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No.4

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 そうだよ、俺はあの時から怖くなったんだよ。

 本来俺よりも立場が弱いはずのオメガを。

 「っ……お前、抑制剤飲んだっつってたよな?」

 未だにあの光景、匂い、全部まだ覚えてる。

 大学一年のとき、大学の講義が終わってうちのドアを開けると、むわっと嫌な甘ったるい匂いが漂ってきた。

 察したよ、それがオメガのフェロモンだったんだって。

 「ふふ、飲んでないよ。陽一、いっぱい楽しもうよ。ね?」

 「辞めろ、辞めろ!近付くな!」

 俺が初めてオメガを喰ったのは、そのときだった。

 相手は、俺の幼馴染・東彩斗あずまあやとだった。

 別に、俺は彩斗のことは好きじゃなかった。

 アイツが一方的に俺に迫ってきただけなんだよ。

 高校三年のとき、唐突に告白された。

 もちろん断った、好きじゃなかったから。

 あれから丸一年経って、てっきり彩斗も俺のことを諦めてくれたんだ、そう確信していたのに。

 「陽一ッ……ふふ、やっぱり俺にしておけば良いのに、俺なら陽一を満足させてあげられるよ?ほら、今みたいにね。」

 違う、違う。

 あれは俺じゃないんだよ、赤の他人なんだよ。

 アイツのフェロモンにてられて、ラット状態に陥って。

 こんな言い方だと、月並みだろうか。

 本当に理性が全部ぶっ飛んでった感覚がして、気持ち良かったことしか記憶に残っていない。

 半ば……っていうか、強引に襲わされて。

 トラウマにならない奴が居るかよ。

 あれ以来、恋愛に消極的になった。

 オメガを見る度に億劫になって、あのときのことを思い出して、自分でも制御出来ない欲望が眠っているとわかって、怖くなって。

 コントロール出来ない自分が居たことに気が付けなかったのが、何より怖かった。

 「……んぁ~~っ、」

 なこと思い出しちったわ。

 辞めよ辞めよ。

 別にあれに関しては俺被害者だし、俺はなんも悪くねーの。

 「おわ、なんか落ちとる。」

 そう、俺は悪くないんだ。

 そう言い聞かせながら唖然として突っ立っていると、橋の手すりの上に何かが置いてあるのが見えた。

 置いてあるって言うか、落ちてるっていうか。

 訝しげに眉をひそめては、その長方形型の物体を手に取る。

 「うっわぁ、財布じゃん。」

 目を凝らして確認して、それの正体が長財布であることに気がついた。

 うわっ……しかも、このブランドの財布バカ高いのね。

 そのまま何も考えずに、流れで財布の中身を覗いてみる。

 「んと~?うきす……すみや?」

 財布のポケットの中に、アイツのものと思える名刺が一枚。

 "浮須澄也"。

 まぁ、アイツの名刺だろう。

 だってアイツ、仕事場?の先輩から澄也って呼ばれてたよな。うん。

 "ちょっと~、澄也くん呑んでないんじゃなぁ~い?"
 
 うん、言ってた言ってた。

 てか、"呑んでないんじゃなぁ~い?"ってなんなんだよ。

 どこの昭和のオッサンだよ、気持ち悪ぃ。

 やっぱあんな美形に生まれちまったら、気持ち悪ぃオッサンファンも着くのな。

 てことは、別に俺はアイツを妬んではいなかったってことで良いよな。

 「ん……?」

 ふと何かの違和感を感じて、もう一度名刺へと視線を落とす。

 「うきま……すみや?」

 名前の上に書いてあるフリガナをしっかりと確認する。

 ”浮須澄也うきますみや”。

 「はぁ!?アイツこれで浮須うきまって読むの!?」

 源したごうとかいう日本史の人物名くらい意味分からんわ、もはや当て字やんけ。

 やっぱ、何事も平々凡々が一番良いんだ。

 そう、俺だって平々凡々のベータさんにでも生まれたかったよ。

 そしたら今頃、女の人と付き合ったりして……なんて、また変なこと考えてるわ。
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