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武勇盛んなとある王国に、オスカーという青年がいた。彼は勇敢な伯爵を父に持ち、容姿端麗、若き騎士としての名声をほしいままにしていた。人間的な魅力にも溢れており、その笑顔はどんな人の心をも奪うほどだった。

そんなオスカーの笑顔を一番近くで見てきたのが、幼馴染のエリザベスである。彼女も美しい容姿を持ち、父親が辺境伯という、高貴な身分を誇っていた。彼女は幼い頃からオスカーと緑豊かな森で一緒に遊んだり、甘い果実を分け合ったりした。「オスカーと結婚すれば、美男美女の夫婦になるね」などと周りに冷やかされると、彼女は表面的には否定しながらも、湧き上がるような喜びを感じた。彼女が持つ感情は無垢な少女の憧れから、深い愛へと変わり、彼女の胸にひそかに宿っていた。

しかしオスカーの心は、エリザベスの紡ぎ出す愛の糸を感じ取ることができなかった。彼はまだ、自己の感情の深淵に到達していなかったからである。エリザベスを一緒にいて心地よい存在、幼馴染として認識していたが、その感情が運命的な愛情に発展する可能性には気づいていなかった。

そこに、イザベラという新たな風が吹き込んだ。彼女は男を誘惑し、女を妬ませることが唯一の楽しみだった。実の母親を幼い頃に亡くし、今の継母は三人目。父親からも継母からも関心を寄せられない彼女は、不安定な家庭の中で愛情に飢え、舞踏会が生きがいとなっていた。男ウケを研究し尽くした化粧によって瞳はくっきりと縁取られ、訓練した歩みは花びらが舞い落ちるように優雅だった。並の容姿ではあったが、社交界で人気のある立場にいた。

しかしそんな彼女の心に常々あったのは、エリザベスへの嫉妬だった。エリザベスの純な心と可憐さが、イザベラにとって脅威だった。舞踏会の主役は自分のはずだと強く思い込んでいた。しかし、エリザベスが来る舞踏会だけ、主役の座を奪われた。

(またエリザベスが、ウィリアム王子と踊ってる……!?)

イザベラが踊りたがっている殿方たちはみな、エリザベスを誘い、それによってイザベラは何度もみじめな思いをした。彼らは舞踏会にエリザベスがいると知れば、イザベラのことなどまるで相手にしない。それほどまでにエリザベスの美しさは、周囲の光を吸い取るほどに際立っていた。どうしても我慢ならないイザベラは、エリザベスを蹴落とすために、彼女のあら探しをした。

そうしているうちに、イザベラは一つの事実に気がついた。エリザベスはオスカーと一緒に踊っているときだけ、彼の腕の中で自由に笑い、満たされた表情をしていた。その光景を見て、イザベラの心はさらに憎しみの炎を燃やした。恋している男がいるにもかかわらず、他の男たちの視線も自在に操り、主役の座を無邪気に奪い去っていく。そんなエリザベスの姿が、イザベラの心に痛烈な嫉妬をもたらした。幼馴染との深い絆、純粋な愛情、周りからの称賛。それらすべてがエリザベスにあった。

イザベラは、エリザベスの心に深い絶望を与えるための策略を練り始めた。その計画の中心は、オスカーを自分のものにするという目論見だった。

(オスカーとわたしがイチャイチャしているところを、エリザベスに見せつけてやるわ。時が来たら、なんでもない男のように捨ててやる)

舞踏会でオスカーを見つけると、イザベラはまるで彼だけを狙ったチーターのように駆け寄った。そして甘い言葉をささやき、彼と熱烈に踊る。オスカーの顔が赤くなるほど、体を大胆に密着させる。彼は鼻の下を伸ばし、彼女のすべすべした手にぎゅっと握られるたびに、鼓動を早めた。

「オスカー。わたしはあなたがいる舞踏会じゃなきゃ嫌。あなたが一番素敵で、かっこよくて、優しい。あなたのことを大好きになっちゃったのよ、責任取ってよね」

オスカーはイザベラの計略に気づかず、彼女の甘い告白や柔らかな肌に心を奪われていった。恋に鈍感な彼でも、イザベラのわかりやすいアプローチは理解できた。彼女の妖艶な瞳が彼を見つめるたび、その濡れた視線が彼をドキドキさせた。

こうして、オスカーは恋する男というより、色ボケをした哀れな男に落ちてしまった。傍から見てもわかるほどのベタ惚れだった。周りから止められれば止められるほど、彼は「イザベラは、僕の天使に違いない」と自分自身を説得し、信じ込むようになった。


「絶対にあのイザベラだけはダメだからね」


徐々に大きくなる焦りを抑えようとして、エリザベスは周りと同じようにオスカーに警告し続けた。オスカーと違い、イザベラの魔性を知っていた。彼を守りたいという強い欲求に駆られていた。それは純粋に、彼を大切な幼馴染と見なしているためでもあったが、一方で、彼女自身の深い恋心からくる、オスカーを自分のものにしたいという切なる願いのためでもあった。彼女の心はその二つの感情によって激しく揺さぶられた。

「君には関係ないだろ? イザベラを誤解しているよ」

エリザベスの葛藤をよそに、オスカーは迷惑そうに反論した。オスカーにとって、エリザベスはもはや愛すべき幼馴染ではなく、厄介な存在になっていた。彼の目に映るのはやはりイザベラだった。そのようなオスカーを見るにつけ、エリザベスは自身の存在が彼にとって疎ましい影へと変わっていくことを、鋭く感じ取った。そして二人の関係を覆う初めての暗雲に、戸惑いを隠せなかった。

日々が過ぎ去っていくうちに、オスカーは本当にイザベラしか見えなくなった。彼はイザベラが参加する舞踏会にだけ、積極的に足を運んだ。

「もう……無理なのかしら……」

エリザベスはオスカーを見つめ続けていたが、次第に肩を落とし、失意に沈んでいった。
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