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手紙を出してから五日後、ダスティン辺境伯とカサンドラが城まで訪ねてきました。

(何かしら返事がもらえればいいかな)程度に思っていたのですが、まさかの直接謝罪です。この城でカサンドラに会うのは二度目となります。

「ベアトリス。わたしも同席しよう。ダスティン辺境伯とは何年ぶりかな」

お父様がこのように言ったので、私たちも父娘で対面する運びとなりました。

お父様と客間へ行くと、長いひげを生やした巨体の男性と、カサンドラがいました。



(……すごい迫力ね……)



ダスティン辺境伯はとにかく顔も手も胴体も何もかもが大きく、部屋が狭く感じるほどです。国境で戦が起きるとすぐに大将として参戦することから、”血の辺境伯”との異名を持っています。その異名に違わぬ威厳と存在感が部屋を覆っていました。

一方のカサンドラは、背中を丸め小さくなっていました。目元を腫らし、顔もぼろぼろの状態です。おそらく強制的に連れて来られたのでしょう。不服さを隠しきれていません。私だけでなくお父様にも目を合わせようとしませんでした。

「いや~、辺境伯殿。お久しぶりです。三年ぶりですかな?」

お父様から辺境伯に近寄り、手を取りました。辺境伯もお父様の挨拶に低姿勢で応えます。辺境伯はその迫力とは裏腹に、とても柔らかい物腰の方のようです。佇まいに無骨さがなく、穏やかな人だとさえ思えました。

「お久しぶりです、公爵殿。三年もご無沙汰しておりましたか、失礼しました」

「何のことはありません。お元気そうで何よりです」

「このたびは……うちの愚娘カサンドラがベアトリス様に多大なるご迷惑をおかけしたようで……本当に申し訳ございません」

辺境伯はお父様にこう謝ったあと、私に向かい「お初お目にかかります。ダスティンと申します。お手紙ありがとうございました」と言って、頭を下げました。娘のカサンドラからは想像もつかないほど謙虚な振る舞いをなさる方です。私もその態度に応えるようにして、ゆっくり会釈を返します。

するとお父様は笑顔のまま、辺境伯に寄り添いました。

「この世界ではいろんなことが起きますなあ。わたしも父親として、辺境伯殿に同情する部分もあります。しかし……愛娘ベアトリスの結婚は壊れてしまいました。本人が喜んでいるなら別ですが、大変苦しんだうえでの離縁です」

「……誠に、申し訳ございません……」辺境伯はあらためて深々と頭を下げました。

「まあまあ、お顔をお上げください。話し合いましょう。カサンドラ様も、よくお越しくださいましたな」

お父様は辺境伯の上体に手を添えながら、カサンドラに微笑みかけました。

しかしカサンドラは、相変わらず顔すら上げず、ふてくされた態度を取り続けています。何の反応も示しません。

しばらく嫌な空気が流れました。


……。


…………。



ぼかんっ!!!!!



突然のことでした。上体を起こした辺境伯が、たまりかねたようにして手を振りかざしたかと思うと、勢いよくカサンドラの頭を殴りつけました。

「このバカが! 公爵殿がお前に話しかけておいでなのだぞ! 謝罪を申し上げないか!」

カサンドラは殴られた頭を右手でおさえ、痛みに震えながらも怒りをあらわにしました。そして左手で目元を拭いながら、私を睨みつけてきます。

「ベアトリス……あんたがお父様にチクらなければ、こんなことにはならなかったのに……! 卑怯者!」

カサンドラが私に向けて大声で叫びました。顔をくしゃくしゃにして、鼻水を垂らしています。


バシンっ!!!! バシンっ!!!!


辺境伯がカサンドラに対してさらに二発のビンタをお見舞いしました。カサンドラは一瞬白目を向きました。その凄惨な光景に、私はただ黙って見ているしかありませんでした。

お父様のほうを見ると、淡々とした表情をしていて、静かにその場を見守っているような様子でした。いつもより少し目を細めているようにも見えますが、それがお父様のどのような感情を表しているのか、私にはわかりませんでした。

辺境伯はカサンドラに顔を近づけて凄みました。

「卑怯者とは何たる言い草か! お前のほうこそ勉強もせずに父親を騙し続け、やっていたことと言えば既婚の伯爵に対する情婦まがいな行い。人を傷つけたうえに被害者を罵倒するなど、恥を知れバカ娘!」


バシンっ!!!! バシンっ!!!!


追加で、カサンドラは二発のビンタを頬にくらいました。彼女はまだ一片の反骨心を残しているようでしたが、いよいよ鼻血が出てきています。

あまりに痛々しく、私は片目をつむりました。でも心の中では「もっとやってしまえ」と思っている自分もいました。心で痛みを感じない人間には、物理でわからせてやればよいのです。それでやっとおあいこです。


バシンっ!!!! バシンっ!!!!


「言ってもわからんやつはな、本当に痛い目見ないとわからんからな! これでも懲りないようなバカ娘だったら、そのまま息絶えてしまえ! お前は娘でもなんでもない。当家の恥晒しめ」



辺境伯には暴力を用いることに対する明確な信念があるようです。それが良いのか悪いのかなんてわかりませんが、圧倒的な暴力を前にすると、人間はただなされるままになるしかないのだと思いました。どんなに意地を張っていたとしても、それを打ち崩すのは時に自然災害であり、狂人であり、はたまた別の……。傍観者の私でさえ、カサンドラに降りかかる残酷な外圧に萎縮してしまいました。




数々のビンタによって、カサンドラはついにふらふらになりました。さっきまで敵意に満ちていた彼女の目が、いつの間にか虚ろな目に変わっています。

辺境伯は鬼の形相でカサンドラに向き合いました。

「お前が公爵殿とベアトリス様に謝るまで、何度でもこうしてやる。もし死ぬまで謝らないなら、父のこの手で殺してやる。どうだ? 本望だろう? 訳のわからん病気でも何でもなく、父の手によって死ねるのだからな! お前を殺したのは、俺だ!!!」

辺境伯の目は明らかに血走っていて常人のそれではありませんでした。辺境伯の手に滴るカサンドラの血が、ボタッと床へ落ちます。

「申し訳ございません……悪かったのは……わたしです。どうか、どうか許してください……」

カサンドラが振り絞るようにして謝罪を口にしました。彼女の目からは恐怖と痛み、そして後悔の念が浮かんでいるように見えました。
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