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第四部
二章・進軍(4)
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夜になり、旧時代には福島県双葉郡浪江町と呼ばれていた場所までどうにか辿り着いた一行は交代で休息を取り始めた。海に近いこの場所では水棲型の竜や変異種を警戒しなければならない。しかしドロシーの干渉力は弱まる。なので、このまま太平洋沿いに南下を続け、千葉方面から東京に入る予定だ。
ここにも災害調査官が利用する拠点はあるのだが、全員で使うには狭すぎるため、朱璃と月華の二人だけが屋内に割り当てられ、あとは全員野営することとなった。
ベッドに腰かけて簡素な食事を摂る朱璃に、月華は早目の就寝を促す。
「私が守ってあげるから、今夜はゆっくりお休みなさい」
恐ろしいことに、移動中ずっと巨大結界で味方を保護していた彼女は、今なおその障壁を維持したままだ。霊力に目覚めた兵士達は、それがいかに桁外れな力の為せる業か理解して震える。あの童女姿の魔女に限界は無いのかと。
朱璃の場合、呆れた。
「相変わらずとんでもない霊力ね」
驚いてはいない。なにせ、あの大阪の地下都市を数十年に渡り、より巨大な結界で守り続けていたことを知っている。今さらこの程度で驚嘆するものか。
隣のベッドに腰かけた月華は苦笑して肩をすくめた。見た目だけならませた子のようで愛らしい。
「出力も量も規格外だけれど、私の場合、なにより回復力が尋常でないの」
使った分だけすぐに回復してしまうという。それでも蒼黒のような圧倒的スケールの敵に対しては出力が足りず後手に回ってしまったものの、東京までの道中、雑魚を遠ざけるくらいならわけはない。事実、さっきから結界内へ侵入しようとしている敵は数多くいて、その全てが一kmほど先で足止めを喰らっている。
「さっきまでは移動していたから無理だったけれど、位置が固定されれば地中にも結界を展開できるのよ。念の為に見張りは立たせておくけど、足を止めて休んでいる間の安全は保証する」
「寝てても維持できるの?」
「もう寝たわ」
ここへ着いた直後、月華は数分だけ瞼を閉じて横になっていた。まさか、あれで十分な休息が取れたとでも?
訝る朱璃に、魔女は秘密を打ち明ける。
「私はね、時間に干渉できるの」
「時間?」
「三分で九時間分の睡眠を取れる」
冗談かと思ったが、どうもそういう雰囲気ではない。やはり、まだまだ得体の知れない女だと警戒しつつ立ち上がる朱璃。
「あら、どちらへ?」
「お言葉に甘えたいところだけど、アタシも、もう一仕事しないと。ちゃんと動作してるかの確認だけでもしておきたいわ」
「例の装置? 秋田で何度もテストを繰り返したんでしょ? なら、旦那さんとお仲間に任せておけばいいじゃない」
「他人任せは性に合わない。アタシが作ったんだから、アタシが面倒を見る」
「……」
「何?」
月華が、どことなく懐かしそうな目で自分を見ていることに気付き、眉をひそめる朱璃。気のせいだろうか、以前にもこんなことがあったような気がする。
魔女は頭を振った。
「いえ、別に。そういうことなら引き留めはしないわ」
「止められたって、アタシが止まるもんですか」
「でしょうね」
食事を終えて外に出ると、マーカスが大喜びで友之の肩を叩いていた。
「よくやった! あのクソッタレにかましてやったな!」
「小波も大したもんじゃないか。友之と二人だけで、あの時の竜を倒すなんてさ」
「班長が造ってくれた装備のおかげですよ」
門司に褒められ謙遜する小波。でも顔は満面の笑み。真司郎の仇を討てたことがよほど嬉しいらしい。彼女の場合、自分にはこれといった取り柄が無いというコンプレックスを抱えているので、たった二人で竜を倒せた事実が自信も与えてくれたのだろう。
朱璃もあの時の敵を倒せたことに喜んではいる。とはいえ、ちょっとはしゃぎすぎじゃないか?
「ちょっと、アンタ達まさか飲んでないでしょうね?」
半眼で問い質すと、ようやくこちらに気付いたマーカスが顔を上げた。
「バカ言え、流石にこんな時にまで飲みゃしねえよ」
「もしかしてそれ、OKってことッスか班長!?」
「んなわけないでしょ」
本当なら真司郎の弔いの為にも一杯くらい許してやりたいところだけれど、ここで甘い顔を見せたら他の者達に示しがつかない。今は月華と合同で全軍の指揮を執っている立場なのだ。
「はしゃぐのはいいけど、ほどほどにしときなさいよ。明日も早いんだからね」
「おう、見張りは陸軍の連中が引き受けてくれるそうだ。お前もゆっくり休め」
「補給作業が終わったらね」
手を上げ、彼等から離れる朱璃。その足で向かった先は喧騒から少し離れた場所だった。安全のため、ある程度の距離を保たせている。
そこでアサヒが能力を使い、魔素の渦を発生させていた。
「順調?」
「あ、その声、朱璃?」
「正常に稼働しています、主任」
この作業のため同行した研究員・三浦 宇三美が報告する。二人の、いや、もう一人の研究員・高橋 虎二も含めた三人の横には荒れ地でも走行できるよう旧時代のオフロード車を改造して作られた台車と、その上に乗った装置の姿。円筒形の機械の表面に無数の穴が空いていて、今はそこに数十本の透明な筒を斜めに差し込んであった。DAシリーズを動作させるための、あの人工高密度魔素結晶を封じ込めたカートリッジ。
──この装置は人工魔素結晶を短時間で生成すべく開発したものだ。アサヒの魔素吸収能力と霊術を組み合わせることにより、従来なら一本に二週間かけていた工程を二時間にまで短縮。しかも複数同時にリチャージできる。
