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「お姉ちゃん、エルキュール様とのこと、大変だったね……。お父様から聞いたわ。ごめんね、何もしてあげられなくて……」



笑顔で駆け寄ってきたミアでしたが、こうして私に謝ると暗い顔をしてしまいました。妹なりに私を心配してくれていたようで、姉として嬉しく思いました。



「いいのよ、気にしないで。ミアのほうこそ、ジョヴァンニ様とは大丈夫?」

「うん、こっちはいつもどおり。あの人はもう庭園にいるわ」

ここまでミアと話すと、お父様が話しかけてきました。

「ベアトリス。祈りの会が終わったら、うちの城に帰るぞ。向こうにいる、ナディエも一緒にな」

お父様は、距離を置いて静かに待機していたナディエに目をやりました。ナディエは恐縮そうに頭を下げ、お父様の視線に応えました。

真剣な面持ちのお父様は続けて、私たち姉妹に向けて言いました。



「我が家は今日をもって摂政派に味方し、国政の統一を図る。気をつけるべきは……王妃テレジア様だ。これからはテレジア様の誘いを遠慮せねばならん。誘われたら少なくとも、わたしに相談しなさい」



私もミアも驚きのあまり目を丸くして、お父様を見つめました。

ミアが幼い子どものように「どうしてです、お父様? テレジア様は素晴らしいお方じゃないですか?」と尋ねました。

一方の私も、もちろんテレジア様に果てしない魅力を感じてはいたのですが、妹のように純粋に素晴らしいとは思えていない、というのが本音でした。テレジア様の抱える闇を、直感的に捉えていたのかもしれません。

お父様はいつものように無言でうなずきながら、どこか遠方を眺めています。



「テレジア様の動きは危険だ。神聖ノヴァリス帝国が戦争準備をしている、との報告も上がっている」



神聖ノヴァリス帝国は、テレジア様が生まれた国です。私たちの住むセレンスタイン王国の隣にある大国で、歴史的に見てセレンスタインはいつもノヴァリスの侵略を恐れてきました。

ミアはあまりに信じられなかったのか、お父様の言ったことを真に受けようとせず、冗談を聞いたように笑いました。



「ふふふふ。お父様、さすがにそれは嘘だってわかりますよ。……ねえ、お姉ちゃん?」



ミアの軽い笑顔とは対照的に、私は表情を和らげることができませんでした。そして晩餐会の夜を思い返すうちに、お父様の言葉が真実だと確信したのです。――本来は国王陛下に一番近いはずのテレジア様が、摂政エドゥアルド様と親しげに微笑み合っていたからです。

「テレジア様の御心はずっと祖国にあって、私たちの国の混乱を画策しているのでしょうか? 国王派と摂政派の対立を利用し、国力を下げようとしているとか……?」

私の質問に対し、お父様は何も答えませんでした。ミアも「えっ……」とつぶやいたあと、気まずそうに黙ってしまいました。

お父様は私たち姉妹を交互に見ました。

「さて……テレジア様に誘われた場合、自分だけでは判断できないとお返事すればいい。特にベアトリスの場合、これからはわたしの城で暮らすのだからな」

「はい、お父様」

私の素直な返事を聞き、お父様は優しく微笑みました。このような柔らかな表情は、私が嫁ぐ前には決して見られなかったものです。私は不思議な気持ちになりました。

もともとお父様は、表情が豊かなのかもしれません。それなのに、子ども同然だった私には読み取れず、誤解していた可能性もあります。



「成長したな。ベアトリス」



お父様に認められるなんて、飛び上がるほど嬉しいことに違いないのに、その点に関しては素直に喜べない自分がいました。

お父様が評価してくれるのはきっと……私が老婆の術にかかっているためです。術で感情をなくしているから、落ち着いて振る舞えたり、はっきり物を言えたりするだけなのです。

私は、お父様が老婆のことを知っている前提で語りました。



「――感情を失ったから、そう見えるのでしょう。結局のところ、私は偽りの鎧を身につけているだけです」



お父様はきょとんとして、首をかしげています。

「何を言っているかわからんが……お前は感情を失っていない。感情が隠れやすいだけだ。わたしにはお前の感情が見えているよ」と言ったあと、少し沈黙し、「それに……人の成長は、感情の起伏とは別物だ。実際に成長したんだから、自信を持て」と励ましてくれました。



(あれ、お父様は老婆の術を……知らない……?)



お父様が一瞬、腑に落ちない表情を見せたので、私は戸惑いました。お父様に老婆と出会ったことを話そうか迷いましたが、いったんこの場ではする必要がないと判断しました。

なぜならこのときほど、お父様に安心感を覚えた瞬間はなかったからです。思い切って行動してよかったなと、初めて思えました。結果論にすぎないかもしれませんが、行動さえ起こせば、必ず味方してくれる人はいる。そう思えるほど積極的な気持ちが湧いてきて、心地よい時間が流れていました。

「今日会ってから何度もそうおっしゃってくれますね。これからも褒めてもらいたいから、素直に『はい』と言いましょう」

冗談ぽく言った私に対し、お父様は「そんなんじゃないさ」とはにかみました。

「よし、みんなで祈りの会に行くとしようか! 久しぶりに王家の城に来たから、楽しみだ」

お父様は私たち姉妹に明るくこう言って、庭園に向かい歩き始めました。
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