14 / 22
14
しおりを挟む
私はエミール様を部屋の応接用ソファーまで案内しました。いつもと違い、彼の態度から敵意を感じませんでした。冷たく蔑んでくるようなまなざしもなく、表情は優しく柔和にさえ感じ取れました。
用件はディートハルト様にまつわることだろうと察しはつきましたが、何かきついことを言われるのではないかと内心びくびくしました。
ソファーに座ったエミール様に紅茶とクッキーを出したものの、彼は簡単に会釈し「ありがとうございます」と言うだけで、手はつけませんでした。肩に力が入っているのか、姿勢がわずかに縮こまって見えます。
「ビアンカ様。本日はお忙しい中お会いくださりありがとうございます」
「いえいえ。お越しいただきありがとうございます。どのようなご用件でしょうか?」
「ディートハルト様から……すべてのことを教えてもらいました。過去のことも、今のことも……」
「さようでございましたか。お辛い事実もあったかと存じます」
「いろいろと申し訳ありませんでした。ビアンカ様には特にご迷惑をおかけしたように思います。わたくしは勘違いしておりました」
「お気になさらないでください。ちなみに、何を……勘違いなさっていたのですか?」
「ディートハルト様のことです。変な話かもしれませんが……ディートハルト様の恋愛対象が女性だということは知っていました。しかし……男性も恋愛対象として”あり”とするような方だと思っていたのです。わたしだけは例外で、許されていると……」
「なるほど……」
「ディートハルト様が優しすぎることはビアンカ様もご存知のことですが、わたしも長い付き合いなので知っていたつもりです。それなのにディートハルト様の優しさにつけこんで、追い詰めてしまっていました……。でも、わたくしはわたくしなりに、ディートハルト様を大切に想っています。なので傷つけることは……本意ではありません……」
「気を落とさないでください。ディートハルト様を困らせようとしてしたことではないでしょう? エミール様はディートハルト様のことが好きで……ディートハルト様もあなたの愛情をはっきり拒まなかった。ディートハルト様に恋愛感情はなかったかもしれませんが、エミール様に好かれているという事実は、きっとお喜びになっていたのだと思いますよ」
エミール様は鼻をすすり、目元を拭いました。
「お気遣いのお言葉痛み入ります。おこがましいかもしれませんが、ディートハルト様が……もし同性愛に進むのであれば、道ならぬ道を共に歩む覚悟でした。しかし一方で……そうならないことをわかっていたようにも思います。わたくしはずるい男なのです。ディートハルト様が断れないことをいいことに、自分の愛を押し付けていました……。この国では許されない同性愛者であるわたくしを……守るためとも知らず……」
「今までのことは今までのことです。大事なのはこれからです。……どうしていくおつもりですか?」
「故郷へ帰ろうと思います。父親が辺境伯なので、それを継ぐための準備をします。なのでビアンカ様とも……まもなくお別れです」
「そうですか……なんだか寂しくなりますね……。エミール様にはここに嫁ぐ前からお世話になりましたから」
「いえ、とんでもございません。数々の非礼をお許しください……。あと……わたしから伝えておきたいことがあります」
「なんでしょう?」
「第二王子様にお気をつけてください」
「えっ? どうしてですか? たしか第二王子様は病弱の第一王子様を熱心に看病している心優しい方だと伺っております」
「それは……表向きの顔です。第二王子様はとても野心の強い方です。ここ一年ほど第一王子様の看病を積極的に行っているのですが、第一王子様の健康状態はさらに悪くなっているとのことです」
「待って……その話って……聞いてもいいやつ?」
「話はここまでにしておきます。ここまでであれば、ただ事実を言っただけですから……」
こうしてエミール様は、第二王子様の不穏な情報を言い残して退出しました。
(めんどくさいことにならなければいいな……)と考えていたのですが、そう順風満帆にもいかないようです。
私が初めて参加する王家の会食で、とんでもない事件が起きるのでした。
用件はディートハルト様にまつわることだろうと察しはつきましたが、何かきついことを言われるのではないかと内心びくびくしました。
ソファーに座ったエミール様に紅茶とクッキーを出したものの、彼は簡単に会釈し「ありがとうございます」と言うだけで、手はつけませんでした。肩に力が入っているのか、姿勢がわずかに縮こまって見えます。
「ビアンカ様。本日はお忙しい中お会いくださりありがとうございます」
「いえいえ。お越しいただきありがとうございます。どのようなご用件でしょうか?」
「ディートハルト様から……すべてのことを教えてもらいました。過去のことも、今のことも……」
「さようでございましたか。お辛い事実もあったかと存じます」
「いろいろと申し訳ありませんでした。ビアンカ様には特にご迷惑をおかけしたように思います。わたくしは勘違いしておりました」
「お気になさらないでください。ちなみに、何を……勘違いなさっていたのですか?」
「ディートハルト様のことです。変な話かもしれませんが……ディートハルト様の恋愛対象が女性だということは知っていました。しかし……男性も恋愛対象として”あり”とするような方だと思っていたのです。わたしだけは例外で、許されていると……」
「なるほど……」
「ディートハルト様が優しすぎることはビアンカ様もご存知のことですが、わたしも長い付き合いなので知っていたつもりです。それなのにディートハルト様の優しさにつけこんで、追い詰めてしまっていました……。でも、わたくしはわたくしなりに、ディートハルト様を大切に想っています。なので傷つけることは……本意ではありません……」
「気を落とさないでください。ディートハルト様を困らせようとしてしたことではないでしょう? エミール様はディートハルト様のことが好きで……ディートハルト様もあなたの愛情をはっきり拒まなかった。ディートハルト様に恋愛感情はなかったかもしれませんが、エミール様に好かれているという事実は、きっとお喜びになっていたのだと思いますよ」
エミール様は鼻をすすり、目元を拭いました。
