第七魔眼の契約者

文月ヒロ

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第一章:始まりの契約

第30話【名無し】(1)

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 地震でも起こっているような揺れが【迷宮】全体で続く最中、地鳴りの中に数秒の沈黙が紛れた。

『差し詰め、驚いて声も出ない、といった所か』

「…あぁ驚いてらぁ、んなヤベェのがいるって事、初めに言わなかったテメェの神経にな……。何で言わなかったよ」

『伝えてもどうにもならない事だからね、けれど、実を言うと今教えようとしていた所だったんだ。この階層の深部まで来てしまえば、は確実に目覚めるからね。もっとも、もう手遅れだったようだけれど…くっふふ……ッ』

 そう言って、ノウズは何がおかしいのか小さく笑い声を漏らした。
 きっと、悟のそんな思考を読み取ったのだ、ノウズが突拍子のない話をし始める。

『しかし…神々は余程魔眼ボク達が恐ろしかったようだ。君達の様子を見ていれば、それがよく分かる。知っているかい?神話の時代、魔眼とその【適合者】は、を成す為の存在として危険視されていた。だからこそ、ボクと魔眼に関する重要な知識の二つが、彼等の手によってこの【迷宮】に封印された訳だが……その監視役が前代未聞の化け物でね。さっきも言ったけれど、飛び切りさ、ボクも驚いた程の』

 饒舌、魔眼の喋りはまさに饒舌その物だった。
 けれど、おどけた調子で喋る声には、どこか絶望が混じっている。
 言いようのない不安感が悟の胸に圧し掛かる。

 そして、そんな時に限って悟の予感は的中するのだ。

「……ッ!?」

【迷宮】の主、ノウズの言うその存在が本当にいるのだとして、悟達二人の居場所に気付いているのだとして、まだこちらに姿すら見せていない。

 だというのに。

 ――おい…何でいま英雄紋が反応してんだよ……ッ?

 視界の端に蒼白い光が映り込み、移す視線。
 その先に見えたのは、死地でしか発動しない右手の甲の紋章。

『どうやら、から招待状が届いたようだ』

 頭の中に届いたノウズの言葉。
 直後、悟達の足元に巨大な赤い魔法陣が瞬時に展開される。

「…うッ」

「何……!?」

 魔法陣から発せられる強烈な光に目が眩んだ。
 しかし、それも数秒程の事。

「何、アレ…ッ」

 不意に、瞳の声が聞こえ、おもむろに持ち上げる瞼。



 ――刹那、悟の視界が紅蓮色に染まった。

 熱い、熱い、熱いッ。眼前、嵐のように荒れ狂う炎の渦が、皮膚が焼け焦げそうなほど強烈な熱を発していた。

 明らかに先程までとは違う空間、明らかな異常事態。
 直前のノウズの言葉。それを考えれば、ここは恐らく【迷宮】の主が住まう場所。

 だとすれば、目の前の、あの炎の塊が【迷宮】の番人だというのか?

「っざけん、じゃ……――ッ!?」

 言いかけて、突如射出された巨大な火球に、言葉が消し飛んだッ。

「―――――ッッ!!!」

 咄嗟に突き出す右手より、魔力を放ち盾とす。
 一瞬だ、一瞬の出来事だった。全力の魔力放出が、その一撃を防ぎ切った。同時、悟達の両脇を火球の炎が通り過ぎ、後ろの壁か何かに激突する。
 攻撃を防いだ、というよりは弾いた。とはいえ…。

 ――っそが…弾くので限界じゃねぇかよ……ッ。

 第七位階級魔術、それに匹敵する威力を誇る己の一撃が、実質的に無効化されたのだ。
 到底喜べる事態ではなかった。

「悟…その力、一体…」

「そっちの話は後でな。それよりも……ッ」

 隣まで近寄り尋ねて来た瞳を制し、悟は眼前の炎の塊を見据える。
 暴れるように乱舞する炎は次第に形を成していき、最後には一つの巨大生物のような物へと変化した。

「何だコイツ。ヤモリ…いや、トカゲ、か……?ってことは、おいまさかこのデカブツって――」

『火の大精霊・サラマンダー、ではないさ、彼はね。……と言っても、性別なんてない。いや、そもそも、何者でもない。同族も種族名も、正式な名すらないんだ。彼は、神がボクを監視する為だけに創られた存在だから』

 不意に、トカゲを模した炎の怪物がその身に宿す魔力を一気に解放し、悟達を威圧した。

『生まれたばかりの悪魔が、サラマンダーの力の一部を神に喰わされ、神の加護を受け成った悪魔とも精霊とも呼べない怪物。二人とも…彼は【名無し】――元悪魔の半神さ』






「…………は、ぁ?」

「半、神って…そんな、ウソでしょ……」

 神ではない、しかし、ただの【魔術師】では、辿り着く事の叶わない英雄の領域に住まう存在だ。
 そんな圧倒的強者が、今、目の前にいる。
 驚愕に止まっていた思考を、悟は再び回した。 

 サッと視線だけを素早く動かして周囲を見る。
 ゴツゴツとした岩で出来た巨大なドーム状の空間。直径は、およそ百から百五十メートル程か。
【名無し】の炎により、辺りが朱色の光に照らされてこそいるが、それもこの状況では不幸中の幸いというべきか怪しい。

 そして、やはり辺りに出口らしき物は見当たらない……。

「しゃあねっ、やるか」

 悟は小さく溜め息を付くと、そう呟いた。
 だが、それに強く反対したのは瞳だった。



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