上 下
45 / 61

しおりを挟む
 食事を終えると、子供たちは自主的に動き始める。それを嬉しく思う反面、少し寂しいと感じていると、メイベルのスカートがクイッと引かれた。

「あら、クラリア。どうしたの?」

 目線を合わせてしゃがんだメイベルに、クラリアはメモを見せてくる。言葉が話せない代わりに、彼女に読み書きを教えた。もちろん他の子にも教えているのだが、彼女はその中でも格段に覚えが早い。

「パン屋にお礼……? ああ、そっか。もう今日が最後なのね」

 一日寝込んでいたとクロードから聞いていなければ失念するところだった。気付けば一週間が過ぎていて、明日にはクラリアの里親が迎えに来ることになっている。

「お別れの挨拶しに行こうか」

 メイベルが言うと、クラリアはパッと顔を綻ばせた。若干不安はあるがエドと双子に後を任せ、クラリアと共にパン屋へと向かう。

 道すがら会う人とも挨拶を交わしながら、辿り着いたパン屋の店内は賑わっていた。

「ビル、計算間違ってる!」
「え? え?」
「袋詰めして! ごめんね、おじちゃん。すぐお釣り渡すから」
「ミーネはしっかりしてるなぁ。いいお嫁さんになりそうだ」
「気が早いよ、私まだ九歳だし。はい、お釣りです……ビル、まだ?」
「ご、ごめん」
「ビルはすでに尻に敷かれてるなぁ」

 会計待ちの村人たちからからかいの声が上がっている。和気藹々とした雰囲気に、クラリアと顔を見合わせ笑っていると、会計を終えた常連がこちらに気付いてアッと声を上げた。

「おお、メイベル! もう体調はいいのかい?」
「はい。お陰様で」
「子供を助けたって聞いたよ。さすがだね」
「いえ、そんな……」
「え、メイベル!?」

 次々に声をかけてくる常連に応えていると、奥からよく通る大きな声がメイベルを呼んだ。焼き立てのパンを運んできた女将のシャロンが、まるで幽霊でも見たかのように驚愕の表情を浮かべている。

「女将さん、あの……」
「アンタ! もう起きても平気なのかい? 怪我は? 熱が出たって聞いたけど!?」
「だ、大丈夫。熱はもう下がったから」

 パンを適当な棚に放置して、ツカツカと歩み寄ってきたシャロンの両手が頬をグイッと挟む。働き者の温かい手に包まれて、心地よさを覚えたが、質問攻めにタジタジになってしまう。

 ひとしきりメイベルの顔色を伺っていたシャロンは、ほぅと息を吐く。そして、今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。

「心配したよ。子供を助けに川に飛び込んだと聞いた時はアンタらしいと思ったけど、こんな季節に無謀過ぎるだろう。アタシは肝が冷えた」
「ごめんなさい」
「無事で良かったけどね。全く無茶するよ」

 シャロンが優しく抱き締めてくれる。ポンポンと背中を叩かれながら、彼女越しに見た常連たちもホッとしている様子だ。

 メイベルが口を開きかけた時、奥の方からお盆を落とす音が聞こえてきた。全員が驚いて向けた視線の先で、呆然と立ち尽くしていたのは店主のジョセフ。

「アンタ、パンが……」

 焼き立てのパンが床に散らばっている。だが、それらは今のジョセフの目に入っていないらしい。フラフラと近付いてきた彼は、まだシャロンの腕の中にいたメイベルの手を取る。

「良かった……」
「ジョセフが泣いてる……」

 子供には甘いジョセフだが、普段の彼は強面で、頑固。そんな彼が静かに泣き出したことに、常連たちは驚愕した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】出来損ないの魔女なので殿下の溺愛はお断りしたいのですが!? 気づいたら女子力高めな俺様王子の寵姫の座に収まっていました

