がない。 「氷魔法を撃って! 水色に合わせて、早く!」 巨大な狼の思念が頭に流れ、颯太は色づけされたチャンバーを合わせ撃つ。蛇を一撃で倒したが巨大な狼はそのまま絶命し、子狼となりゆきで主従契約してしまった。 異世界転移した暗殺者は魔銃士(ガンナー)として冒険者ギルドに登録し、相棒の子フェンリルと共に様々なダンジョン踏破を目指す。 【他サイト掲載】カクヨム・エブリスタ

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...