第七魔眼の契約者

文月ヒロ

文字の大きさ
上 下
26 / 64
第一章:始まりの契約

第25話赤眼瞳の秘密

しおりを挟む
◆◇◆◇◆◇◆

 四年前の、十二歳で初めて潜った【迷宮】でのあの出来事を、今でもたまに夢で見る。

 赤眼瞳もその時まではまだ、【魔術師】として大成するのだと信じて疑っていなかった。
 ――彼女は、よわい五にして第四位階級の魔術を成功させた、天才の中でもなお突出した天才だった。
 赤眼家では四百年前に第五魔眼の【適合者】が一人生まれたきり、それ以降魔眼に魅入られる者は現れなかった家だ。だが反面、魔術の才に関しては秀でた者が生まれやすい家系でもあった。

 しかし、そんな歴史の中で、近年、赤眼家の術師の実力は衰えを見せ始めていた。子どもは皆、魔術の資質がある者同士から生まれていたというのに、だ……。

 落ち目。赤眼が生まれたのは、彼女の家が周りからそう認識されだしてからしばらくの事。
 まるで、この数十年間に生まれた赤眼家の術師が持つはずであった才能を、全て吸収したかのように彼女の力は凄まじく、特に魔力量は異常なまでに高かった。

 そして、そう、十二歳の時だ。当時が人生初の【迷宮】攻略の為の探索だった。
 異空間で人知れず魔物や悪魔達と戦う地味な仕事。おまけに高リスクの割りに儲からない。
 将来なるとするなら【魔術師】を取り締まる裁定官あたりか。

 兎に角、今回の探索は【魔術師】なら誰でも一度は通る道なのだ、同行する大人達より活躍して今後に役立てればいい。

 そう思って探索中、魔物を発見すればすぐさま魔術の炎で焼き尽くし、仲間が敵に囲まれていれば片手間に援護へ回った。
 攻略難易度もそこまで高くない事もあり、瞳は活躍に活躍を重ねた。

 ――だから、陰でその尋常でない才能を妬まれた。

 事態が急変したのは、探索開始から数時間が経過した頃だったか。
 百を超える魔物の大群が瞳達の方へと押し寄せて来たのだ。それも戦闘中に。
 きっと、偶然だった。

 無論、対処が出来ない訳ではなかったはずだ。味方全員で固まって、それから周囲にいる魔物の包囲を一点突破し逃走する。そうして、殿しんがりは余力のある者が務める。そう、逃げるだけなら上手くいくはずだったのだ。

 だが、パニックが起こった。

 今までに経験して来なかった危機に、周囲の大人達は統率などお構いなしに我先にと逃げていく。
 周囲を見渡すが、誰もが冷静な思考を失っている事に瞳は気付いた。

『これッ……!』

 不味い、と思った彼女も逃走を選択。こうなっては個人の力で逃げ切る他ない。

 幸い動けない人間はいない。
 ギリギリ無事に生還出来るか。そんな思考が過った時だった、不意に、前方を走る大人の【魔術師】が顔を少し振り向かせ瞳を見た。

 ニタリと、その【魔術師】が醜悪な笑みを浮かべた気がした。

 一瞬にして全身に走る怖気。
 そして、次の瞬間、瞳の足元が急速に大きく隆起した。

『……………………………えっ?』

 ――土、魔術……!?前の人、何で、私に…?

 勢いよく盛り上がった地面に吹き飛ばされ、地面を転がった。
 立たなければ、逃げなければ。そうでなければここで死ぬ事になる。

 故に、地に伏した状態で眼前を見上げて――絶望した。

 目の前に出来た巨大な壁。
 見た目に反してそこまで硬くない壁だ、第四位階級の魔術で壊せば前へ進める。けれど、その間に魔物に追い付かれてしまう。
 地に体を叩き付けられて、上手く動けない。
 どうして、誰も助けてくれない。今のを見ていた者もいたはずだ。

 駄目だ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ駄目駄目ダメ、死――。











 そうして恐らく、三時間後。


『…はぁ……はぁ……はぁ…………着い、た…』

 赤眼瞳はボロボロの状態で【迷宮】から脱出した。
 体のあちこちに傷を負い、方足を引き摺って、血塗れになりながらも生還した。襲って来た魔物の約半数を倒し、死に物狂いで逃げて来た。
 だがこれは、あの魔術を放った【魔術師】と、周りの大人達から謝罪を貰うだけでは済まされない話。裁定官が黙っていないはず。

 だというのに、【迷宮】の中から出て来た彼女に対し、
 おまけに、この事件についてどれだけ説明しても、裁定官は動いてくれなかった。

『…………ッ』

 言葉が出なかった。

 死に、かけたのだ。
 怖かった、のだ。
 もう、何度も、助からないと思う程の経験をしたのだ……ッ。
 それを、それを…なかった事にされたのだ。

 ……涙が出た。

『あぁ、そういう…そういう事ね……』

 この時、瞳は悟った。
 出る杭は打たれる。落ち目と言われた家系の【魔術師】が出しゃばった真似をしたが故に消されかけた、これはそういう事。

 ――秘密に、秘密にしよう…この、力を。でないと、でないと、次は殺される……ッ。

 強烈な死の恐怖が心に刻まれた。
 なるべく目立たないように、全力を出して位階など上げてしまわないように。
 潜るのだ、【迷宮】に。誰も信じられないから、独りで、慎ましく。
 それが【魔術師】として生き残っていく方法だ。

