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課題2:僕とボクの距離感
4:彼女の部屋と僕の昼食事情
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僕の家に座敷童の少女が住み着いて、しばらく経った。
お互い謝り合ったあの日。泣き止んだ彼女を説得するように空き部屋へと案内した。
彼女はこんな広い部屋、と首を横に振ったが、さすがに使える部屋はここしかない。僕と同じ部屋なんて色々と後が恐い。
そんなこんなと説得をし、部屋を掃除して家具を揃え。しきちゃんはその部屋で過ごすようになった。最低限のものがあれば良いと三つ四つ選んだのは、布団。文机に座椅子。それから小さな本棚。
「他には?」
そう聞くと、彼女は「それから」と、躊躇いがちに言ったのは。
「ノートと鉛筆が、欲しいです」
「ノートと鉛筆か」
ふむ、と考える。僕の部屋を探せば使っていないノートや筆記用具があるはずだ。けど、さすがにそれは、と思い直す。飾り気の無いノートとかはやっぱダメだろう。
「じゃあ、今度文房具屋に行こうか」
「はい」
彼女が選んだのは結局、シンプルな大学ノートとシャーペンだったけれども。そんなやり取りを経てできあがった部屋は、僕とは大違いのとても静かな部屋だった。机の横には、あのサッカーボールが置いてあるので一瞬男の子の部屋にも見えるが、彼女はこの部屋を気に入ってくれたようだった。
□ ■ □
そして季節は春になり、初夏へと移り変わっていく。
僕ら二人の生活はのんびりと過ぎ、少しずつ定着してきた。
夜更かししがちで朝が苦手な僕に変わって彼女が朝食を作り、夕食は僕が作るようになった。講義にバイト、課題に予習。学友の付き合い等々あってコンビニのお弁当、という事もあるけれど。できるだけ朝と夜は一緒に食べるようになっていた。
そして昼は、僕が学校だからそれぞれで食べる事にしている。
さて。そんな僕の昼食だが。もっぱら学食や購買で買う事が多い。講義に間があれば、家に帰る事もあるけど。あまり外に出たくない僕は校内で食事を済ませがちだ。
そんな昼食の時間。
昼休みを告げるチャイムは、開戦の合図だと思っている。
今日のように日差しの強い日や、夏。冬のような外で過ごしにくい日は特に。
昼休み。具体的には、それの開始を知らせるチャイムが鳴った直後十数分は、食堂も売店もお腹を空かせた生徒達で混みに混み、レジには長蛇の列が出来る。
出遅れてしまうと、過ごしやすい建物内に席は無い。一見空いてるように見えても、荷物を置かれていたり、隣の席の誰かが「ここ、人来るんで」みたいな視線を送ってきたり、時にはそれをそのまま言われたりする。
そうなると、どこかの講義室か、外のベンチか。なんだか地味に体力を削る場所で食事をとる事になる。
その上、食べたかったものが売り切れていたり、買った飲み物が気温に合わなかったりすると、午後への意欲が削られていく。
どんなに僕が食事不要の存在でも、美味しい物は美味しいし、焼きそばパンが食べたいとかそう言う気分の日だってある。
だというのにそれが得られないというのは、本当に悲しいものだ。
かく言う今日は、見事な負け戦だった。
いつもなら残っているお弁当も。デザートのお菓子も。席すらも。何ひとつ望みのものを得られなかった僕は、微妙に風があたるベンチで日光に晒されていた。
今日は追い打ちをかけるように、抜けるような晴天だった。夏真っ盛りでない事だけが唯一の救いだ。そしてこういう日に限って、柿原は講義の時間がずれていて不在だ。少しはこのやるせない気持ちを共有してくれたって良いと思うんだけど。
「はあ……やる気足りない……」
太陽光が平気とは言え、この真直ぐ刺してくるような日差しは好きではない。なんだか痛い気がするし、肌も焼ける。そんな中に長時間平気で居られるほど、僕はできていない。いや、僕じゃなくてもきっとそうだ。
