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サルヴァトーレと村長は、家に来たファビオを歓迎した。二人が囲むテーブルの上にはワイングラスと、おそらく金が入っているのだろう布袋があった。村長からサルヴァトーレへの献金かと思いきや、どうもサルヴァトーレからの金のようだった。村長が大切そうに両手を添えている。
ファビオはまさか主人がいるとは思わず、驚いた。
「旦那様……どうされたのですか? わたくしは本日休暇を頂いておりまして……」ファビオは背中を縮めながら両手をすり合わせた。
サルヴァトーレはニカっと笑い、ファビオを手招きした。ファビオは彼らを不審そうに眺めたが、すすめられるままに椅子に座った。
「知ってるよ。お前が休暇を取るなんて珍しいから、どこに行くんだろうと思ってな。使用人たちに聞いたら、この村じゃねえかって言ってたから、来てみたわけよ」
(いつもの旦那様の癖だな……)とファビオは苦々しく思った。嫉妬深く粘着質なサルヴァトーレは、使用人たちの仕事ぶりだけでなく休暇の過ごし方まで知りたがるのである。
「さようでございましたか。お手間を取らせてしまい申し訳ございません。わたくしは用事が済みましたので、帰ろうと思います。午後から働かせてください」
「今日は一日休暇なんだろ? せっかくならゆっくりしていけよ、侍従長のことは気にしなくていいからよ」サルヴァトーレは顔の前方あたりで手をおおげさに横に振った。
「は、はあ……?」
「ところで、お前はなんでこの村に来ようと思ったんだ? 用事ってなんだ?」
サルヴァトーレのこの質問によって、一瞬で部屋の空気が張りつめた。声の調子が低く、いくらか怒気も含まれていた。
「それは……その……この村の共有地に美しい木がございまして、その様子を見に来たのでございます。しかしながら……その木は黒ずんでいて、みすぼらしい姿に変わっておりました。ちょっとした花見のつもりだったんですが、無駄足でしたよ」
サルヴァトーレは「ふーん」と言いながら、村長に出されたワインを飲んだ。
「正直に言ってみろよ。マリアンナとの思い出を偲びに来たんじゃねえのか?」
「……めっそうもございません。わたくし程度の身分の者が、恐れ多いことでございます……」
ワイングラスを空にしたサルヴァトーレは、それを村長に突き出した。村長はいそいそと新しいワイン瓶を持ってきて、グラスを満たした。
「お前は口数が少ない。余計なことを一切言わない。素晴らしいことだ。余計なことを言わないためには、余計なこととは何かを知っている必要がある」
「…………」
ファビオは無言で、うつむき加減のまま座っていた。サルヴァトーレが褒めたことも、何かの裏があると思い、素直に喜びはしなかった。
サルヴァトーレはワインをぐびっと飲み干すと、さっと立ち上がった。
「帰るぞ、ファビオ。馬の準備をしろ」
ファビオはすぐに「かしこまりました」とだけ返事し、家を出た。村長の家のそばにある厩舎へ行き、サルヴァトーレと自分の分の馬を出した。いつもどおり馬具を装着したが、どこか嫌な感覚だけは残り続けていた。
ファビオはまさか主人がいるとは思わず、驚いた。
「旦那様……どうされたのですか? わたくしは本日休暇を頂いておりまして……」ファビオは背中を縮めながら両手をすり合わせた。
サルヴァトーレはニカっと笑い、ファビオを手招きした。ファビオは彼らを不審そうに眺めたが、すすめられるままに椅子に座った。
「知ってるよ。お前が休暇を取るなんて珍しいから、どこに行くんだろうと思ってな。使用人たちに聞いたら、この村じゃねえかって言ってたから、来てみたわけよ」
(いつもの旦那様の癖だな……)とファビオは苦々しく思った。嫉妬深く粘着質なサルヴァトーレは、使用人たちの仕事ぶりだけでなく休暇の過ごし方まで知りたがるのである。
「さようでございましたか。お手間を取らせてしまい申し訳ございません。わたくしは用事が済みましたので、帰ろうと思います。午後から働かせてください」
「今日は一日休暇なんだろ? せっかくならゆっくりしていけよ、侍従長のことは気にしなくていいからよ」サルヴァトーレは顔の前方あたりで手をおおげさに横に振った。
「は、はあ……?」
「ところで、お前はなんでこの村に来ようと思ったんだ? 用事ってなんだ?」
サルヴァトーレのこの質問によって、一瞬で部屋の空気が張りつめた。声の調子が低く、いくらか怒気も含まれていた。
「それは……その……この村の共有地に美しい木がございまして、その様子を見に来たのでございます。しかしながら……その木は黒ずんでいて、みすぼらしい姿に変わっておりました。ちょっとした花見のつもりだったんですが、無駄足でしたよ」
サルヴァトーレは「ふーん」と言いながら、村長に出されたワインを飲んだ。
「正直に言ってみろよ。マリアンナとの思い出を偲びに来たんじゃねえのか?」
「……めっそうもございません。わたくし程度の身分の者が、恐れ多いことでございます……」
ワイングラスを空にしたサルヴァトーレは、それを村長に突き出した。村長はいそいそと新しいワイン瓶を持ってきて、グラスを満たした。
「お前は口数が少ない。余計なことを一切言わない。素晴らしいことだ。余計なことを言わないためには、余計なこととは何かを知っている必要がある」
「…………」
ファビオは無言で、うつむき加減のまま座っていた。サルヴァトーレが褒めたことも、何かの裏があると思い、素直に喜びはしなかった。
サルヴァトーレはワインをぐびっと飲み干すと、さっと立ち上がった。
「帰るぞ、ファビオ。馬の準備をしろ」
ファビオはすぐに「かしこまりました」とだけ返事し、家を出た。村長の家のそばにある厩舎へ行き、サルヴァトーレと自分の分の馬を出した。いつもどおり馬具を装着したが、どこか嫌な感覚だけは残り続けていた。
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