「お気遣いのお言葉痛み入ります。おこがましいかもしれませんが、ディートハルト様が……もし同性愛に進むのであれば、道ならぬ道を共に歩む覚悟でした。しかし一方で……そうならないことをわかっていたようにも思います。わたくしはずるい男なのです。ディートハルト様が断れないことをいいことに、自分の愛を押し付けていました……。この国では許されない同性愛者であるわたくしを……守るためとも知らず……」
「今までのことは今までのことです。大事なのはこれからです。……どうしていくおつもりですか?」
「故郷へ帰ろうと思います。父親が辺境伯なので、それを継ぐための準備をします。なのでビアンカ様とも……まもなくお別れです」
「そうですか……なんだか寂しくなりますね……。エミール様にはここに嫁ぐ前からお世話になりましたから」
「いえ、とんでもございません。数々の非礼をお許しください……。あと……わたしから伝えておきたいことがあります」
「なんでしょう?」
「第二王子様にお気をつけてください」
「えっ? どうしてですか? たしか第二王子様は病弱の第一王子様を熱心に看病している心優しい方だと伺っております」
「それは……表向きの顔です。第二王子様はとても野心の強い方です。ここ一年ほど第一王子様の看病を積極的に行っているのですが、第一王子様の健康状態はさらに悪くなっているとのことです」
「待って……その話って……聞いてもいいやつ?」
「話はここまでにしておきます。ここまでであれば、ただ事実を言っただけですから……」
こうしてエミール様は、第二王子様の不穏な情報を言い残して退出しました。
(めんどくさいことにならなければいいな……)と考えていたのですが、そう順風満帆にもいかないようです。
私が初めて参加する王家の会食で、とんでもない事件が起きるのでした。
11
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説
ごめんなさい、お淑やかじゃないんです。
ましろ
恋愛
「私には他に愛する女性がいる。だから君は形だけの妻だ。抱く気など無い」
初夜の場に現れた途端、旦那様から信じられない言葉が冷たく吐き捨てられた。
「なるほど。これは結婚詐欺だと言うことですね!」
「……は?」
自分の愛人の為の政略結婚のつもりが、結婚した妻はまったく言う事を聞かない女性だった!
「え、政略?それなら最初に条件を提示してしかるべきでしょう?後出しでその様なことを言い出すのは詐欺の手口ですよ」
「ちなみに実家への愛は欠片もないので、経済的に追い込んでも私は何も困りません」
口を開けば生意気な事ばかり。
この結婚、どうなる?
✱基本ご都合主義。ゆるふわ設定。
婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい
今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。
父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。
そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。
しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。
”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな”
失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。
実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。
オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。
その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。
前世の記憶を持つ守護聖女は婚約破棄されました。
さざれ石みだれ
恋愛
「カテリーナ。お前との婚約を破棄する!」
王子殿下に婚約破棄を突きつけられたのは、伯爵家次女、薄幸のカテリーナ。
前世で伝説の聖女であった彼女は、王都に対する闇の軍団の攻撃を防いでいた。
侵入しようとする悪霊は、聖女の力によって浄化されているのだ。
王国にとってなくてはならない存在のカテリーナであったが、とある理由で正体を明かすことができない。
政略的に決められた結婚にも納得し、静かに守護の祈りを捧げる日々を送っていたのだ。
ところが、王子殿下は婚約破棄したその場で巷で聖女と噂される女性、シャイナを侍らせ婚約を宣言する。
カテリーナは婚約者にふさわしくなく、本物の聖女であるシャイナが正に王家の正室として適格だと口にしたのだ。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった
あとさん♪
恋愛
学園の卒業記念パーティでその断罪は行われた。
王孫殿下自ら婚約者を断罪し、婚約者である公爵令嬢は地下牢へ移されて——
だがその断罪は国王陛下にとって寝耳に水の出来事だった。彼は怒り、孫である王孫を改めて断罪する。関係者を集めた中で。
誰もが思った。『まさか、こんな事になるなんて』と。
この事件をきっかけに歴史は動いた。
無血革命が起こり、国名が変わった。
平和な時代になり、ひとりの女性が70年前の真実に近づく。
※R15は保険。
※設定はゆるんゆるん。
※異世界のなんちゃってだとお心にお留め置き下さいませm(_ _)m
※本編はオマケ込みで全24話
※番外編『フォーサイス公爵の走馬灯』(全5話)
※『ジョン、という人』(全1話)
※『乙女ゲーム“この恋をアナタと”の真実』(全2話)
※↑蛇足回2021,6,23加筆修正
※外伝『真か偽か』(全1話)
※小説家になろうにも投稿しております。
完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて
音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。
しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。
一体どういうことかと彼女は震える……
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる