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ディートハルト様のお付きのエミール様は平たく言えば使用人なので「様」をつける必要はないのですが、習慣上そのように呼んでいます。

実際エミール様はディートハルト様のお母様(王妃)の義妹の子どもなので、高貴な血筋を引いています。つまり城を出て爵位を得て、独り立ちすることも簡単な立場にいます。あえて使用人の仕事をしているのが不思議なくらいで、よほどディートハルト様の信頼が厚いのでしょう。



エミール様は部屋に入ると私の存在に気づき、露骨に嫌な顔をしました。一方の私は、彼を見て淡々と会釈します。彼のわかりやすい態度にも慣れてきたかもしれません。(はいはいオッケーです)と受け流します。


「ビアンカ様が……いらっしゃったのですね」


エミール様がこう言うと、ディートハルト様は「もう僕の妻なんだから、気を遣いすぎる必要はないよ。何か用かい、エミール?」と返しました。私にはそれがディートハルト様らしくなく、他人行儀のような気もしました。



エミール様は少し戸惑いつつ答えました。



「いえ、ディートハルト様。別に用というほどでは……。警備の……交代のタイミングで、時間があったものですから……」


「そうかい。まあせっかく来たんならゆっくりしていきなよ」


不服さを隠しきれていないエミール様がちらちらと見てくるので、私はディートハルト様の部屋に居づらくなりました。なんだか気まずい雰囲気もしてきたため、さっと立ち上がりました。


「あの……私は失礼しますね」


私がこう言うと、ディートハルト様は勢いよく席を立ちました。そのせいで椅子が後ろへ倒れたほどです。


「居ていいんだ、ビアンカ! 居て欲しいんだ。楽にしてて」


ディートハルト様は近づいてきて、私の手を握りました。そして「座って、座って」と促してきます。そんなに必死に止める理由もわからなかったのですが、言われるままに座りました。

(楽にしてと言うくらいなら、エミール様を退出させてよ……)と思ったのが正直なところです。



次にディートハルト様はエミール様を見つめました。



「エミール。君もリラックスすればいい。いつもどおりにね……」


こうして私たちは十五分ほど、まったく会話が盛り上がらない空間にいました。形式的な言葉を一言二言交わすだけで、せっかくひねり出してきた話題もあっという間に続かなくなります。どうしてディートハルト様はこのような居心地の悪い時間を作ったのでしょう。結果はわかっていたはずです。



「では、時間になりましたので、わたくしは行きます」



地獄のように長く感じた時間もいよいよ終わり、エミール様がこう言って席を立ちました。私は胸を撫で下ろし、心の中で息をつきます。

しかし、ほっとしたのも束の間、エミール様は部屋のドアではなくディートハルト様のほうへ近づいていきます。私が(どうしたのかな)と思ったちょうどそのとき……。



エミール様がディートハルト様のくちびるにキスをしたのです。



あまりにも自然な流れでそれが行われたので、一瞬理解ができませんでした。ただ握手をしただけのような、そんな軽い行いのようにも見えました。

私は二人のキスを見て、とっさに目を閉じました。見てはいけないと思ったからです。「え、どうしてキスしたんですか?」なんて冷静な質問を投げかける余裕もなく、びっくりしすぎて目をそらしたのです。

恐る恐る目を薄く開くと、エミール様は恍惚とした表情をしながら勝ち誇るようにして、私を流し見ました。そして何も悪いことはしていないといった表情で、ディートハルト様の部屋を後にしたのでした。
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