上 下
23 / 64

アミーユお嬢様のお茶会2

しおりを挟む
「永久付与――アーティファクトタイプのゴーレムは、魔力を込めることにより出現します。常に生物の形をしている、通常のゴーレムと大きく違う点ですね」

 話しながら手に持った宝石に魔力を込め、光り出したところで宙に放り投げる。と、次の瞬間には、全甲冑の黒い騎士が庭園に立っていた。

 手には全身を覆うほどの大きな盾と、武骨なロングソードを持っている。背は高く、僕ですら見上げてしまうほどだ。

「魔力を込めてから2秒。悪くはないですね」
「あっという間に出てきました!」

 出現した騎士型ゴーレムをペチペチと叩きながら、アミーユお嬢様が喜んでいる。

「このタイプの最大の弱点は、ゴーレムが出るまでに時間がかかることです。まずは、ゴーレムにすることから始めましょうか」
「はい!」

 元気いっぱいに返事をすると、手に持っていた青い宝石を握りしめる。目を閉じ、小さなうなり声を上げながら、宝石に魔力を入れている。

 けど、僕の時の様に、宝石が光ることはなかった。青い宝石は弱い明滅を繰り返すだけだ。魔力が溜まっていないのだろう。

 自転車に乗るのと同じで、説明しただけで出来るようにはならない。でも一度覚えてしまえば、忘れずにずっと覚えていられる。そういった技術だ。さて、どうやって教えようか……。

「先生ぇ……」

 泣き出しそうな声が聞こえたので、思考の海から浮上した。目の前にいるアミーユお嬢様が涙目で、僕を見つめていた。

「宝石に魔力を込めても、すぐに出てしまいます。私には才能がないのでしょうか……」

 僕が教えると、つまずくことなく全ての知識、技術を吸収していた。それは僕の教え方が良いというより、才能だからこそ成せる業だろう。だからこそ、初めての壁に戸惑っている。

「そんなことはありません。お嬢様ならすぐに覚えられますよ」

 でもこんな小さな壁、僕のサポートさえあれば、すぐに乗り越えられる。
 宝石を握りしめているアミーユお嬢様の手に、僕の手を重ねる。

「せ……先生!?」
「今から、お嬢様の手を通して、私の魔力を宝石に入れます。その感覚を覚えてください」
「は、はい!!」
「良い返事です」

 宝石に向って魔力を込める。何度も繰り返してきた作業だ。アミーユお嬢様の手を介して、魔力が補充され、宝石が光り出した。

「お嬢様。投げてください」

 僕の言葉にうなずくと、優しく投げる。宙に舞った宝石が光に包まれ、氷狼が出現し、音を立てずに地面に降り立つ。

「本当に出来ました……」

 僕の魔力を通じて疑似体験したことで、自分がゴーレムを出現させたと錯覚しているようだ。やはり、アミーユお嬢様は魔術的な感覚に優れている。今なら一人でも出来るはずだ。

「さっきの感覚は覚えていますか?」
「なんとなく……ですが」
「それで十分です」

 氷狼に触って、先ほど込めた魔力を外に放出させると、姿が薄くなり宝石に戻る。
 他人の魔力を操作することは出来ないけど、自分の魔力なら造作もないことだ。

「今度は、お嬢様一人で挑戦してください」
「はい!」

 青い宝石を手渡すと、自身に満ち溢れた声を返してくれた。

 先ほどと同じように目を閉じ、小さなうなり声を上げながら、宝石に魔力を込める。今度は、魔力が外に放出されていない。予定通りに魔力が溜まり、宝石の光が徐々に強くなる。

「で、出来ました!」

 宝石を握ったまま喜んでいるけど、早く手放した方が良い。そうじゃないと……。

「キャッ!!」

 手の上から氷狼が出現して、アミーユお嬢様は尻餅をついてしまった。

「大丈夫ですか?」
「はいぃ……」

 失敗したのが恥ずかしいのか、顔を赤くして下を向いている。

「私も初めての時は、同じような失敗をしましたよ」
「先生も?」
「そうです。恥ずかしがる必要はありません」

 そう言って僕は、手を差し出した。アミーユお嬢様は一回手を出して引っ込めたけど、辛抱強く待っていたら、最後は手を握ってくれたので、引っ張り上げた。

「何か命令します? キーワードは《氷狼》です」
「うーん」

 指をアゴに当てて悩んでいる。子供っぽい仕草に、思わず笑顔になる。
この前の頭痛から、前世の家族を思い出す機会が増えてきた。アミーユお嬢様を見るたびに、どことなく妹に似ていると感じてしまう。

