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食事を終えると、子供たちは自主的に動き始める。それを嬉しく思う反面、少し寂しいと感じていると、メイベルのスカートがクイッと引かれた。
「あら、クラリア。どうしたの?」
目線を合わせてしゃがんだメイベルに、クラリアはメモを見せてくる。言葉が話せない代わりに、彼女に読み書きを教えた。もちろん他の子にも教えているのだが、彼女はその中でも格段に覚えが早い。
「パン屋にお礼……? ああ、そっか。もう今日が最後なのね」
一日寝込んでいたとクロードから聞いていなければ失念するところだった。気付けば一週間が過ぎていて、明日にはクラリアの里親が迎えに来ることになっている。
「お別れの挨拶しに行こうか」
メイベルが言うと、クラリアはパッと顔を綻ばせた。若干不安はあるがエドと双子に後を任せ、クラリアと共にパン屋へと向かう。
道すがら会う人とも挨拶を交わしながら、辿り着いたパン屋の店内は賑わっていた。
「ビル、計算間違ってる!」
「え? え?」
「袋詰めして! ごめんね、おじちゃん。すぐお釣り渡すから」
「ミーネはしっかりしてるなぁ。いいお嫁さんになりそうだ」
「気が早いよ、私まだ九歳だし。はい、お釣りです……ビル、まだ?」
「ご、ごめん」
「ビルはすでに尻に敷かれてるなぁ」
会計待ちの村人たちからからかいの声が上がっている。和気藹々とした雰囲気に、クラリアと顔を見合わせ笑っていると、会計を終えた常連がこちらに気付いてアッと声を上げた。
「おお、メイベル! もう体調はいいのかい?」
「はい。お陰様で」
「子供を助けたって聞いたよ。さすがだね」
「いえ、そんな……」
「え、メイベル!?」
次々に声をかけてくる常連に応えていると、奥からよく通る大きな声がメイベルを呼んだ。焼き立てのパンを運んできた女将のシャロンが、まるで幽霊でも見たかのように驚愕の表情を浮かべている。
「女将さん、あの……」
「アンタ! もう起きても平気なのかい? 怪我は? 熱が出たって聞いたけど!?」
「だ、大丈夫。熱はもう下がったから」
パンを適当な棚に放置して、ツカツカと歩み寄ってきたシャロンの両手が頬をグイッと挟む。働き者の温かい手に包まれて、心地よさを覚えたが、質問攻めにタジタジになってしまう。
ひとしきりメイベルの顔色を伺っていたシャロンは、ほぅと息を吐く。そして、今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。
「心配したよ。子供を助けに川に飛び込んだと聞いた時はアンタらしいと思ったけど、こんな季節に無謀過ぎるだろう。アタシは肝が冷えた」
「ごめんなさい」
「無事で良かったけどね。全く無茶するよ」
シャロンが優しく抱き締めてくれる。ポンポンと背中を叩かれながら、彼女越しに見た常連たちもホッとしている様子だ。
メイベルが口を開きかけた時、奥の方からお盆を落とす音が聞こえてきた。全員が驚いて向けた視線の先で、呆然と立ち尽くしていたのは店主のジョセフ。
「アンタ、パンが……」
焼き立てのパンが床に散らばっている。だが、それらは今のジョセフの目に入っていないらしい。フラフラと近付いてきた彼は、まだシャロンの腕の中にいたメイベルの手を取る。
「良かった……」
「ジョセフが泣いてる……」
子供には甘いジョセフだが、普段の彼は強面で、頑固。そんな彼が静かに泣き出したことに、常連たちは驚愕した。
「あら、クラリア。どうしたの?」
目線を合わせてしゃがんだメイベルに、クラリアはメモを見せてくる。言葉が話せない代わりに、彼女に読み書きを教えた。もちろん他の子にも教えているのだが、彼女はその中でも格段に覚えが早い。
「パン屋にお礼……? ああ、そっか。もう今日が最後なのね」
一日寝込んでいたとクロードから聞いていなければ失念するところだった。気付けば一週間が過ぎていて、明日にはクラリアの里親が迎えに来ることになっている。
「お別れの挨拶しに行こうか」
メイベルが言うと、クラリアはパッと顔を綻ばせた。若干不安はあるがエドと双子に後を任せ、クラリアと共にパン屋へと向かう。
道すがら会う人とも挨拶を交わしながら、辿り着いたパン屋の店内は賑わっていた。
「ビル、計算間違ってる!」
「え? え?」
「袋詰めして! ごめんね、おじちゃん。すぐお釣り渡すから」
「ミーネはしっかりしてるなぁ。いいお嫁さんになりそうだ」
「気が早いよ、私まだ九歳だし。はい、お釣りです……ビル、まだ?」
「ご、ごめん」
「ビルはすでに尻に敷かれてるなぁ」
会計待ちの村人たちからからかいの声が上がっている。和気藹々とした雰囲気に、クラリアと顔を見合わせ笑っていると、会計を終えた常連がこちらに気付いてアッと声を上げた。
「おお、メイベル! もう体調はいいのかい?」
「はい。お陰様で」
「子供を助けたって聞いたよ。さすがだね」
「いえ、そんな……」
「え、メイベル!?」
次々に声をかけてくる常連に応えていると、奥からよく通る大きな声がメイベルを呼んだ。焼き立てのパンを運んできた女将のシャロンが、まるで幽霊でも見たかのように驚愕の表情を浮かべている。
「女将さん、あの……」
「アンタ! もう起きても平気なのかい? 怪我は? 熱が出たって聞いたけど!?」
「だ、大丈夫。熱はもう下がったから」
パンを適当な棚に放置して、ツカツカと歩み寄ってきたシャロンの両手が頬をグイッと挟む。働き者の温かい手に包まれて、心地よさを覚えたが、質問攻めにタジタジになってしまう。
ひとしきりメイベルの顔色を伺っていたシャロンは、ほぅと息を吐く。そして、今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。
「心配したよ。子供を助けに川に飛び込んだと聞いた時はアンタらしいと思ったけど、こんな季節に無謀過ぎるだろう。アタシは肝が冷えた」
「ごめんなさい」
「無事で良かったけどね。全く無茶するよ」
シャロンが優しく抱き締めてくれる。ポンポンと背中を叩かれながら、彼女越しに見た常連たちもホッとしている様子だ。
メイベルが口を開きかけた時、奥の方からお盆を落とす音が聞こえてきた。全員が驚いて向けた視線の先で、呆然と立ち尽くしていたのは店主のジョセフ。
「アンタ、パンが……」
焼き立てのパンが床に散らばっている。だが、それらは今のジョセフの目に入っていないらしい。フラフラと近付いてきた彼は、まだシャロンの腕の中にいたメイベルの手を取る。
「良かった……」
「ジョセフが泣いてる……」
子供には甘いジョセフだが、普段の彼は強面で、頑固。そんな彼が静かに泣き出したことに、常連たちは驚愕した。
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