僕とボクの日常攻略

水無月 龍那

文字の大きさ
上 下
46 / 47
課題7:僕とボクの日常攻略

6:彼女をどれだけ信じているかっていうと

しおりを挟む
 夢を見た。

 僕はベッドに腰掛けて、窓からロンドンの風景を見ていた。
 入ってくる風は重くて、暗くて、良いもんじゃない。
 けれど、温かくて、柔らかくて、懐かしい物だった。
 一通り堪能して窓を閉めると、僕が座っていた場所に影が座っているのが映って見えた。
 顔も輪郭も曖昧なままだが、あいつだ。

「君も懲りないねえ」

 振り向かない僕に、彼は相変わらずの調子で声を掛けてきた。
「……うるさいよ」

 あの後。彼女の血をもらった。
 首から吸うと歯止めが利かなくなりそうだったので、手首から少し。でもやっぱり足りなくて。無意識のうちに腕を噛んでしまった。
 怒られはしなかったけど、牙の痕に包帯を巻きながら謝り倒した。
 なのに。
「傷が塞がるまでなら、血があげられるでしょうか」
 なんて言うもんだから、思わず思考と手が止まったのは言うまでもない。
 傷をつけてしまう罪悪感と、それでも居てくれるんだという安心感と。このまま時間を止めたくなるような複雑な気持ちがぐるぐると回っていて。それをなんとか丸めて隅に追いやったというのに。
 それをこいつはたった一言で突き刺してきた。

「大体……なんでまだここに居る訳?」
「私かい?」
 影がくすくす笑うと、ベッドがぎしりと小さな音を立てた。
「そりゃあ、薄まっただけで消え去った訳じゃないからさ。ああ、あの二人だが――」
 ほら、と袂から小さな袋を取り出した。
「今はこの中だ。見てみるかい?」
「結構。君がそうなればよかったのに」
「期待に添えなくてすまないね」
「全くだよ……」
 溜息をつく。彼と同じ部屋に長居するのは気が進まなかったけど、部屋の外に出すのも嫌な気がした。
 部屋の外はリビングとキッチン。そしてなによりしきちゃんの部屋に繋がるドアがある。僕の夢の中だから、ただの空き部屋かもしれないけど。それでも、この部屋に居座られる方がまだマシな気がした。諦めるしかない。
「それで、ウィリアム君」
「そっちで呼ぶな」
「ああ、失礼。君の反応が面白そうだったからつい」
 そう言いながら影は笑う。
「まあ、君の名前なんてどうでも良いのさ。最終的にこの身体が手に入れば不要になる」
「そんなに存在が薄くなってるのによく言うよね」
 呪いが混じった血の大半は台所のペットボトルの中だ。処分はまだ考えていないけれど、あれを飲んだりしない限り、彼の力が強まることはないだろう、と踏んでいる。
「そうだね、すっかり自分の輪郭も保てなくなってしまった」
 けれどね、と彼は言う。
「未練とはそう簡単に消えはしないし。何より此処は居心地が良い。もしかしたらまた、輪郭を取り戻せる日が来るかもしれないと希望を抱きたくなるのさ」
「亡霊が希望抱くなよ」
「まあまあ。希望を抱くのは自由。そうだろう?」
「……」
 そうだけど、なんかこいつに言われると癪だった。
「それにしても、君はこれからどうするんだい?」
「どうする、って?」
「あちこちを覗いて感じたのだけれど」
「何してくれてんの?」
「まあまあ、君は日常を謳歌したいと思ってるんだろう?」
「……そうだけど」
 温度の低い僕の答えに、彼は「だがね」と続ける。
「君が吸血鬼であり、座敷童が共に生活をしている。それからあの二人――フランケンシュタインの怪物とポルターガイスト。私もそうだね。類は友を呼ぶと言うけれど、人ならざるものがこれだけ集まったら、平穏無事な生活は難しくないかい?」
「今回一番の非日常騒動貢献者が言う?」
「おや。そんなに褒められるとは」
「褒めてない」
 不機嫌に切り捨てると、彼はやはりくすくすと笑った。

 彼のおかげで感情が不安定になって、しきちゃんに辛く当たって。学校を休んで、柿原に吸血鬼だと知られてた事が分かって。挙げ句、家に乗り込んできた少女に刺されて。
 思い返せば、平穏とは程遠い数ヶ月だった。
 