欠点はこれを使っている間、彼だけ一睡もできないこと。王族なのにベッドが用意されなかったのは、そういう理由。
ここにも災害調査官が利用する拠点はあるのだが、全員で使うには狭すぎるため、朱璃と月華の二人だけが屋内に割り当てられ、あとは全員野営することとなった。
ベッドに腰かけて簡素な食事を摂る朱璃に、月華は早目の就寝を促す。
「私が守ってあげるから、今夜はゆっくりお休みなさい」
恐ろしいことに、移動中ずっと巨大結界で味方を保護していた彼女は、今なおその障壁を維持したままだ。霊力に目覚めた兵士達は、それがいかに桁外れな力の為せる業か理解して震える。あの童女姿の魔女に限界は無いのかと。
朱璃の場合、呆れた。
「相変わらずとんでもない霊力ね」
驚いてはいない。なにせ、あの大阪の地下都市を数十年に渡り、より巨大な結界で守り続けていたことを知っている。今さらこの程度で驚嘆するものか。
隣のベッドに腰かけた月華は苦笑して肩をすくめた。見た目だけならませた子のようで愛らしい。
「出力も量も規格外だけれど、私の場合、なにより回復力が尋常でないの」
使った分だけすぐに回復してしまうという。それでも蒼黒のような圧倒的スケールの敵に対しては出力が足りず後手に回ってしまったものの、東京までの道中、雑魚を遠ざけるくらいならわけはない。事実、さっきから結界内へ侵入しようとしている敵は数多くいて、その全てが一kmほど先で足止めを喰らっている。
「さっきまでは移動していたから無理だったけれど、位置が固定されれば地中にも結界を展開できるのよ。念の為に見張りは立たせておくけど、足を止めて休んでいる間の安全は保証する」
「寝てても維持できるの?」
「もう寝たわ」
ここへ着いた直後、月華は数分だけ瞼を閉じて横になっていた。まさか、あれで十分な休息が取れたとでも?
訝る朱璃に、魔女は秘密を打ち明ける。
「私はね、時間に干渉できるの」
「時間?」
「三分で九時間分の睡眠を取れる」
冗談かと思ったが、どうもそういう雰囲気ではない。やはり、まだまだ得体の知れない女だと警戒しつつ立ち上がる朱璃。
「あら、どちらへ?」
「お言葉に甘えたいところだけど、アタシも、もう一仕事しないと。ちゃんと動作してるかの確認だけでもしておきたいわ」
「例の装置? 秋田で何度もテストを繰り返したんでしょ? なら、旦那さんとお仲間に任せておけばいいじゃない」
「他人任せは性に合わない。アタシが作ったんだから、アタシが面倒を見る」
「……」
「何?」
月華が、どことなく懐かしそうな目で自分を見ていることに気付き、眉をひそめる朱璃。気のせいだろうか、以前にもこんなことがあったような気がする。
魔女は頭を振った。
「いえ、別に。そういうことなら引き留めはしないわ」
「止められたって、アタシが止まるもんですか」
「でしょうね」
食事を終えて外に出ると、マーカスが大喜びで友之の肩を叩いていた。
「よくやった! あのクソッタレにかましてやったな!」
「小波も大したもんじゃないか。友之と二人だけで、あの時の竜を倒すなんてさ」
「班長が造ってくれた装備のおかげですよ」
門司に褒められ謙遜する小波。でも顔は満面の笑み。真司郎の仇を討てたことがよほど嬉しいらしい。彼女の場合、自分にはこれといった取り柄が無いというコンプレックスを抱えているので、たった二人で竜を倒せた事実が自信も与えてくれたのだろう。
朱璃もあの時の敵を倒せたことに喜んではいる。とはいえ、ちょっとはしゃぎすぎじゃないか?
「ちょっと、アンタ達まさか飲んでないでしょうね?」
半眼で問い質すと、ようやくこちらに気付いたマーカスが顔を上げた。
「バカ言え、流石にこんな時にまで飲みゃしねえよ」
「もしかしてそれ、OKってことッスか班長!?」
「んなわけないでしょ」
本当なら真司郎の弔いの為にも一杯くらい許してやりたいところだけれど、ここで甘い顔を見せたら他の者達に示しがつかない。今は月華と合同で全軍の指揮を執っている立場なのだ。
「はしゃぐのはいいけど、ほどほどにしときなさいよ。明日も早いんだからね」
「おう、見張りは陸軍の連中が引き受けてくれるそうだ。お前もゆっくり休め」
「補給作業が終わったらね」
手を上げ、彼等から離れる朱璃。その足で向かった先は喧騒から少し離れた場所だった。安全のため、ある程度の距離を保たせている。
そこでアサヒが能力を使い、魔素の渦を発生させていた。
「順調?」
「あ、その声、朱璃?」
「正常に稼働しています、主任」
この作業のため同行した研究員・三浦 宇三美が報告する。二人の、いや、もう一人の研究員・高橋 虎二も含めた三人の横には荒れ地でも走行できるよう旧時代のオフロード車を改造して作られた台車と、その上に乗った装置の姿。円筒形の機械の表面に無数の穴が空いていて、今はそこに数十本の透明な筒を斜めに差し込んであった。DAシリーズを動作させるための、あの人工高密度魔素結晶を封じ込めたカートリッジ。
──この装置は人工魔素結晶を短時間で生成すべく開発したものだ。アサヒの魔素吸収能力と霊術を組み合わせることにより、従来なら一本に二週間かけていた工程を二時間にまで短縮。しかも複数同時にリチャージできる。
欠点はこれを使っている間、彼だけ一睡もできないこと。王族なのにベッドが用意されなかったのは、そういう理由。
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