と、言う訳でやっと手に入れたサンドイッチを口に押し込み、汗をかいたミネラルウォーターを手に次の授業がある講義室へと向かった。
□ ■ □
そのまま授業、バイトといつも通りの午後を過ごし、僕は商店街を経由して家へと帰る。
ロゴも何もない真っ白な買い物袋には、今日の夕食と明日の朝食が入っている。
しきちゃんは好き嫌いが少ない。人参やピーマンもよく食べる。一度褒めたら「ボク、子供じゃありません」と怒られた。
分かってる。分かっているんだけれど、ついつい子供扱いしたくなる事がある。
それは彼女の容姿が幼いから、だけではない。その家に馴染み、違和感を持たせる事なく相手の庇護欲を強めるという、座敷童の特性なんだと思う。
でも、この数ヶ月。僕は時々、微妙な違和感を感じていた。
彼女にではなく。僕自身に。
どう表現すればいいのだろう。自分でも掴めていない。
しきちゃんを見ていると、一瞬だけ何とも言いようのない胸の鈍い痛みを感じる事がある。一瞬なので、認識した頃には過ぎ去っている。胸騒ぎ。歓喜。哀しみ。色んなものがないまぜになったなったような気分だけが残る。首を捻るばかりだ。
「――ただいま」
昔は口にする事なんてなかったこの言葉。今の生活に慣れてきた今でも、口にした直後は不思議な気分になる時がある。
そんな事を考えながら靴を脱いでいると、廊下をぱたぱたと駆ける足音が近付いてきた。
「おかえりなさい」
廊下の角から姿を現すのはしきちゃんだ。玄関に置いていた買い物袋をよいしょと持ち上げて僕を見上げる。
ぱちり、と目が合う。
一瞬、息が詰まったような感覚がした。あの鈍い痛み。でも、すぐにそれは消え去る。
「うん。ただいま。ご飯作るから、少し待っててね」
「はい」
彼女の返事に頷き、袋を受け取ろうと手を伸ばしたら、小さく首を横に振られた。
「持って、いきます」
と、彼女はそのまま廊下を戻っていく。わざわざ追いかけて取り上げる必要もないので、そのまま後を追った。
胸に残ったもやもやとした気持ちは、見なかった事にした。
夕食の話題は僕の学校の話か、彼女が見ていたテレビの話が主になる。と、言う訳で、今日の話題は僕の昼休みの話だった。
まいったよ、と笑うと、彼女は僕をじっと見つめて、小さなその口を開いた。
「お弁当……作りますか?」
「え」
お弁当。
考えた事なかった。
最近はちゃんと起きるようになってきたけれど、まだまだ目覚まし時計には逆らいたい時がある。朝の五分は貴重だという。だからこそできるだけ寝ていたい。というのが僕のこれまでの生活だった。
逆に彼女は夜早く寝て、朝早く起きる。規則正しい生活を送っている。
そんな彼女は「いりますか?」と繰り返した。
「いいの?」
問いかけると、彼女はこくりと頷いた。
「ボク、朝はご飯を作ったらテレビを見てるだけ、ですし。お弁当はなんか、好きです」
好きです。という言葉と一緒にはにかむように笑う。好きと言うより憧れているのかもしれない、そんな、手元にないものを愛おしむような顔に見えた。
食べたいものがあったらそれを作ります、と彼女はぽつぽつと申し出てくれた。
「じゃあ……それなら」
お願いしていいかな、と言おうとしてお弁当箱というものがない事に気付いた。
昼食が必要な時はどこか適当なコンビニやスーパーで済ませていたし、僕はともかく、彼女が好きそうなお弁当箱など持っているはずもなかった。
「今週末にでも、お弁当箱選びにいこう」
「お弁当箱選び、ですか?」
「うん。あった方が良いでしょ。しきちゃんが好きそうなお弁当箱を持ってる自信がない、というか、僕も持ってたかどうか怪しいからさ。ちょっと街の方に出かけよう」
「おでかけ……」
ぽつりと呟いて、彼女はその言葉を受け止めようと目をぱちぱちさせていた。
朝食の話をした時と反応が似ていた。
「あ、無理にとは言わないよ。一緒に来てくれた方が気に入ったの見つかるかなって思っただけだし」
嫌ならネットでも良いんだけど、と慌てて言うと、彼女はふるふると首を横に振った。
