上 下
17 / 48

17

しおりを挟む
テレジア様のご厚意に甘え、私は一晩を王家の城で過ごしました。

翌日の朝、テレジア様が直々に見送りに来てくださいました。



「ベアトリス。明日の正午、この城の庭園で祈りの会を開きます。もし気が向いたら、いらっしゃい」



(祈りの会……? 聞いたことない)



「私が勉強不足で存じ上げないだけだと思うのですが、祈りの会とは……?」

私は敬虔な信徒とは言い難く、どちらかというと宗教の勉強をおろそかにしてきたタチでした。テレジア様のような、異国の宗教大国ご出身の方には到底及びません。”祈りの会”と聞いた瞬間、私は尻込みしてしまいました。

テレジア様はそんな私の懸念を見抜いたのか、微笑みながらおっしゃいます。

「安心なさい。祈りの会という名前ではありますが、会の最初に祈りを捧げるだけで、あとはゆったりとした、プライベートなお茶会のようなものです」

会の中身を知って、逆に恐れ多くなりました。

「なるほど……私のような者がお邪魔してもよろしいのでしょうか? ちなみに、どのような方がいらっしゃるのでしょう?」

「あなたがよく知っている方もおりますよ。例えば、ジョヴァンニ侯爵とか」

「…………」

私は無言で小刻みにうなずきました。妹の夫であるジョヴァンニ侯爵は、摂政派の中核です。つまり、プライベート色の強いお茶会にジョヴァンニ侯爵がいるということは、摂政派の非公式な会合である可能性が高いのです。



テレジア様は、大きな黒い瞳で私を見つめています。何度目が合っても、その瞳の美しい魅力は変わりません。

「今すぐ決めなくていいわ。わたくしはあなたのことが……好きよ。きっといらっしゃいね」

一瞬、心臓が跳ね上がるような心地がしました。老婆の術で感情のさざ波は抑えられても、物理的に来る衝撃は抑えられないようでした。



単純に王妃様であれば国王派であろうと思っていた私でしたが、政治状況はもっと複雑なようです。そして国王派の中心エルキュール伯爵を夫に持つ私が、摂政派の会に出るということは……つまりは……夫の敵勢力に味方することを意味するのです。



「テレジア様、お誘いありがとうございます。ひとまず本日は、これにて失礼致します。突然にも関わらず泊めてくださり、感謝申し上げます」



王家の城を出て馬車に乗り込んだ私は、帰途につきました。昨晩からの出来事が夢か現実なのか、よく頭の整理がつかないまま、馬車に揺られてうとうとしました。



城の近くまで帰ってくると、とても久しぶりな気がします。名残惜しさが心をかすめ続ける一方で、やはりここが家だという安心した気持ちにもなりました。

しかし、いざ城の敷地を進んで行くにつれ、いつもと空気が違うことに気づきました。

そして……

馬車から降りても、迎えの使用人が一人も来ません。玄関扉から誰かが出てくる気配もありません。今までの生活では経験のないことなので、新しい種類の戸惑いを感じました。

どうしたものかと思い、ひとまず自分で扉を開けます。

すると、使用人たちは普通に午前の仕事に取り組んでいるようだったので、少し安心しました。おそらく昨晩のこともあり忙しくて、迎えに出られなかったのだろうと考えました。

ただ、やはりおかしいのです。

玄関の内に入っても……誰もこちらに近寄りません。私のことが視界に入っているはずなのに、まるで何も存在していないかのように素通りしていきます。



(もしかして……無視されてる……?)



屋内清掃係のベティが近くを横切ろうとしているのを見つけ、私は彼女に何が起きているのか聞こうと思い、声をかけました。



「ベティ! 帰ったわよ!」



ベティは使用人の中でも親しいほうなので、きっと何か話してくれると思いました。

しかし彼女は立ち止まることなく、私をちらと見るだけで、何の反応も示さずにそのまま行ってしまいました。

これで疑念が確信に変わりました。昨晩、怒り狂った夫が使用人たちに命じたのでしょう、私を無視するようにと。家を窮地に追い込んだ疫病神の世話をするな、あの女は家の敵、使用人の敵だと。

幼稚な仕返しをしてくるものだと呆れながら城内を歩きました。夫だけでなく貴族全体に言えますが、気に入らない人間に直接何かをして終わりにするようなタイプはまずいません。必ず周りを巻き込んで包囲網をしき、標的を追い込もうとします。表面上は忙しくしていても、根本的に暇を持て余している連中なので、他人の人生を壊してみたくてたまらないのです。自分で手を下さないで済むなら、なおのことよい。現実の人間が崩壊していく様子は、何より面白いショーとなります。




ひとり自室に向かい、扉を開けました。




すると、案の定と言ってよいのか、見るも無惨に荒らされていました。ベッドや洋服が刃物でずたずたに切り裂かれ、タンスや机が引っくり返され、尿や大便といった汚物が床に撒き散らされています。

感情を失っている私は、「ああ、部屋が汚されてしまったな…」という風に淡々と受け止めていましたが、はっと気づいて机に駆け寄りました。



引き出しを開けました。



毒薬の入った茶色の袋は、ありませんでした。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

お久しぶりですね、元婚約者様。わたしを捨てて幸せになれましたか?

柚木ゆず
恋愛
 こんなことがあるなんて、予想外でした。  わたしが伯爵令嬢ミント・ロヴィックという名前と立場を失う原因となった、8年前の婚約破棄。当時わたしを裏切った人と、偶然出会いました。  元婚約者のレオナルド様。貴方様は『お前がいると不幸になる』と言い出し、理不尽な形でわたしとの関係を絶ちましたよね?  あのあと。貴方様はわたしを捨てて、幸せになれましたか?

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?

よどら文鳥
恋愛
 デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。  予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。 「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」 「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」  シェリルは何も事情を聞かされていなかった。 「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」  どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。 「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」 「はーい」  同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。  シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。  だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

処理中です...