御者ファビオの恋

Hibah

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木の言葉を聞き、ファビオはマリアンナ亡き後の自分の精神状態を振り返った。すると、意外にも最近はあまり苦しくないことに気がついた。その理由は、愛していたマリアンナが亡くなり、ただ機械的に仕事をこなす日々を送っていたことにありそうだった。意欲もときめきもない生活が楽だったのだ。しかし、ファビオはこの事実を認めたくなかった。喪失感を取り戻さなければならないと思った。


じっと黙って考えているファビオを見て、木は楽しげにゆさゆさと葉を落とした。


「人間の男よ。苦しみを教えてくれてありがとう。人間が苦しみに執着する理由がわかったよ。人間は苦しみから逃れようとする一方で、苦しみが持つ魔力的な味に夢中なんだ。苦しくない生なんて、水のない川と同じ。もし苦しみがなくなることがあれば、人間は何としてでも苦しみを生み出すだろう。それが、意志を持つ者の自由だからだ」


ファビオは不満そうに髪の毛をかきむしった。


「机上の空論だな。僕にとって……奥様のいない世界は、苦しみ以外のなにものでもないよ。誰かを愛したことのないお前だからこそ言えるんだろう」


「……そうかもしれないな。じゃあ、お喋りはやめよう。木と人間とではわかり合えるはずもないだろうしな。さっさと俺を切ってくれるか? お前の愛した奥様とやらのために、一肌脱ごうじゃないか」


厳しい表情をしていたファビオは深呼吸した後、肩にいたテントウムシをそっと指の上に乗せた。


「奥様は亡くなる直前も、お前のことは切らないで欲しいとおっしゃった。だから……切らない。それに、今のお前はなんだか気持ち悪いよ。幹も枝も細くなったし、色が黒くなってる……。初めて会った時のあの美しさはどこにいったんだい?」


「おいおい、俺はお前のことをずっと待っていたんだぞ。いまさら切らないってどういうことだよ。死ぬ覚悟はできている!」


「お前に死ぬ覚悟ができていようができてなかろうが、関係ないね。僕は切らないよ」


「ちょっと待ってくれよ! もしお前が切らないなら、俺はこれからどうすればいいんだ?」


「知るかよ。お前が尊ぶ……意志という名の力で、自由に生きればいい」


「お前と違って俺は歩けないんだぞ? どこにも行けない! あと何年ここにいればいいんだ?」


「命ある限りだよ。人間だって……自分がいつ死ぬかわからないんだから」


ファビオは木との会話を切り上げて、森を後にした。村に戻った彼は挨拶をして帰るために、新しい村長(かつての村長の息子)の家を訪れた。

するとそこには、ファビオの主人であるサルヴァトーレがいた。
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