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第三試験開始

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 アミーユお嬢様とのお茶会は、試験が再開するまで続けられた。優秀な生徒は手がかからないというのは本当のようだ。最終日なんて、訓練を見ながらお茶を飲んでいるだけで終わってしまった。

 その甲斐もあってか、アーティファクトタイプのゴーレム操作は、完全にマスターしていた。

「そんな日がずっと続いていれば、どれほどよかったか……」

 穏やかな日常が幻だったかのように、僕は中庭で一人立っていた。周囲には前回と比較にならないほどの、人が集まっている。

 メイド、騎士、庭師、魔術師見習いなど、本当に様々だ。これから大道芸が始まるかのように、皆、楽しそうに待っている。

 さらに僕の目の前には、お揃いの鉄製武具を身につけ、殺気立った騎士が三人。ケルトの家庭教師レオがいる。騎士たちはフルフェイスの兜をつけているので、男か女かすら分からない。

 コルネリア様のメイドから告げられたルールは単純だ。

 彼らを倒すか、善戦すれば合格らしい。個人が所有している道具なら使っても良く、故意じゃなければ死んでしまっても問題にはならない。なんとも大雑把なルールだ。

 もちろんこれは相手にも適応される。僕が袋だたきにされても、それで死んでしまっても、罪に問われることはない。遠慮なく全力を震えるのだ。疑いの余地なく、僕に不利なルール。誰も勝つとは、思っていないだろう。

「死ぬ準備はできているか?」

 先頭に立っていた騎士が話しかけてきた。と思ったら、殺す気じゃないか! コルネリア様が決めたルールを無視する気なのか。 

「故意の殺害は禁止されていますよ?」
「平民相手なら、そんなルールどうとでもなる」

 声と態度から察すると、公爵家の下にいる官僚系の男のように感じる。確かに彼らは特権階級であり、平民の命など雑に扱える立場だ。本来なら僕のような相手をするべき人間ではない。

 コルネリア様の依頼だから、仕方がなく引き受けたのだろう。その憂さ晴らしとして僕を殺したいのだ。世界が変わっても性根の腐った人間は、どこにでもいるんだな。

「恐ろしくなって、声も出ないか?」

 お嬢様と過ごした日々を思い出して、気持ちを落ち着かせていたら、相手が勘違いしたようだ。

 魔術を使える相手に余裕を見せすぎだとは思ったけど、1対4なら、その態度も当然かもしれない。接近される前に魔術が放てたとしても、三人同時に戦闘不能にするのは難しい。普通に考えれば、付与師の僕が勝てる見込みはないのだから。

「平民に教わるとは、アミーユ様は魔術の才能がないのだろう」
「無能な理由を家庭教師に押し付けると。リア様は抜け目ない!」

 油断させておけと思って、反論しなかったのがマズかった。調子に乗った他の騎士が、暴言を吐く。

「吐いた唾は飲めぬ――」
「はぁ? 当たり前だろ?」
「お前ら、覚悟しろよ!!」

 温和な僕でもさすがに、この発言は許せない。
 懐から黒い宝石を取り出し、魔力を込めて投げ、黒い騎士を出現させる。

「「「な!?」」」

 貴重なアーティファクトを、個人が所有しているとは思わなかったのだろう。僕を下に見ていた騎士たちが驚いる。そんな彼らを無視して、僕はコルネリア様を見る。

「試験を始めなさい」

 周囲がざわめくなか、凛とした声が中庭に響き渡った。

 お前たちにとってみれば面倒な試験かもしれない。でも僕にとっては、アミーユお嬢様の先生になれるか決まる、重要な試験だ。いや、そんなこと関係ない。ムカつくから倒す! それだけだ!

