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翌日の朝、私とナディエは馬車で王家の城へ向かいました。ナディエは昨夜遅くに宿に戻ったので、昨日の疲れが十分にとれないままの出発となり、申し訳ないかぎりでした。

王家の城に着いて馬車を降りると、思いがけない出迎えがありました。



「お父様! どうして!?」



なんとそこには、私の父親であるガブリエル公爵が従者とともに立っていたのです。



「ベアトリス、久しぶりだな。いろいろ苦労しただろうが、十分によくやった」



お父様が不意にねぎらいの言葉をかけてきたので、戸惑いました。自分が何をなし得たのだろうと頭を巡らせてみましたが、答えが見つかりません。お父様に褒められるようなことをした覚えがないのです。

「あの……どういうことでしょう?」

「エルキュール伯爵が離縁手続きに入っていると報告が入ってな。もしお前が閉じ込められたらどうしようかと心配していたが、予想どおりに事が運んでよかったよ」

「あの人が……私を抱え込むはずがありません。離縁するにあたって、何の躊躇もないようでした。私からしても、せいせいしています」

お父様は私の発言を聞き、珍しくほのかな笑みを浮かべました。その笑顔は、いつもの厳格な表情とは対照的で、少し見慣れない感じがしました。

ガブリエル公爵といえば、王国屈指の実力者と言われ、策略と謀略に長けていると噂されています。でも、娘であるはずの私もお父様の仕事ぶりはほとんど知らず、実態を掴めないままエルキュールに嫁いだのです。今こうしてお父様の顔を見ると、やはり政略上の意図が臭ってきます。



私はお父様をまっすぐ見つめ、質問しました。



「お父様は……私とエルキュールの結婚が破綻すると思って、嫁がせたのですか?」

お父様は無言でうなずきつつ、今度は真剣な表情になりました。

「お前だけじゃない。ミアもだ」と言った後、軽く頭を下げながら「すまなかったな。性格が合わないと知っているからこそ、お前たちを嫁がせた。国王派か摂政派か、どちらかが乱れてくれれば、うちの家としては成功なのだ」と言いました。

「そうですか……お父様は貴族社会の模範のように、私たち姉妹を政略に利用したのですね。結果、先に私が壊れ、エルキュールも追い込まれた」

「ものわかりがよくなったな」

「どのようなお気持ちですか? 頭がおかしくなるほど苦しんだ娘が、こうして目の前にいますよ」

お父様は私の皮肉を聞き、少し傷ついた様子で目を細めました。

「言い訳にしかならないだろうが……父親としての愛情と、一家の長としての役割は、相反することがある。国の情勢がはっきりしない中、最善の決断は、お前とミアを別々の派閥に嫁がせることだった。許せ」

私の心に”憎らしい”という感情は湧きませんでしたが、その代わりに浮かんだのは疑問でした。お父様が言う”愛情”とは一体何なのでしょう。娘を利用する父親が持ちうる”愛情”のかたちとは?

「お父様にとっての愛情とは、具体的にどのようなものを指しますか? まさか、今ここで思いついただけの言葉ではないでしょう?」

お父様は私の問いに驚いたのか、一瞬目を見開いた後、再びにっこりと微笑みました。

「成長していて嬉しいよ。表面的な言葉に囚われず、事実を掴もうとする姿勢があっぱれだ」

そう言ったあと、少し間をおいて、次のように答えました。

「父親であるわたしにとっての愛情は……お前たちを見守ることだよ。エルキュール伯爵の城にも、ジョヴァンニ侯爵の城にも、わたしの息のかかった人間がいる。その者にお前たちの様子を逐一報告させていた。身の危険が及ばないようにな。今日こうしてお前を出迎えたのも、お前の動向を知っていたからだ。直接会っていなくても、手紙を交わしていなくても、常に心配してきたんだ」



「そうですか。では……何でもご存知のお父様であれば、私が机の引き出しに隠していた”モノ”も知っているのでしょう?」



さすがに毒薬のことは知らないだろうと考え質問したのですが……違うようです。



「……そうだな。知っていた」



私はお父様にわかるように、大きくため息をつきました。



「ひどいじゃないですか……。あの袋はお父様にとって、私の”身の危険”ではなかったのですか?」

「もちろん心配した。しかし同時に、信じてもいた。自分の娘であれば乗り越えられるはずだという信念と、お前個人への信頼と……。信じることもまた、親の役割なのだ」

「そんなの都合がよすぎませんか? 自分がしなかったことは見守っていたことにして、自分がしたことはしてやったと言うなんて……」

お父様は出てくる言葉を飲み込んではまた発しようとしていましたが、思ったように言葉がまとまらないようでした。

お父様がすべてを知っていたとなると、私はお父様のことを心から信じることは難しいと感じました。しかし一方で、そう思ってしまうほどに、私はお父様のことを信じていたいのだとも自覚したのです。その自覚がもたらす吸引力こそ、切ろうと思ったくらいでは切れない、親子の縁なのでしょうか。



「そのうちわかってくれたらいい。弱さと信念が背中合わせになる孤独と、子どもに何もしないという、親の勇気を……」



お父様がここまで言ったとき、遠くから「お姉ちゃん!」という甲高い声が聞こえました。振り返ると、艷やかな髪を揺らしながら駆け寄ってくる妹ミアの姿が見えます。ミアの顔は、私の疲れと緊張を忘れさせるような明るさで満ちていたのでした。
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