「そう。それも全て、君が人外である事と、座敷童を迎え入れた事によって引き起こされた。これからも平穏である保障はないのでは?」
「それはどうかな」
 ほう、と不思議そうな声が返ってきた。僕はそれに少しだけ笑って答えてやる。
「我が家には自慢の座敷童が居るからね。君じゃなくてしきちゃんが。だから――これからきっと良い方向に進む」
「それで刺されたようなものだろうに」
「いや、それは彼女の力じゃないよ」
「まったく……君は彼女をどれだけ信じてるんだい?」
「そりゃあ、丸ごと」
 きっぱり答えてやると、少しの間を置いて楽しそうに喉で笑った。
「笑うなよ」
「いや失礼。そこまで断言されるとは思わなかったのさ」
「だって彼女のおかげだよ。確かに色々あったけど、彼女は呪いから解き放たれて。僕はかつての友人と再会して。受け継いでしまった呪いもなんとかなりそうだ」

 そこで初めて振り返る。影はやっぱりそこに座っていた。
 ひとしきり笑った影の視線が僕に向く。

「私はまだ諦めないよ。君の感情も変化しているのが分かる。弱みを見せたら」
「見せてやるもんか。挑戦だったらいくらでも受けて立つよ」
 実体がないから血を吸い尽くしてやれないのは残念だが、吸っても良いことはないだろうな。とも思う。
 影は「そうか」と静かに頷いた。
「君が彼女をそこまで信じるのなら、私から言う事はないよ。それに、君に何らかの影響を与える力も殆ど残ってない。だからもう暫く様子見をさせてもらうよ」
 君の学習内容を得るのも一興だ、と彼は立ち上がり、本棚から一冊手に取る。ただの資料集だ。僕がこれまで学んできた本の一冊。それをぱらりとめくり、影は頷く。
 輪郭は曖昧で、色はすっかり影色で、表情は見えないけれど。その声は楽しそうだった。
「別に知識くらいならいいけど……他は立ち入り禁止だからな」
「立ち入ったりなんてしないよ。ちょっと眺めるだけさ」
「それをやめろってば」
 油断してたら他にも色々暴かれそうだ。僕の過去も名前も既に知られているとはいえ、これ以上踏み込まれては堪らない。しかもこいつは自身の情報にちっとも立ち入らせてくれないし。
 なんだかイライラしてきたところで、ぱたん、と本を閉じる音がした。
「まあ。これからもよろしく頼むよ」
「一日も早く消えてくれると嬉しいんだけど?」
 そう言うと、彼は笑いながら「難しいことを言うね」と言った。
 そりゃそうだろうな。と僕も返す。

 血に混じってしまった物は、時間をかけて僕と同化するか、こうして僕の中で生き続けるかのどちらかだろう。平和である内はいいけど、この輪郭がまたはっきりしてきたら。そんな日が来たら。また何か考えなくてはならないかもしれない。
 そんな日が来るのはゴメンだが。
 
 溜息をつくと、背後から光が差した。
「おっと。もう朝かな」
「え。これ、起きたら寝た気がしないやつじゃないの?」
「そうかもね。まあ、一日頑張っておいで」
 僕はそれに何も答えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シチュエーションボイス台本

あおい
恋愛
シチュエーションボイスの台本です。 自作発言されるようなクオリティをしていないのでそのような事はないとは思いますが自作発言や転載はお辞め下さい。 動画や音声サイトに投稿する場合作者名あおいと記載お願い致します。 使う際一言くれたら全力で大喜びします笑 初心者なので暖かい目で見守ってくださると嬉しいです!!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

失恋した少年は、妹の友達に癒される

イズミント(エセフォルネウス)
恋愛
高校二年生の大谷真人は、一人の女子生徒から罰ゲームで付き合っただけと言われ、失恋してしまう。 ショックを隠し切れない真人を、妹の友達、かつ真人の親友の妹である少女が彼を支えようと決意する。 真人は、そんな少女に癒され、捨てようとしていた恋心が甦る。 同時に、真人とその妹に纏わる事情もその少女は知ることになるが、それでも真人の力になると決意する程に、真人の事を想うようになる。 *ざまぁ要素も一応あります。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

処理中です...