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コルテオの目に嘘はない、とエドガーは思った。黙々とうなずいた後、ふうとため息をつき、遠い記憶に思いを馳せた。バーナード伯爵とクラリスがピクニックの準備をしていた時の姿、そしてその後の楽しげな笑顔……。


「では誰が……丘に奥様のバスケットを置いたんじゃろう。盗人だったらこんなイタズラせんであろうし……」


コルテオも考えたが何も思いつかなかった。心当たりもなかった。得体の知れない胸の動悸が彼を襲った。


「旦那様はバスケットを拾った時、どんな感じだったの?」


「旦那様は……平然としておられたよ。『クラリスのやつ……ピクニックをするのはいいが、バスケットを忘れて帰ってるじゃないか。世話の焼けるやつめ』と言って、ただバスケットを手に取っただけだ」


コルテオはいい機会だと思って、エドガーに率直な疑問をぶつけた。


「いつまで旦那様は奥様が死んだことを受け入れないつもりなんだろうね。爺ちゃん……これから先もずっとこういう状態なの?」


「わからん……。わしも時折、これが芝居だということを忘れるんだ。旦那様の狂乱を見ていると、たまに自分自身が現実と幻想の狭間にいるような気分になる。奥様が生きていたときのままに仕事をしているから、本当に奥様が生きているのではないかと錯覚してしまうんだ。旦那様に一度『クラリスは今どこにいる?』と聞かれたとき、わしは屋敷中を探し回ってしまった。ふと正気に戻ったとき、怖くなったよ」


「ええ? 爺ちゃん、しっかりしてくれよな。おいらもできるだけ頑張るからさ」


バーナード伯爵はクラリスと会えていないのは偶然だと思っている。たとえば同居家族であっても、それぞれに部屋があり生活時間が異なっていれば、一日も会わないことがある。そんなふうにして、バーナード伯爵はクラリスとたまたま会えない日々を重ねているのであった。
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