第七魔眼の契約者

文月ヒロ

文字の大きさ
上 下
2 / 64
第一章:始まりの契約

第1話 最弱の落第

しおりを挟む
 頭上から降り注ぐ猛烈な熱気によって目を覚ました和灘わなださとるは、辺りを見渡し、一瞬思った。

「は?」

 疑問符を入れても二字であるのに、その言葉は、今の少年の心情を恐ろしく的確に表現していた。

 無理もない。

 髪や顔が焼けそうな程の高熱の正体は、正真正銘それらを焼けてしまう炎から発せられていたものだったのだから。
 付け加えると、何故か自分が逆さ釣りになっている。

 つまり、状況的には。

「ノーですノーです!これダメな奴ぅッ。ちょ、ま、マジ助けてくださいましぃッ!」

「あぁ、起きたの悟くん。うんうん、相変わらず良い反応なの」

 顔を青くさせながら必死に叫び助けを乞うも、返ってきたのは呑気な口調と台詞が混ざった声一つ。しかも聞き覚え有りまくりだった。

 ばっ、と声のする斜め上へ顔を向ける。今の悟は逆さになっている。よって客観的に見れば下、つまり地上の方だ。

 そして、案の定そこには一人の女性がいた。鞭野琴梨むちのことり、悟の担任だった。

「『あぁ、起きたの』じゃっねぇよ!琴梨先生この野郎!助けてお願い。ねぇ、死んじゃう、死んじゃうからぁッ!」

「?大丈夫、先生は満足なの~」

「俺は大分不満だよ!」

「あら、先生を見て不満なんて…悟君のド・ス・ケ・ベ、なの~」

「じゃあアンタはドアホだ。今の会話のどこにそんな要素あったよ!?なかったよな!」

「むぅ――…つれないの。あっ、ねぇ悟くん、新調した鞭でなぶっても良いかしら?具合を確かめたいのっ」

「俺もうこの先生やだぁ……」

 長い深緑の髪を纏めポニーテールにし、それと同色の瞳を宿した琴梨。

 やや低身長であり童顔なのはご愛嬌。

 しかし、趣味の方は見ての通り嗜虐的。これで二十歳の合法ロリであるにも関わらず、まるで可愛らしさを感じない。更に、身に纏う黒いスーツとミニスカートに加えて、腰に携えた漆黒の鞭がそれらしさをより顕著に表していた。
 一部生徒には大好評らしいが、生憎と悟はなぶられてよろこぶような感性は持ち合わせていない。

「と、まぁそんな茶番はひとまず置いておくとするの」

 不意に、琴梨はまぶたを閉じ、場の雰囲気を仕切り直すようにポンッと胸の手前で軽く一拍手した。そしてスッと目を開くと、悟を再びその深緑の双眸そうぼうで見つめる。



「はッ…!しまっ、糞、こんな所で油売ってる場合じゃなかった!」

 言われて思い出した。
 この洞窟の中のような場所は、【魔術師】の数少ない教育機関・第六魔法学院にある施設の一つ【疑似迷宮】。

 しかも今は、試験の真っ最中。

 それも悟の運命を左右する、絶対に落とすことが出来ないものだ。

「これに落ちたら、悟君は落第確定だったかしら?あぁ…あと一分立てば悟君のその焦った表情は、絶望に染まったものへと変わっちゃうのね……。うふっ――興・奮、しちゃうの」

「アンタそれでも教師かァァァァぁああッ!」

 もうこのドS教師は駄目なのかもしれない。
 自分の受け持った生徒が落第するのだ、普通ならば複雑な気持ちにでもなるだろうに。

「って、そうだそうだ落第!」

 意識が琴梨に向き過ぎていたが、今己のすべきことは彼女に対してわめくことではなく落第の危機を乗り越えること。

 しかし現在、悟は逆さ釣りにされ、その真下には魔法陣から炎が吹き出している状態だ。

 注釈を入れるならば、悟のような学院生活二年目に突入した者にとっては初歩も初歩な【トラップ】である。…はずなのだが、当の本人はいとも容易く嵌まってしまっている、といった所だろう。【迷宮】攻略を目指す者にとっては致命的だ。

 が、その終わっている部分は正直今はどうでもいい。

 問題は、身動きがまるで取れないというその事実だ。
 何せ手は動くものの、迂闊に両足首を縛ってる縄をほどこうものなら下の炎に焼かれて大怪我は間違いなしなのだから。

「不味いぃ…!ど、どうする?……ぁッ」

「ん?どうかしたの、悟くん」

 見つけた。この状況を打破する一手を。

「えぇ、まぁ…!」

 その瞬間、琴梨が見たのは、口を三日月のように歪ませ作った悟の鋭い笑み。
 唇の隙間から剥き出た吸血鬼のように凶暴な犬歯。

「――!」

 不味い、何かが不味い。
 急速に高まる危機感が琴梨を襲い、咄嗟に距離を取ろうとして、

「【加速】」

 その直前、少年の口より紡がれた力を伴った短い単語。
 次の瞬間、言葉は淡く白い光――魔力を彼の全身へ纏わり付かせる事で彼に不思議を可能とさせた。

 ――魔術、そう呼ばれる力によって和灘悟は逆さになったまま、前方に立つ琴梨の元へ加速し向かったのだッ。

「きゃッ!」

 直前の判断が功を奏し、迫る悟の額を紙一重で避けた琴梨。

 しかし、

「悟君はどこ?」

 逆さ釣りにされていたのだ。本来ならば、今頃琴梨の目の前で悟は振り子の要領で宙をぶらぶら揺れているはずだ。
 だが気が付けば、悟の両足を縛っていた縄は途中で切れ、彼の姿がなくなっていた。

