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コルテオはなるべくクラリスのほうを見ないようにしていたのだが、おだやかな口調で不意に話しかけられたのでびくっとした。


「は、はい! 奥様……なんでしょう……?」


コルテオは怯えた調子で返事をした。周りの目を気にしながらも、彼女を幽霊だと疑っている自分の心情を隠そうと必死だった。不安と好奇心で揺れ、言葉を選ぶ間、手は無意識にナプキンをいじくっていた。


「ナタリーはとっても素敵な子ね。コルテオはナタリーのどんなところが好きなの?」


コルテオは声がひっくり返った。


「ナタリーの好きなところですか!? ナタリーは……友達です。好きとかじゃないです」


コルテオの焦りを見て、クラリスの顔に優しい笑みが広がった。それを見てコルテオは、不思議と安心感が芽生えた。生前のクラリスとあまり話したことがなかったが、彼女の笑顔は、過去の数少ない会話の記憶を思い起こさせるほど温かかった。そしてその青い瞳には愛情と理解が宿っていた。


「そうね、二人は友達どうしなのよね。ごめんなさい」


「いえいえ奥様! 謝らないでください……。ナタリーとはまあ、慣れてるといいますか、話してて楽しいというか、それだけです」


「コルテオ。ナタリーを大切にするのよ。わたしからのお願いね」


「はい……かしこまりました……」


こうしてバーナード伯爵一家の夕食はクラリスを中心にして進んだ。落ち着いてナイフとフォークを扱うバーナード伯爵。満たされた気持ちで控えめにクラリスを見つめるエドガー。貴族の食事とクラリスの美貌に夢見心地のナタリー。ありえない晩餐に目が回るコルテオ。



皆の食事が進み夕食も後半へ差し掛かったとき、クラリスがようやくバーナード伯爵に話しかけた。


「あなた。すっかりお痩せになりましたね。お仕事の調子はいかがですか?」


エドガーとコルテオが息を呑む。バーナード伯爵はクラリスの死後、政務を弟に引き継いでいる。社交界にも王家にも顔を出していないため、実質的に引退している状況である。


バーナード伯爵は一瞬ためらい、ナプキンを口元に当てつつ答えた。


「ヴァレリアン(バーナード伯爵の弟)に任せているから大丈夫だ」


クラリスはナイフとフォークを静かに置いた。そしてバーナード伯爵の心の奥を見つめるようにして尋ねた。


「……あなたは健康です。政務を行う体力もおありでしょう? どうしてヴァレリアン様にお任せになっているのです?」


「あいつのほうが……政治に向いているよ。私はもうあちらの現実に興味がない。愛するクラリスと一緒に過ごす日々だけが、私にとっての現実なんだ」


クラリスはしばらく目を閉じたあと、再びバーナード伯爵を見つめた。


「わたしはもう……この世界にいないのです。死んでしまったのです」
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