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悪役と令嬢の熱情

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その令嬢は愛らしく、笑みは温かく、物腰も柔らかく、
何より心優しい娘であった。

ある時私が「感動作だ」と映画をおすすめしたところ、
彼女は翌日にヒッヒとむせび泣きながら
「ありがとうございますうう、素晴らしい作品でしたぁ」
と、なんとか聞き取れるあやしい呂律で感想を興奮ぎみに語った。

うんうん、主人公が逆境にも負けずにひたむきに夢に向かう姿!
さぞかし涙腺を刺激されただろう…!
という私の予想は大きく外れ、
「特にあの悪役の女性が素晴らしく…!」
なんて言うものだから驚いた。
こんな“イイトコの可愛らしいお嬢さん”のテンプレみたいな彼女が。
悪逆非道キャラに大興奮。
そのギャップにぽかんとしたままの私に彼女は言うのだ。

「私、女優になります。あんなに素敵で格好良くて凛々しくて麗しい、素晴らしい悪の華を演じられるような!」

……こういう良い子程、悪そうな人に憧れを持ったりするのかもしれない。
あるいは一時のテンションで盛り上がっているだけかもしれない。どんなジャンルもハマリ立てがテンションの旬。
そのうち飽きると思いきや、彼女はあれこれレッスン通いを増やし、オーディションを受けまくり、ついに本当に女優デビューを果たすことになる。

彼女が受けたオーディションは軒並み非道な役であった。
同情の余地があるような境遇が明かされるわけでも、後に好敵手になる役でもない。ガチモンのド悪党の役である。
彼女にそんな役が似合うものかと思っていたが甘かった。彼女だからこそ非道な悪党をやらせると輝いたのだ。

彼女は誰が見ても愛らしく、笑みは温かく、物腰はやわらかく、優しそうだった。
正気を疑うような恐ろしいセリフが、いつもと同じあの姿から、いつもと同じあの声で、いつもと変わらぬ調子で吐息のように吐き出されると
脳が誤作動を起こしたように冷たくなって、一瞬、時が止まるのだ。

かくして令嬢の評判は「新人女優は悪役令嬢!」等という見出しでネットニュースを駆け巡った。
彼女がデビューしたドラマは視聴率も良く、ついには劇場版にまで。
試写会の舞台挨拶にて、ヒロイン、ヒロインの恋人役に続いて
彼女がコメントを求められた時の事を、私は今でもよく覚えている。

「普段のお姿を見ていると、役とは全然違うタイプで…
 あ、雰囲気はこのまんまなんですけど、出てくる言葉も態度も
 ご本人とのギャップが凄いですよねー!舞台裏ではホントに優しくて…!
 オーディションでは、どうしても悪役がやりたいと熱烈志願なさったそうですが、
 それはまたどうして…」

彼女は、ええと、と少し頭の中で言葉を整理してから話し出した。

「友人に勧められた映画で、黒幕の女性に心を奪われたんです。
 悪逆非道で同情の余地もない人物ながら、美しく、凛々しく、
 言動の醜さまでもが気高く見えました。
 その魅力は“何を捨ててもどんな手段でも得たいものがある”という
 一点から来ているのだと感じます。
 例え“なんとなく”で罪を犯した役ですら、
 私には“好きな事を好きなようにする自由の為”と解釈できてしまいました。

 私にはできません。
 大切な人達を失う事になるかもしれません。

 けれど彼女達には、何を捨てても得たい一点があるのです。
 私にはできないのではなく、
 そうまでして得たい一点が無かったのかもしれません。
 真っ当に生きられて幸いな事だと思いますが、
 人生の何もかもを糧にしてまでも執着するような何かを、
 そんな熱量を私も味わったつもりになりたかったんです。」


その後、出演作が増えるにつれて彼女の役の幅も広がったが
私はやはり、悪として君臨する彼女の登場作品にこそ一番惹かれた。
非道であればあるほどに、彼女は内心、恋する乙女のごとく
熱烈に渦巻く何かしらの執着を疑似体験できているのだろうか。
彼女が心底惚れたという、あの映画の悪役へとたどり着くほどの熱情を。


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