 いや、考えろ。魔術を行使した時はまだ縄の拘束からは抜け出してはいなかった。恐らく、自分が目を離した隙に、自らの足首を縛る縄を切って【トラップ】から脱出したのだろう。

 つまり悟は、

「後ろ!」

 言いながら、振り向く。
 距離にして一メートル。そこに――自分へ襲いかかろうとする和灘悟がいた。

 瞬時に拳を突き出す琴梨。

「なッ…!?」

 だが悟は、地を踏み締め、同時にしゃがむことで琴梨からの攻撃を回避した。

 そして、即座に視線で目標を捉えに移る。
 視界に入ったのは、琴梨の腰に装備されているウエストポーチ。

 試験内容は試験官を倒すことではなく、試験官が持つ宝石の奪取。

 今回はあのウエストポーチに入っている。

 しゃがんだ姿勢から、そこへ目掛けて膝を伸ばす。瞬間、右手もウエストポーチへ伸ばそうとく悟。

「おっらッ…もらったぁぁぁぁああ!」

 勝利は目前、これで決め――

「うわっ」

 そう勝利を半ば確信しながら、琴梨の腰の一寸手前まで届いた指先。だがそこで、悟の右足首に違和感が巻き付いた。足に絡み付くその感覚の正体が、琴梨の鞭だと直後に気付く。

 と、ほぼ同時――鞭が悟を強引に引っ張り姿勢を崩させた。僅かに地面から離れた少年の体。
 そして、その小柄な体からは想像出来ない琴梨の膂力によって、漆黒の鞭が彼の体と共に真横へ引っ張られる。

 最中に足に纏わり付く感触が離れるも、時既に遅し。

「カ――ハッ……!」

 直後、悟は【疑似迷宮】の岩壁に背中から叩き付けられた。

 激痛を感じながら、衝撃によって肺の中に存在する空気を全て吐き出す。
 痛い、痛い、痛い。
 痛いが、のだと思いながら、あぁ、加減されたんだなぁ、と悟は察した。

 でなければ、琴梨の攻撃が直撃した時点で、自分は痛みを感じる暇もなくミンチになっていたはずだ。

 そうなっていないのは、彼女の優しさが原因か、嗜虐趣味が原因か。
 いずれにせよ、悟は生きている。

 しかし。

「危ない危ない♪」

「……ぐ………ぅ、うぅ…………」

 微かな呻き声の後に流れる沈黙。
 無骨な岩の壁を支えに座った姿勢のまま、遂に耐え切れず悟は気絶した。




 突如、甲高いブザー音が【疑似迷宮】内に鳴り響く。

「あら、時間なの」

『それまで。和灘悟、制限時間内での課題未達成の為、試験不合格』


 そうして、この瞬間、和灘悟の落第は決定した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

名探偵桃太郎の春夏秋冬

淀川 大
キャラ文芸
   8/14現在、「涙」タグで1位!  女性向け、中高生向けです  短編集なので、どこから読んでも大丈夫。      春夏秋冬それぞれの物語からなる4話短編オムニバス。どこからでもサラリと読みやすい、 ほのぼのとした毒舌風来坊の通年事件簿。  商店街で探偵として働く俺の前にいくつもの難事件が立ち塞がる。放火事件、器物損壊事件、出没する幽霊、秘密組織に殺し屋。そして謎の武装集団。正体不明のはずなのにみんな知ってる謎の来訪者。  とてもほっこりしているとは思えないフレーズで、あなたの心をほっこり・じんわりさせるハートボイルト物語。記憶も過去も無くしたあいつの奔走劇! でも、ちょっぴり切ない探偵物語。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

あやかし蔵の管理人

朝比奈 和
キャラ文芸
主人公、小日向 蒼真(こひなた そうま)は高校1年生になったばかり。 親が突然海外に転勤になった関係で、祖母の知り合いの家に居候することになった。 居候相手は有名な小説家で、土地持ちの結月 清人(ゆづき きよと)さん。 人見知りな俺が、普通に会話できるほど優しそうな人だ。 ただ、この居候先の結月邸には、あやかしの世界とつながっている蔵があって―――。 蔵の扉から出入りするあやかしたちとの、ほのぼのしつつちょっと変わった日常のお話。 2018年 8月。あやかし蔵の管理人 書籍発売しました! ※登場妖怪は伝承にアレンジを加えてありますので、ご了承ください。

不死議な雑多屋さん

葉野亜依
キャラ文芸
 新しいモノから古いモノまで様々なモノで溢れかえっている店『雑多屋』。  記憶喪失の少女・花夜は、雑多屋の店主代理・御空と出会い、雑多屋で働くこととなる。  戸惑いつつも馴染もうとする花夜だが、商品も客も不思議なモノたちばかりで――。  雑多屋の青年と記憶喪失の少女と不思議なモノたちのふしぎなお話。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

ヒーローは楽じゃねぇぞ、畜生!

木全伸治
キャラ文芸
ヒーローたちの俗っぽいショートショート。

【完結】神様WEB!そのネットショップには、神様が棲んでいる。

かざみはら まなか
キャラ文芸
22歳の男子大学生が主人公。 就活に疲れて、山のふもとの一軒家を買った。 その一軒家の神棚には、神様がいた。 神様が常世へ還るまでの間、男子大学生と暮らすことに。 神様をお見送りした、大学四年生の冬。 もうすぐ卒業だけど、就職先が決まらない。 就職先が決まらないなら、自分で自分を雇う! 男子大学生は、イラストを売るネットショップをオープンした。 なかなか、売れない。 やっと、一つ、売れた日。 ネットショップに、作った覚えがないアバターが出現! 「神様?」 常世が満席になっていたために、人の世に戻ってきた神様は、男子学生のネットショップの中で、住み込み店員になった。

処理中です...