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侵入

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 スラム街から抜け出すと、走りながら宝石を取り出し魔力を込める。しばらくすると、いくつもの線が浮かび上がり、淡くにじみ出すように光り出した。

「よしっ!」

 立ち止まり、宝石を空中に放り投げる。弧を描きながらくるくると回転し、頂点に達する。閃光のように光ると、次の瞬間には全身を覆う甲冑の黒い騎士が町中に出現した。

 周囲にいた人々は、一見すると禍々しくも見える騎士の出現に気づくと、小さな悲鳴を上げながら離れていく。

 後で絶対に怒られる……。普段なら迷惑になるから街中でゴーレムを使うことはしないんだけど、今は緊急事態ということで見逃してもらえないかな。

 ううん、違う。自己保身なんて考えちゃダメだ。今は事件のことだけ考えよう。衛兵がこないうちに指示を出しておかないと。

「《黒騎士》、この紙を兄さんに渡してほしいんだ。倉庫街にいると思う」

 レオの屋敷が描かれた地図を黒騎士に渡す。ついでに彼が怪しいと、メモ書きを追記しておいた。勘の良い兄さんなら色々と察してくれるだろう。

 僕の命令を聞いた黒騎士は小さく頷くと、石畳がひび割れるほどの力で跳躍、屋根に飛び乗る。すぐぐに別の屋根へと移っていき、すぐに姿が見えなくなった。

 あのぐらい目立つ行動をすれば、黒騎士より先に兄さんが見つけてくれるかもしれない。合流する前に衛兵に捕まらないでくれと祈りながら、視線を外した。

 僕も頑張らないと。

 再び走り出すとベルクレイド家の館に向かって一直線に走る。地図は頭の中に入っているので迷うことはない。さらに入れ墨に少量の魔力を注いで、身体能力を強化すると、あっけないほどすぐに到着した。

「妨害があるかと思ったけど、街中では派手に動けないか」

 もしくは、そんな必要がない状況になっているか。どちらにしろ相手の出方を待つ時間はない。今はとにかく前に進もう。罠があるなら食い破るだけだ!

 目を左右に動かして、周囲に人が居ないことを確認してから物陰に隠れる。

「まずは館の確認だね」

 今回は魔術で強引に覗かせてもらうよ。

 空中に≪望遠≫≪広域≫の魔術文字を書くと、視界が広くなり、遠くまで見通せるようになる。

 門番二人のシワまで数えられるほど鮮明に見える。彼らの装備はたいしたことがない。量産品のように見えるし、なにより魔力を感じない。あくびをして気を抜いている姿から、脅威度は低いと判断する。

 視線を館をぐるりと囲む壁に移す。高さは3mほどあり、レンガ造りだ。上には槍の穂先のような柵がついているので、よじ登ろうとしたら苦労しそうだ。魔術で破壊するのは可能だけど、騒ぎになってしまうから別の方法をとろう。

 レオが犯人の可能性が高いといえども、盲目的に信じているわけではないので、万が一間違っていたとしても、混乱は最小限に抑えておきたい。

 すると、侵入がバレないように入る必要があるか。館内の状態も分からないし、安易には踏み込めない。誰にも見つからず、痕跡を残さない。そんな便利で危険な魔術を使うことに決めた。

 もう一度周囲を確認してから≪透明≫の魔術文字を書く。

 これは、身につけている物ごと自身を透明化する魔術で、一部の人しか使えない秘匿された魔術だ。その理由は至って単純で、犯罪に使われる危険性が非常に高いからね。

 そんな貴重で危険な魔術をなぜ僕が使えるかと言えば、父さんからこっそり教えてもらったからだ。

 父さんは祖父から教えてもらったと言ってたから、僕の家系が創りだした魔術という可能性は捨てきれない。

 戦争に巻き込まれたときは、この魔術で逃げろと言われていたけど、まさか侵入するために使うとは思わなかった。

 透明のまま人に当たらないように街道を少し歩き、館から離れる。

 体に刻み込んだ入れ墨に魔力を流し込んで身体能力を強化。跳躍すると屋根の上に着地した。

 ここから館の中の様子をうかがう。門から館までに一本の石畳の道があり、他は芝生が敷き詰められていた。人が何人か点在している。警備用の犬が見当たらないことに安堵の息を漏らした。