「《黒騎士》、目の前の騎士三人を殴り倒せ。手加減抜きだ!」

 命令を聞いた黒騎士は右手に持っていたロングソードを投げ捨てると、全力で走り出した。

「レ、レオ殿を守れ!」

 中心に立っていた騎士が、僕の命令を勘違いしたまま指示を出した。左右にいた二人が盾を構えてレオの前に移動する。二人がかりで黒騎士の突進を止めるつもりだ。

 でもそれは、暴れる車を素手で止めようとするぐらい無謀なこと。予想通り、目の間に立った騎士は弾き飛ばされ、地面を勢い良く転がり観客席へと突っ込んでいった。

 このまま一直線にレオに向かうこともできるが、僕出した命令は「騎士三人を倒せ」だ。黒騎士は地面を削って急ブレーキをかける。素早く方向転換して、離れた場所に立つ最後の騎士に向かって走り出した。

「く、来るな!」

 威嚇するように剣を前に出しているが、細かく震えている。彼はすでに戦えるような心理状況ではないのだろう。

 けど、命令を忠実に実行するゴーレムには関係ない。躊躇することなく、彼の元へと歩き出した。が、地面が盛り上がり転けてしまった。

「アーティファクトを持っているのは驚きました。ですが、少し調子に乗りすぎたようですね。今のうちに仕留めなさい!」

 ゴーレムの邪魔をしたのはレオだった。騎士に指示をだしてから、空中に魔術文字を書き始める。

「は、はい!」

 腰を抜かしていた騎士が立ち上がり、僕に向かって走ってくる。平常心を欠いた騎士と王道の魔術を好むレオ。うん。問題ない。どちらも対処可能だ。

 僕は両手に魔力を集めると、左右に別の魔術文字を書く。右手に書いた文字を書ききると同時に半円形結界が前方に出現。レオが放った《火玉》を防いだ。さらに左手から放たれた魔術で地面が盛り上がると、騎士が転倒する。

 レオと同じ魔術を使い、同じ結果を出す。ちょっとした意趣返しだ。

「マヌケめ! さっさと立て!」

 レオが騒いでいるけど、もう遅い。先に立ち上がった黒騎士が蹴り上げると、宙を舞って観客席に落下した。金属音が鳴り響いてから、一瞬遅れて悲鳴が上がる。

 蹴りが直撃した騎士は、糸の切れた人形の様に手足が曲がり、重症だというのが一目でわかる。近くで待機していた医師が、駆けつけて状態を確認している。残念ながら、まだ生きているようで、治療のためにせわしなく動いていた。

「よそ見とは余裕だな」
「背後を襲う人じゃないと思ったので。それとも僕の勘違いですか?」
「…………チッ」

 僕に見透かされたのが気に入らないのか、レオは悔しそうな顔をしている。僕はあえてそれには触れず、そばに立っている黒騎士を触り、中に溜まっていた魔力を放出した。

「なぜ!?」

 コンと音を立てて、宝石が地面に落ちる。

 騎士が全滅した今、黒騎士を引き連れている僕が圧倒的に有利だった。その立場を捨てたのが理解できないのだろう。

「道具のおかげで勝てたと、後で文句を言われたくないので、黒騎士を消しました」
「私が、そんな醜い言い訳をするとでも?」
「観客は違うかもしれません」

 そういって周囲を見渡す。コルネリア様筆頭にリア様、公爵家に努めている人間が勢揃いだ。アミーユお嬢様も少し離れたところで、一人、胸に手を当てて心配そうに立っている。

 そんな彼女と一瞬だけ目が合い、僕は安心させるためにうなずく。すると気持ちが伝わったのか、彼女は笑いかけてくれた。

「お嬢様の家庭教師は一流。誰もが、そう認めるように、文句の付けようがない勝利を目指します。それが僕の仕事です」

 僕の評価がお嬢様にも直結する。だからこそ、同じ条件でレオと戦い、勝つ必要がある。

「……正面から戦おうとする、あなたの気概は評価しましょう。ですが、勝つのは私です!」

 数十メートル離れ、僕らは向かい合うように立った。魔術を使う人間が決闘をするときの距離だ。魔術を正確に、早く放てる人間が勝つ。正真正銘の命をかけた勝負だ。

「「いくぞ!」」

 こうして付与師のプライドをかけた戦いが始まった。
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