 ……けれど、あの言葉が脳裏に蘇る。

『ち、ち違うんです、あんなやり方しか思いつかなかっただけです!ので、うん、仕方ないよなさっきのは。あ、いやッ。け、けどアレだ、今度は――って、んな機会ある気しねぇけど――もっとマシな庇い方するから……な?ほ、ほら、あんま怒んなって。それに、一応俺等パートナーな訳で、助けないってのはちょっと問題があるような気が……ねぇ?てか、普通助けるじゃんよ』

 それが普通だから、なんて理由で命懸けの行動に出られる人間が、この世界にどれ程存在するだろうか。
 きっとあの時、自分の中で一番されたい事を和灘悟にされた。過去にしてもらえなかった事を。
 同時に、そんな悟が眩しく映った。四年前のトラウマに怯えて何も出来なくなった自分とは、まるで違うのだと思ったのだ。
 そして、また悟と共に【迷宮】へ潜るのも悪くないと思い始めていた。

「……て、ない…」

 だというのに、【迷宮】の特例最下層で彼は消えた。
 眼前の別空間への穴はで閉じかけている。

「まだ…って、ないッ……」

 ……ふざ、けるな。

 ――悟を、私のパートナーを返せッ。

 それはまだ、恋心ではない。けれど、和灘悟との間に生まれた確かな絆だ。

 それが叶わないなら、それを阻止するというのなら、

「まだ、終わってないッ!」

 もういい。この別空間への穴を抉じ開けるッ。

「――ッ!!」

 赤眼瞳の全身から、膨大な量の赤黒い魔力が迸る。直後、それは漆黒のほのおと化す。
 幻獣魔術・火――【竜焔ドラゴン・フレイム】。
 彼女が天才たる所以の固有魔術。
 四年もの間、人前では隠し続けて来た力。

 圧倒的な破壊力を持つ竜のほのおが、瞳が持つ大量の魔力を糧に、今、世界に解き放たれた。

 自重などしない、和灘悟にこの力を見られようとどうでもいい。
 ただ、目の前の理不尽を捻じ曲げたい。
 だから、

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああッッ!」

 黒き焔が、収束し消えようとする別空間への入り口を、その力で無理矢理に抉じ開けようとする。
 徐々に、徐々に、入り口が広がっていく。

 ――今ッ……!

 今ならばあの中へと入って行ける。
 転移先への入り口のある転移魔術。一体どこに繋がっているかは分からない。
 だが、瞳はその先へと飛び込んだ――。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「ここ、は……」

 気が付けば、見知らぬ場所で倒れていた。
 辺りを見渡す。しかし、悟の姿が見当たらない。
 一体どこにいるのだろうか。

 そう思っていた時だった。

『おや、まさか一日に二人も客人が来るとはね。もしかして、悟の仲間かな?……ふむ、どうやら当たりのようだ』

 ――誰?頭に、声が直接……ッ。

 そんな疑問が瞬時に脳裏を過った。
 だが、

『あまり時間もない。単刀直入に言おう、赤眼瞳、和灘悟の命が危ない。今直ぐ手を貸して欲しい』

 謎の声の唐突な言葉に、瞳の思考は一瞬にして切り替わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゲームのモブに転生したと思ったら、チートスキルガン積みのバグキャラに!? 最強の勇者? 最凶の魔王? こっちは最驚の裸族だ、道を開けろ

阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
 どこにでもいる平凡なサラリーマン「俺」は、長年勤めていたブラック企業をある日突然辞めた。  心は晴れやかだ。なんといってもその日は、昔から遊んでいる本格的ファンタジーRPGシリーズの新作、『レジェンドオブインフィニティ』の発売日であるからだ。  「俺」はゲームをプレイしようとするが、急に頭がふらついてゲーミングチェアから転げ落ちてしまう。目覚めた「俺」は驚く。自室の床ではなく、ゲームの世界の砂浜に倒れ込んでいたからである、全裸で。  「俺」のゲームの世界での快進撃が始まる……のだろうか⁉

幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~

桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。 そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。 頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります! エメルロ一族には重大な秘密があり……。 そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。