「はい。一緒に、行かせて下さい」
そう言って、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
お互い謝り合ったあの日。泣き止んだ彼女を説得するように空き部屋へと案内した。
彼女はこんな広い部屋、と首を横に振ったが、さすがに使える部屋はここしかない。僕と同じ部屋なんて色々と後が恐い。
そんなこんなと説得をし、部屋を掃除して家具を揃え。しきちゃんはその部屋で過ごすようになった。最低限のものがあれば良いと三つ四つ選んだのは、布団。文机に座椅子。それから小さな本棚。
「他には?」
そう聞くと、彼女は「それから」と、躊躇いがちに言ったのは。
「ノートと鉛筆が、欲しいです」
「ノートと鉛筆か」
ふむ、と考える。僕の部屋を探せば使っていないノートや筆記用具があるはずだ。けど、さすがにそれは、と思い直す。飾り気の無いノートとかはやっぱダメだろう。
「じゃあ、今度文房具屋に行こうか」
「はい」
彼女が選んだのは結局、シンプルな大学ノートとシャーペンだったけれども。そんなやり取りを経てできあがった部屋は、僕とは大違いのとても静かな部屋だった。机の横には、あのサッカーボールが置いてあるので一瞬男の子の部屋にも見えるが、彼女はこの部屋を気に入ってくれたようだった。
□ ■ □
そして季節は春になり、初夏へと移り変わっていく。
僕ら二人の生活はのんびりと過ぎ、少しずつ定着してきた。
夜更かししがちで朝が苦手な僕に変わって彼女が朝食を作り、夕食は僕が作るようになった。講義にバイト、課題に予習。学友の付き合い等々あってコンビニのお弁当、という事もあるけれど。できるだけ朝と夜は一緒に食べるようになっていた。
そして昼は、僕が学校だからそれぞれで食べる事にしている。
さて。そんな僕の昼食だが。もっぱら学食や購買で買う事が多い。講義に間があれば、家に帰る事もあるけど。あまり外に出たくない僕は校内で食事を済ませがちだ。
そんな昼食の時間。
昼休みを告げるチャイムは、開戦の合図だと思っている。
今日のように日差しの強い日や、夏。冬のような外で過ごしにくい日は特に。
昼休み。具体的には、それの開始を知らせるチャイムが鳴った直後十数分は、食堂も売店もお腹を空かせた生徒達で混みに混み、レジには長蛇の列が出来る。
出遅れてしまうと、過ごしやすい建物内に席は無い。一見空いてるように見えても、荷物を置かれていたり、隣の席の誰かが「ここ、人来るんで」みたいな視線を送ってきたり、時にはそれをそのまま言われたりする。
そうなると、どこかの講義室か、外のベンチか。なんだか地味に体力を削る場所で食事をとる事になる。
その上、食べたかったものが売り切れていたり、買った飲み物が気温に合わなかったりすると、午後への意欲が削られていく。
どんなに僕が食事不要の存在でも、美味しい物は美味しいし、焼きそばパンが食べたいとかそう言う気分の日だってある。
だというのにそれが得られないというのは、本当に悲しいものだ。
かく言う今日は、見事な負け戦だった。
いつもなら残っているお弁当も。デザートのお菓子も。席すらも。何ひとつ望みのものを得られなかった僕は、微妙に風があたるベンチで日光に晒されていた。
今日は追い打ちをかけるように、抜けるような晴天だった。夏真っ盛りでない事だけが唯一の救いだ。そしてこういう日に限って、柿原は講義の時間がずれていて不在だ。少しはこのやるせない気持ちを共有してくれたって良いと思うんだけど。
「はあ……やる気足りない……」
太陽光が平気とは言え、この真直ぐ刺してくるような日差しは好きではない。なんだか痛い気がするし、肌も焼ける。そんな中に長時間平気で居られるほど、僕はできていない。いや、僕じゃなくてもきっとそうだ。
と、言う訳でやっと手に入れたサンドイッチを口に押し込み、汗をかいたミネラルウォーターを手に次の授業がある講義室へと向かった。
□ ■ □