 ≪透明≫魔術は音や匂いは消せないので、動物がいると見つかる可能性が高いんだ。他にも熟練の戦士なら勘で気づく人もいるので、意外と使いどころが難しい。

 中の様子は分かったけど、まだ情報は足りない。人が点のようにしか見えないので、どんな人たちがいるのか、もう少し詳しい様子が知りたいな。

 もう一度、≪望遠≫≪広域≫の魔術を使う。上から中庭の様子を見ようとすると、押し返される抵抗とともに壁の内側が真っ暗になった。そこだけ黒く塗りつぶされているように見えるけど、魔術を解除すれば元の景色に戻る。

「壁に防御用の付与をしているのか」

 さすが貴族。魔術対策は怠ってないようだね。しかも館は付与師であるレオの自宅だ。普通より入念に付与が施されてそう。気付けて良かった。

 ≪望遠≫を阻害する付与だけと考えるのは楽観過ぎるだろう。恐らく、他にも様々な魔術対策をしているはず。その中にもしかしたら≪透明≫の阻害も含まれているかもしれない。

 あの魔術が使えなければ、僕のスキルでは館に侵入することは出来ない。

 痕跡を残すようなことはしたくなかったけど、壁に施されている付与を消すか。明日以降、付与をし直すときに無効化されたことは気づかれるとは思うけど、犯人が特定できなければ問題ない。よし、早速取りかかろう。

 屋根から飛び降りて再びレオの館を囲む壁に近づくと、手のひらをそっと押しつける。レンガのひんやりとした冷たさを感じながら魔力を流し込んだ。

 目を閉じて魔力の反応を確かめる。1つ、2つ、3つ……6つ、やっぱり多い。この壁にはそれだけの付与が施されているようだ。

 それぞれどんな効果が付与されているのか分からないけど、反応から魔術陣が描かれている場所は判明した。

 無効化するには魔術陣を削って壊してしまうのが最も簡単な方法なんだけど、壁の内側に描かれているみたいなので、その手は採用できない。

 次点で魔術陣に使われている付与液に、別の付与液をかけて劣化、中和させる方法があるんだけど、これも同様の理由で不可能。残された手段はちょっと強引だけど、壁越しに≪魔術解除≫の魔術陣を描いて、思いっきり魔力を流し、破壊する方法だ。

 時間はかかるけど確実に壊せる。内心焦りながらも急がば回れと、心の中で何度も念じながら行動に移すことにした。

 魔術陣を描いている間は無防備なんだけど、≪透明≫のおかげで問題ない。三十分で1つ破壊するペースで作業は進む。

 1つ目は≪望遠≫の阻害、2つ目は館全体の上空を覆う≪結界≫、3つ目は≪敵意感知≫など、バリエーションは豊富。破壊するたびに付与の内容が判明する。無防備のまま突入しなくて良かったと思えるほど、普通は使わない強力な付与だった。

「門を通過したときに鳴る≪警報≫か」

 最後の魔術陣も気づかれることなく、破壊が完了する。

 これで僕の行動を阻む物はなくなった。もう一度屋根から館、中庭をじっくり監視して、魔力の反応から地下室につながる入り口も発見した。もう侵入できる準備は整った。兄さんの姿は、まだない。

 もう少しだけ待とうと、弱い心がささやいてくるけど、それを無視して歩き出す。

 もう十分に待った。これ以上の時間の浪費は無駄だ。失敗を恐れたら動けない、誰も助けられない。弱い心は、ここで捨て去ってしまおう。

 ほほを叩いて気合いを入れ直すと、僕は一人、≪透明≫の魔術を使ったまま正面の門をくぐり抜けて中へと入っていった。
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