ちびっ子ボディのチート令嬢は辺境で幸せを掴む

紫楼
ファンタジー
 酔っ払って寝て起きたらなんか手が小さい。びっくりしてベットから落ちて今の自分の情報と前の自分の記憶が一気に脳内を巡ってそのまま気絶した。  私は放置された16歳の少女リーシャに転生?してた。自分の状況を理解してすぐになぜか王様の命令で辺境にお嫁に行くことになったよ!    辺境はイケメンマッチョパラダイス!!だったので天国でした!  食べ物が美味しくない国だったので好き放題食べたい物作らせて貰える環境を与えられて幸せです。  もふもふ?に出会ったけどなんか違う!?  もふじゃない爺と契約!?とかなんだかなーな仲間もできるよ。  両親のこととかリーシャの真実が明るみに出たり、思わぬ方向に物事が進んだり?    いつかは立派な辺境伯夫人になりたいリーシャの日常のお話。    主人公が結婚するんでR指定は保険です。外見とかストーリー的に身長とか容姿について表現があるので不快になりそうでしたらそっと閉じてください。完全な性表現は書くの苦手なのでほぼ無いとは思いますが。  倫理観論理感の強い人には向かないと思われますので、そっ閉じしてください。    小さい見た目のお転婆さんとか書きたかっただけのお話。ふんわり設定なので軽ーく受け流してください。  描写とか適当シーンも多いので軽く読み流す物としてお楽しみください。  タイトルのついた分は少し台詞回しいじったり誤字脱字の訂正が済みました。  多少表現が変わった程度でストーリーに触る改稿はしてません。  カクヨム様にも載せてます。

【完結】後宮の化粧姫 ~すっぴんはひた隠したい悪女ですが、なぜか龍皇陛下に迫られているのですが……?!~

花橘 しのぶ
キャラ文芸
生まれつきの顔の痣がコンプレックスの後宮妃、蘭月(らんげつ)。 素顔はほぼ別人の地味系女子だが、他の誰にも負けない高い化粧スキルを持っている。 豪商として名を馳せている実家でも、化粧スキルを活かした商品開発で売上を立てていたものの、それを妬んだ兄から「女なのに生意気だ」と言われ、勝手に後宮入りさせられる。 後宮の妃たちからは、顔面詐欺級の化粧と実家の悪名により、完全無欠の美貌を持つ悪女と思われているのだった。 とある宴が終わった夜、寝床を抜け出した先で出会ったのは、幼いもふもふ獅子の瑞獣、白沢(はくたく)。そして、皇帝―漣龍(れんりゅう)だった。 すっぴんを見せたくないのにも関わらず、ぐいぐいと迫ってくる漣龍。 咄嗟に「蘭月付の侍女である」と嘘をつくと、白沢を保護して様子を定期報告するよう頼まれる。 蘭月付の侍女として、後宮妃として、2つの姿での後宮ライフが始まっていく。 素顔がバレないよう、後宮妃としてはひっそり過ごそうと決めたものの、化粧をきっかけに他の妃たちとの距離もだんだんと縮まり、後宮内でも目立つ存在になっていって——?! すっぴんはひた隠したい化粧姫蘭月と、そんな彼女を自分のものにしたい皇帝の中華後宮恋愛ファンタジー!

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

今日も愛する人との婚約破棄ができない

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
『今日こそは、婚約破棄をしよう』 ルビーノ・ラーゲルフェルトは、公爵家の三男坊で、細目で、猫背で、前髪で顔を半分を隠す、自称ヘタレだ。 ある事件をきっかけに、次期女王となるエリザベート・アルムダレーンの婚約者となってしまったため、「エリーには自分よりも相応しい人が隣に立つべきだ」と奮闘する──が? ※彼視点です ※紫野いずみ様主催「ヘタレヒーロー企画」に参加させていただきます✨

〈第一部完・第二部開始〉目覚めたら、源氏物語(の中の人)。

詩海猫
キャラ文芸
ある朝突然目覚めたら源氏物語の登場人物 薫大将の君の正室・女二の宮の体に憑依していた29歳のOL・葉宮織羽は決心する。 この世界に来た理由も、元の体に戻る方法もわからないのなら____この世界の理(ことわり)や思惑など、知ったことか。 この男(薫)がこれ以上女性を不幸にしないよう矯正してやろう、と。 美少女な外見に中身はアラサー現代女性の主人公、誠実じゃない美形の夫貴公子、織羽の正体に勘付く夫の同僚に、彼に付き従う影のある青年、白い頭巾で顔を覆った金の髪に青い瞳の青年__謎だらけの物語の中で、織羽は生き抜き、やがて新たな物語が動き出す。 *16部分「だって私は知っている」一部追加・改稿いたしました。 *本作は源氏物語ではありません。タイトル通りの内容ではありますが古典の源氏物語とはまるで別物です。詳しい時代考証などは行っておりません。 重ねて言いますが、歴史小説でも、時代小説でも、ヒューマンドラマでもありません、何でもありのエンタメ小説です。 *平安時代の美人の定義や生活の不便さ等は忘れてお読みください。 *作者は源氏物語を読破しておりません。 *第一部完結、2023/1/1 第二部開始 !ウイルスにやられてダウンしていた為予定通りのストックが出来ませんでした。できる範囲で更新していきます。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

処理中です...