そのまま授業、バイトといつも通りの午後を過ごし、僕は商店街を経由して家へと帰る。
ロゴも何もない真っ白な買い物袋には、今日の夕食と明日の朝食が入っている。
しきちゃんは好き嫌いが少ない。人参やピーマンもよく食べる。一度褒めたら「ボク、子供じゃありません」と怒られた。
分かってる。分かっているんだけれど、ついつい子供扱いしたくなる事がある。
それは彼女の容姿が幼いから、だけではない。その家に馴染み、違和感を持たせる事なく相手の庇護欲を強めるという、座敷童の特性なんだと思う。
でも、この数ヶ月。僕は時々、微妙な違和感を感じていた。
彼女にではなく。僕自身に。
どう表現すればいいのだろう。自分でも掴めていない。
しきちゃんを見ていると、一瞬だけ何とも言いようのない胸の鈍い痛みを感じる事がある。一瞬なので、認識した頃には過ぎ去っている。胸騒ぎ。歓喜。哀しみ。色んなものがないまぜになったなったような気分だけが残る。首を捻るばかりだ。
「――ただいま」
昔は口にする事なんてなかったこの言葉。今の生活に慣れてきた今でも、口にした直後は不思議な気分になる時がある。
そんな事を考えながら靴を脱いでいると、廊下をぱたぱたと駆ける足音が近付いてきた。
「おかえりなさい」
廊下の角から姿を現すのはしきちゃんだ。玄関に置いていた買い物袋をよいしょと持ち上げて僕を見上げる。
ぱちり、と目が合う。
一瞬、息が詰まったような感覚がした。あの鈍い痛み。でも、すぐにそれは消え去る。
「うん。ただいま。ご飯作るから、少し待っててね」
「はい」
彼女の返事に頷き、袋を受け取ろうと手を伸ばしたら、小さく首を横に振られた。
「持って、いきます」
と、彼女はそのまま廊下を戻っていく。わざわざ追いかけて取り上げる必要もないので、そのまま後を追った。
胸に残ったもやもやとした気持ちは、見なかった事にした。
夕食の話題は僕の学校の話か、彼女が見ていたテレビの話が主になる。と、言う訳で、今日の話題は僕の昼休みの話だった。
まいったよ、と笑うと、彼女は僕をじっと見つめて、小さなその口を開いた。
「お弁当……作りますか?」
「え」
お弁当。
考えた事なかった。
最近はちゃんと起きるようになってきたけれど、まだまだ目覚まし時計には逆らいたい時がある。朝の五分は貴重だという。だからこそできるだけ寝ていたい。というのが僕のこれまでの生活だった。
逆に彼女は夜早く寝て、朝早く起きる。規則正しい生活を送っている。
そんな彼女は「いりますか?」と繰り返した。
「いいの?」
問いかけると、彼女はこくりと頷いた。
「ボク、朝はご飯を作ったらテレビを見てるだけ、ですし。お弁当はなんか、好きです」
好きです。という言葉と一緒にはにかむように笑う。好きと言うより憧れているのかもしれない、そんな、手元にないものを愛おしむような顔に見えた。
食べたいものがあったらそれを作ります、と彼女はぽつぽつと申し出てくれた。
「じゃあ……それなら」
お願いしていいかな、と言おうとしてお弁当箱というものがない事に気付いた。
昼食が必要な時はどこか適当なコンビニやスーパーで済ませていたし、僕はともかく、彼女が好きそうなお弁当箱など持っているはずもなかった。
「今週末にでも、お弁当箱選びにいこう」
「お弁当箱選び、ですか?」
「うん。あった方が良いでしょ。しきちゃんが好きそうなお弁当箱を持ってる自信がない、というか、僕も持ってたかどうか怪しいからさ。ちょっと街の方に出かけよう」
「おでかけ……」
ぽつりと呟いて、彼女はその言葉を受け止めようと目をぱちぱちさせていた。
朝食の話をした時と反応が似ていた。
「あ、無理にとは言わないよ。一緒に来てくれた方が気に入ったの見つかるかなって思っただけだし」
嫌ならネットでも良いんだけど、と慌てて言うと、彼女はふるふると首を横に振った。
「はい。一緒に、行かせて下さい」
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