 もちろん同一人物であるはずはないし、僕みたいに前世の記憶があるという訳ではなさそうだ。記憶の中にいる妹と年齢が近いか、そう感じるだけなんだろう。

「決めました! 《氷狼》お腹を見せなさい!」

 足を曲げるとゴロッと横たわり、氷狼が腹を見せる。犬の降伏ポーズの態勢だ。でも見た目が狼に似ているせいで可愛くない。

「硬い……」

 それに、当たり前だけど全身は鉄のように硬い。フワフワな感触など一切ないのだ。

「ゴーレムですからね。当然です」
「はい……」

 残念そうな顔をして、アミーユお嬢様は氷狼から手を離した。

「その代わり、攻撃から身を守る盾になってくれますよ」

 まだ不満そうな態度をしているけど、こればっかりは、どうしようもない。次のステップに進めるか。

「宝石のゴーレム化、命令まで終わったので、後は修復と消滅までやって授業は終わりにしましょう」
「修復ですか? 予備のパーツに付け替えるのでしょうか?」
「普通のゴーレムだとね」

 視線を先ほど出現させた、黒騎士の方に向ける。

「《黒騎士》、氷狼の足を切断しろ」

 忠実に命令を実行した黒騎士は、返事をする代わりに前足を切断した。数舜遅れてアミーユお嬢様の悲鳴が聞こえる。

 非難する視線が痛いけど、勘違いはここで直しておく必要があるだろう。

「ゴーレムはペットではありません。兵器です。足が切り飛ばされた程度で、悲鳴を上げてはいけません」
「でも、可哀想です!」
「その考えは間違っています。人を脅威から守るために造られたのです。人のために犠牲にすることを、躊躇してはいけません」
「……はい」

 返事はしたものの、頬を膨らませている。納得できてないのだろう。あまり得意ではないんだけど、一応フォローしておこうかな。

「今回は授業のためにわざと壊しましたが、粗雑に扱って良い訳ではありません。普段は大切に扱い、いざというときに躊躇なく兵器として使えと、言いたいのです」
「普段は……大切に?」
「そうです。命令に慣れるために一緒に過ごしても良いです。護衛のために一緒に寝るのも良いでしょう。自分の命を守る物だからこそ、行動を共にして大切に扱うのです」
「…………一緒に、お風呂に入っても?」
「もちろんです。そのためにも、直してあげましょう」
「はい!!」

 機嫌を直してくれたみたいだ。壊した張本人が僕だと忘れて、早く教えて欲しいとせがんでくる。

「直し方は簡単です。魔力を注いであげれば、自動で修復が始まります」

 切り飛ばされた前足は、本体から離れた時点で魔力に変わり、消えてなくなっている。魔力を補充して新しく創り出すしかない。

 アミーユお嬢様は、寝ころんだままの氷狼に触れて、魔力を流し込んでいる。それがゴーレムのコアである宝石にたどり着くと、内部の魔術陣を介して前足が再生された。

「上出来です。ゴーレムを出現させる方法と同じなのが分かりましたか?」
「はい! ワンちゃんも直ってよかったね」

 労わる様に優しく撫でている。その姿に少しだけ不安を抱いたけど、普段は大切に扱えといったは僕だ。いざというときに、使い捨てにできる覚悟はできていると、僕は信じることにした。

「そろそろ最後の授業をしましょうか。ゴーレムから魔力を抜き取れば宝石に戻ります。早く戻して、クッキーを食べましょう」
「残念ですけど……しばらくのお別れですね。夜にまた会いましょ」

 はた目からは、呼吸をするような感覚で宝石に戻していた。やはり才能だけで言えば、僕より上なのは間違いないだろう。

「メイとカルラを呼んできますね!」

 呆然と眺めている僕の横を走り去っていった。

 先生として教えられる時期は、そう長くないのかもしれない。本来なら嬉しいはずなのに、どこか寂しく感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

転生貴族可愛い弟妹連れて開墾します!~弟妹は俺が育てる!~

桜月雪兎
ファンタジー
祖父に勘当された叔父の襲撃を受け、カイト・ランドール伯爵令息は幼い弟妹と幾人かの使用人たちを連れて領地の奥にある魔の森の隠れ家に逃げ込んだ。 両親は殺され、屋敷と人の住まう領地を乗っ取られてしまった。 しかし、カイトには前世の記憶が残っており、それを活用して魔の森の開墾をすることにした。 幼い弟妹をしっかりと育て、ランドール伯爵家を取り戻すために。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

【完結】契約結婚は円満に終了しました ~勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい~

九條葉月
ファンタジー
【ファンタジー1位獲得!】 【HOTランキング1位獲得!】 とある公爵との契約結婚を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。 花を包むビニールがなければ似たような素材を求めてダンジョンに潜り、吸水スポンジ代わりにスライムを捕まえたり……。そうして準備を進めているのに、なぜか店の実態はお花屋さんからかけ離れていって――?

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

処理中です...