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カサンドラの特徴をアンドレに伝えました。
すると、アンドレが”あの女”と言っていたのは、やはりカサンドラのことでした。エルキュールが住む長屋にも通っていたようです。
「愛人……か」
アンドレは私たちを先導しながらこうつぶやきました。
「あなた、カサンドラを見たことあるってことよね?」
私の質問に対し、アンドレは少し間を置いて、「”あなた”という呼び方はやめてくれ。アンドレだ」と返してきました。そして「俺はあんたの旦那の向かいに住んでるんだから。そりゃ見たことあるさ」と続けました。
「ごめんね、これからはアンドレって呼ぶね。ちなみに……エルキュールと私はもう離縁していて、夫婦じゃないの」
アンドレの耳がぴくっと動きます。
「……そうかい。じゃあなんでこんなところに来た? 元旦那なんかどうでもいいだろ」
「……事情があるのよ。あの人と話さなくちゃいけないから」
「へえ……。そういえば、なんていったか、カサンドラ? って女よりも、あんたのほうが綺麗だよ」
アンドレが私を見ずにさらっと言ったため、とても驚きました。無骨そうな彼が、女性に対し「綺麗だ」なんて言うと思わなかったからです。厳しさを備えた外観とは裏腹に、意外な一面を持っているようです。
私は綺麗だと言われたことが妙に嬉しくなり、駆け足でアンドレを追い越したあと、顔を覗き込んでやりました。
「あなた……よくわかってるわね。やっぱり銀貨受け取らない?」
こう冗談ぽく言うと、アンドレは照れくさそうに「いらねえよ」と笑いました。
山の入口に着き、そこからは草木の茂る鬱蒼とした山道が始まりました。地面はぬかるんでおり、足元には苔が生えています。
「あいつが崖の方に向かって行ったとき、声をかけようか迷ったんだ」とアンドレがつぶやくように言いました。
「そうだったのね。急いでたの?」
「いや、そういうわけじゃない。まあ……なんていうかな……毎日のように、誰かは飛び降りてる。あいつもそういう人間のうちの一人なんだって、自分に言い聞かせた。飛び降りたほうが楽になれるやつもいる……」
「声をかけたかったのに、かけなかったの……?」
気持ちとは正反対の行動をとってしまうところが、私に似ていると思いました。自分の”こうしたい”よりも、摂理のように見える何かを優先してしまうのです。
「さあな。ただ、あいつにも、こうして会いに来る人間がいるんだと思うと、あのとき声をかけなかったのが……悔やまれそうだから……」
「だから案内してくれているのね。優しい」
「……やれることをやっているだけさ」
アンドレは私たちが怪我をしないよう、繊細な注意を払ってくれています。道端に落ちている小石を蹴散らしたり、突然地面が下がるところを手で示したり。そのおかげで、獣道のようになっている険しい道も、なんとか歩いて進むことができます。初対面のはずですが、彼の頼りがいのある態度に安心感を覚えました。
「アンドレ、あなたってもしかして……元々は貴族だったんじゃないの?」
アンドレに対して抱いていた第一印象を確かめたくなり、私は心の内にあった直感をそのまま口にしました。
すると、アンドレが”あの女”と言っていたのは、やはりカサンドラのことでした。エルキュールが住む長屋にも通っていたようです。
「愛人……か」
アンドレは私たちを先導しながらこうつぶやきました。
「あなた、カサンドラを見たことあるってことよね?」
私の質問に対し、アンドレは少し間を置いて、「”あなた”という呼び方はやめてくれ。アンドレだ」と返してきました。そして「俺はあんたの旦那の向かいに住んでるんだから。そりゃ見たことあるさ」と続けました。
「ごめんね、これからはアンドレって呼ぶね。ちなみに……エルキュールと私はもう離縁していて、夫婦じゃないの」
アンドレの耳がぴくっと動きます。
「……そうかい。じゃあなんでこんなところに来た? 元旦那なんかどうでもいいだろ」
「……事情があるのよ。あの人と話さなくちゃいけないから」
「へえ……。そういえば、なんていったか、カサンドラ? って女よりも、あんたのほうが綺麗だよ」
アンドレが私を見ずにさらっと言ったため、とても驚きました。無骨そうな彼が、女性に対し「綺麗だ」なんて言うと思わなかったからです。厳しさを備えた外観とは裏腹に、意外な一面を持っているようです。
私は綺麗だと言われたことが妙に嬉しくなり、駆け足でアンドレを追い越したあと、顔を覗き込んでやりました。
「あなた……よくわかってるわね。やっぱり銀貨受け取らない?」
こう冗談ぽく言うと、アンドレは照れくさそうに「いらねえよ」と笑いました。
山の入口に着き、そこからは草木の茂る鬱蒼とした山道が始まりました。地面はぬかるんでおり、足元には苔が生えています。
「あいつが崖の方に向かって行ったとき、声をかけようか迷ったんだ」とアンドレがつぶやくように言いました。
「そうだったのね。急いでたの?」
「いや、そういうわけじゃない。まあ……なんていうかな……毎日のように、誰かは飛び降りてる。あいつもそういう人間のうちの一人なんだって、自分に言い聞かせた。飛び降りたほうが楽になれるやつもいる……」
「声をかけたかったのに、かけなかったの……?」
気持ちとは正反対の行動をとってしまうところが、私に似ていると思いました。自分の”こうしたい”よりも、摂理のように見える何かを優先してしまうのです。
「さあな。ただ、あいつにも、こうして会いに来る人間がいるんだと思うと、あのとき声をかけなかったのが……悔やまれそうだから……」
「だから案内してくれているのね。優しい」
「……やれることをやっているだけさ」
アンドレは私たちが怪我をしないよう、繊細な注意を払ってくれています。道端に落ちている小石を蹴散らしたり、突然地面が下がるところを手で示したり。そのおかげで、獣道のようになっている険しい道も、なんとか歩いて進むことができます。初対面のはずですが、彼の頼りがいのある態度に安心感を覚えました。
「アンドレ、あなたってもしかして……元々は貴族だったんじゃないの?」
アンドレに対して抱いていた第一印象を確かめたくなり、私は心の内にあった直感をそのまま口にしました。
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