深石千尋
恋愛
 バーベナはエアネルス王国の三大公爵グロー家の娘にもかかわらず、生まれながらに魔女としての資質が低く、家族や使用人たちから『出来損ない』と呼ばれ虐げられる毎日を送っていた。  そんな中成人を迎えたある日、王族に匹敵するほどの魔力が覚醒してしまう。  今さらみんなから認められたいと思わないバーベナは、自由な外国暮らしを夢見て能力を隠すことを決意する。  ところが、ひょんなことから立太子を間近に控えたディアルムド王子にその力がバレて―― 「手短に言いましょう。俺の妃になってください」  なんと求婚される事態に発展!! 断っても断ってもディアルムドのアタックは止まらない。  おまけに偉そうな王子様の、なぜか女子力高めなアプローチにバーベナのドキドキも止まらない!?  やむにやまれぬ事情から条件つきで求婚を受け入れるバーベナだが、結婚は形だけにとどまらず――!?  ただの契約妃のつもりでいた、自分に自信のないチートな女の子 × ハナから別れるつもりなんてない、女子力高めな俺様王子 ──────────────────── ○Rシーンには※マークあり ○他サイトでも公開中 ────────────────────

絶倫騎士さまが離してくれません!

浅岸 久
恋愛
旧題:拝啓お父さま わたし、奴隷騎士を婿にします! 幼いときからずっと憧れていた騎士さまが、奴隷堕ちしていた。 〈結び〉の魔法使いであるシェリルの実家は商家で、初恋の相手を配偶者にすることを推奨した恋愛結婚至上主義の家だ。当然、シェリルも初恋の彼を探し続け、何年もかけてようやく見つけたのだ。 奴隷堕ちした彼のもとへ辿り着いたシェリルは、9年ぶりに彼と再会する。 下心満載で彼を解放した――はいいけれど、次の瞬間、今度はシェリルの方が抱き込まれ、文字通り、彼にひっついたまま離してもらえなくなってしまった! 憧れの元騎士さまを掴まえるつもりで、自分の方が(物理的に)がっつり掴まえられてしまうおはなし。 ※軽いRシーンには[*]を、濃いRシーンには[**]をつけています。 *第14回恋愛小説大賞にて優秀賞をいただきました* *2021年12月10日 ノーチェブックスより改題のうえ書籍化しました* *2024年4月22日 ノーチェ文庫より文庫化いたしました*

【完結】後宮の秘姫は知らぬ間に、年上の義息子の手で花ひらく

愛早さくら
恋愛
小美(シャオメイ)は幼少期に後宮に入宮した。僅か2歳の時だった。 貴妃になれる四家の一つ、白家の嫡出子であった小美は、しかし幼さを理由に明妃の位に封じられている。皇帝と正后を両親代わりに、妃でありながらほとんど皇女のように育った小美は、後宮の秘姫と称されていた。 そんな小美が想いを寄せるのは皇太子であり、年上の義息子となる玉翔(ユーシァン)。 いつしか後宮に寄りつかなくなった玉翔に遠くから眺め、憧れを募らせる日々。そんな中、影武者だと名乗る玉翔そっくりの宮人(使用人)があらわれて。 涼という名の影武者は、躊躇う小美に近づいて、玉翔への恋心故に短期間で急成長した小美に愛を囁いてくる。 似ているけど違う、だけど似ているから逆らえない。こんなこと、玉翔以外からなんて、されたくないはずなのに……――。 年上の義息子への恋心と、彼にそっくりな影武者との間で揺れる主人公・小美と、小美自身の出自を取り巻く色々を描いた、中華王朝風の後宮を舞台とした物語。 ・地味に実は他の異世界話と同じ世界観。 ・魔法とかある異世界の中での中華っぽい国が舞台。 ・あくまでも中華王朝風で、彼の国の後宮制を参考にしたオリジナルです。 ・CPは固定です。他のキャラとくっつくことはありません。 ・多分ハッピーエンド。 ・R18シーンがあるので、未成年の方はお控えください。(該当の話には*を付けます。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...